おかえりと、おやすみと。
「アキトの帰還を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「わぅっ!」
アルクォーツ号はオリンポス山を抜け、順調な航海を続けていた。
オリンポス山周辺の海域は静かに、まるでアキトを見送るように凪いでいた。
これ幸いとばかりにアルクォーツ号は最大戦速で海域を抜け、窮地を乗り切った。
直りはしたものの、アルクォーツ号はぼろぼろだ。急造で直しただけあり壁も床もマストも帆もなにもかもがぼろぼろで、順調に航海出来ているのかがおかしいくらいだ。
「しかし、老けたなぁ、ローラ」
「よーしアキト。お前は今すぐ飛び降りて貰おうか! 大丈夫だここいらの海域には人食い鮫しか出ないから!」
「此処から泳いで王国に戻るのか……一ヶ月くらいは掛かりそうだな」
「いやいや。いやいや何で生き残れる前提なんだこいつ……?」
「お父さんだからねっ!」
「理由になってねえぞ!?」
「わぅ~っ!」
冷静なアキトの言葉に苦笑いするマルコを尻目にソラは抱きついてるアキトの腕に頬ずりする。ようやく再会することの出来たアキトに思いっきり甘える仕草は、ソラをより幼く見させる。
そんなアキトも例え体感時間は短くとも愛娘と離ればなれになっていた想いの所為か、甘えてくるソラをすぐに甘やかす。ぎゅう、と抱きしめ頭を撫で、これ以上ないほどに親子のスキンシップを見せつける。
「あぁーもう。ソラは可愛いなぁ」
「えへへ。ボクはお父さんだけのものですよーっ!」
「ソラっ!」
「きゃーっ!」
仲睦まじい親子の光景にローラもミミもマルコも表情を緩ませる。雲の漂う青空と静かで柔らかい風が親子の再会を祝福しているようで、アルクォーツ号は揺れることなく静かに王国への航路を進む。
「しかしローラ、王国でいいのか? アルクォーツの本拠地はこっちの大陸じゃなかったはずだが」
「いいんだよ。アタシは元々ソラの目的を手伝ってたんだ。それにアンタがいればアルクォーツの修繕にもいい伝手がありそうだしね」
「なるほどな。まあ十年前の伝手が生きてれば活かしてやるよ。精一杯の感謝だ」
「ついでに謝礼金も請求しようか」
「聖堂教国の冒険者ギルドに偽名で資金を預けてあるから、それをやるよ」
「ほうほう。どれくらいだい?」
「二千万くらいか?」
「……はい?」
「ベルファスト四世っつー教皇様が国を救ってくれた感謝の気持ちだー、ってことで」
ぽろりと零したアキトの言葉に全員が目を丸くした。ソラもグラシアがそれほどの大金を渡していることは知らず、自分の昇格クエストまで手配してくれて、ますます頭が上がらない。
「さ、王国まで時間は掛かるし。俺は少し休ませて貰うぞ?」
「あ、ああ」
「お父さん! ボクの部屋が空いてますよ!」
「よし」
ソラが手を引いてアキトを部屋に連れて行く。ミミが綺麗に掃除をしておいたソラの部屋はあまりものが置かれていない。簡易なベッドと冒険の合間に揃えた私物はある程度置いてあるが、年頃の少女の部屋としてはあまりにも寂しい。
アキトはそんなことを考えながら、ソラをベッドに放り投げた。
「きゃーっ!」
ソラも楽しそうにベッドに身を沈め、アキトも追うようにベッドに倒れ込んだ。
すかさずソラは全身を使ってアキトに抱きつく。決して離れてしまわないように、背中に手を回し足を絡めて。
たくましいアキトの胸元に頬ずりして、アキトは抱きついてくるソラを抱きしめながら仰向けに転がる。愛しい娘に見下ろされる格好になりながら、柔らかい空色の髪を手で梳く。
「お父さん、大好きです。大好きです。大好きなんですっ!」
「……あぁ、そうだよ。わかってるよ」
瞳を閉じながら、アキトはソラの思いを全て受け止める。大切な愛娘。守ると決めた愛しい家族。アキトにとってソラは、本当の娘のように愛おしい。
愛している妻が待っている。大事な妹が待っている。掛け替えのない娘がここにいる。
「あぁ、俺は幸せ者だな。ソラがこんなにも俺を思ってくれていて、アイナもコハクもいて――待たせてしまった分だけ、思いっきり愛さないとな」
「そうですよ! お父さんはこれからもずっとボクを愛でなくちゃいけないんだす!」
「ははは。当然だ。ソラが嫌だって言っても、俺はソラを愛し続けるからな」
「嫌だなんていいませんよー! だってボクは、お父さんに愛して貰うためにこの世界に来たんですから!」
もう、ソラには転生者としての力は何一つとして残っていない。他ならぬアキトを助けるために、全てを差し出したのだ。でも、ソラはそれでいいのだ。
転生する時から、不要な力なんていらないと思っていたから。
でも結果的にその力の全てが、アキトを助けるために役立った。
力をくれたイブに感謝を。幸せを願ってくれたアルスーンに感謝を。アキトを助けてくれたアダムに感謝を。
アキトを巻き込んだ竜王は――それでもちょっと許せない。
でも、今アキトはソラの目の前にいる。ソラを抱きしめて愛情を注いでくれている。
もっと、もっと、もっとと言わんばかりにぎゅぅぅぅ、と抱きしめる。
アキトも同じようにソラを抱く手に力を込めるが、不思議と苦しさは感じられない。
「……お父さん。話したいことが沢山あります。お父さんがいなくなってから、魔法学院や、聖堂教国で出来た思い出が。ボクがここに来るまでの、沢山の思い出が」
「いいよ。沢山聞かせてくれ。ソラがこの世界で感じたことを、全部聞かせてくれ。俺はソラの全部が知りたいから」
「はいっ! まずは魔法学院から――」
少し休むと告げたはいいものの、ソラとアキトはベッドで抱きしめ合いながら思いで語りを始めて行く。離ればなれだった十年間の物語を。
もう二度と離さないと。離れないように。もう一度、お互いを強く抱きしめて。
王国に帰れば、大切な家族が待っている。
そこにはソラの親友も、これまでに出会った人たちも待っている。
ソラとアキト――親子の物語は、これから始まるのだ。
十年の歳月を経て、一人の少女として、ソラは生きていくだろう。
親子の物語も、ソラのこれからも――それらはきっと、いつか、どこかで語られる。
今はゆっくりと、再会を祝って、微睡もう。
おやすみ、ソラ。
そして最後に。
“おかえり”
「転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~」 FIN。
ご愛読ありがとうございました!




