『天を超えた領域』へ。
じり、と少しでも足を動かせば、魔力によって形成された矢が放たれ地面を穿つ。
一分の隙もなく、全ての可能性を見出し対策を用意したルクセリアはまさしく鉄壁の牙城。指に挟むいくつもの矢はすぐに斉射され、グリムガルデとソラの動きを抑制する。
凜とした鋭い眼差しはグリムガルデに向けられている。だが、だからといってソラへの警戒がまばらになっているわけではない。
むしろ逆だ。
ルクセリアは己が持てる全てを行使してグリムガルデもソラも止めてみせる。
その強い決意には、どこか『竜王の瞳』という眷属としての責任感以上のものを感じさせる。
「……なるほどな。確かにこと防衛に回れば貴様以上に手強い奴などいないさ、ルクセリア」
「ええ、そうですね。潔く身を引くならば追いはしません。即刻このオリンポスから立ち去りなさい」
「だが、同時に貴様は正直すぎる」
「……なんですと?」
口角をつり上げたグリムガルデがルクセリアを指差す。その表情はルクセリアの隙を見出したといわんばかりだ。
「貴様は確かに未来の全てを見通してその全てに対処する方法を見いだせるだろう。だが、貴様は完璧ではない」
「何が言いたいのですか?」
「貴様は先ほど、『ほぼ』完璧と言った。つまり、貴様にも対応しきれない未来があるということだ」
「……確かにそうですね。ですがお前にその未来が掴めるとでも?」
「笑わせる。いいか、未来とは掴めるかどうかではない。掴むものだ!」
グリムガルデが腰を低くして突進する。その行動を見通していたルクセリアはすぐに矢を五つ斉射する。
肉薄する五つの矢。グリムガルデは咄嗟に身を翻し、翼を羽ばたかせ矢を強引に振り払う。
「見えているぞ、グリムガルデ!」
「だろうな!」
翻した身体をそのままねじりこみ、グリムガルデはルクセリア目掛けて蹴りを放つ。
左の腕で蹴りを受け止めたルクセリアは身体をずらし蹴りの勢いを全て受け流す。
体勢を崩すグリムガルデと、身を低くして至近で矢を放たんとするルクセリア。
そこで、グリムガルデが強引に足を振り下ろし、ルクセリアも後方に大きく跳躍する。
そこへソラがすかさずエルダーリアランスを打ち込むが――。
グリムガルデが、そのエルダーリアランスを掴んだ。
「え……」
「――グリムガルデ、あなたは――」
「これが答えだろう、ルクセリア!」
グリムガルデはそのまま、掴んだエルダーリアランスを噛み千切る。
バリバリと音を立ててエルダーリアランスを、ソラの魔力を直接喰らう。
「お前が見通し、且つ完璧に対応しきれない未来。それはお前が可能性が低いために切り捨てた未来。ならばそれは――我が予想外の行動をすることだろう!」
「っ――確かにそうです。ですがその可能性を貴方が見いだせるとは思えません!」
「簡単なことだろう。少し考えればわかることよ!」
グリムガルデの身体が僅かに赤く発光する。ソラのエルダーリアランスに込められた炎の属性を取り込み、炎を纏って突撃する。
当然、ルクセリアはその未来も把握していただろう。すぐに矢を放つも、グリムガルデは矢に貫かれながらも、勢いを止めなかった。
グリムガルデが拳を振り上げたところで、ルクセリアは身を守るための行動を選ぶ。
それは生物として当たり前の反射行動である。理解していてもいなくても、誰もが当たり前に対応してしまうことである。
だから、グリムガルデはそのまま腕を伸ばし――ルクセリアの肩を掴んだ。
「っ!」
「殺す未来を選んだだろう。だからこそだ。我がお前を殺さない。いや――我がソラ・アカツキのために行動することを、後回しにする!」
「グリムガルデさん!」
「行け、ソラ・アカツキ。竜王様の元へ!」
「っ……はい!」
ルクセリアは行かせないとばかりに密着したグリムガルデに握った矢を突き刺す。
だがグリムガルデは微動だにしない。否、動くことをしない。
痛みを堪え、それでもルクセリアを足止めすることを選ぶ。
「離しなさいグリムガルデ! このまま彼女を竜王様の元へ行かせては、ワタシたちは竜王様を失うことになるのだぞ!?」
「構わんさ。それが竜王様の選択なら!」
「貴方はっ!」
「我は竜王様に忠誠を誓ってはいるが、貴様のように恋い慕っているわけではないからな!」
「っ~~~!」
グリムガルデもルクセリアも互いに互いを拘束しながら、その場から動くことが出来ない。
奥の神殿を見つめ、『天を超えた領域』へ向かったソラを見送って――。
+
神殿を進むソラは、やがて突き当たりにぶつかった。ここまで一直線に進んできたソラは左右を見渡し、どこにも通路がないことを確認する。
「……どこ、お父さんは、どこ!」
通路もない。魔方陣があるわけでもない。転移のために必要な要素は何一つとして存在していない。
何かがあるはずだ。『天を超えた領域』に行くためのなにかが。
壁をさわり、床をさわり、天井を見上げる。けれど何処にも何もない。
ここまで来て。ここまで来て、八方塞がりだというのか。
ルクセリアは確かに神殿に進むことを妨害していた。ならば此処に確かに何かがあるはずだ。けど、見つからない。
「探査――見えない何かを、見つけて!」
ソラの頭の中に浮かび上がる神殿の地図。だがそれはここまで通っていた廊下一本だけだ。この神殿にはその廊下しか存在しない。ソラはふと、もう一度天井を見上げた。
「……そこにいるの?」
感じ取ったわずかな気配。かすかに声が聞こえたような気がして。
ソラはその手を空に向ける。そして、魔法を放つ。
「アブソ――」
それは、父・アキトが残した書物に記されていた、アキトが使っていたもう一つの魔法。触れた対象に魔力を流し込み、強引に爆発を引き起こす魔法。
ソラはそれを、なにもない空間に向かって放つ。
「――ダクション!」
――空間が、破砕される。
なにもない空間に罅が入り、砕け散る。空間の向こう側に真っ白な空間が覗き見える。
見えた。
それは見覚えのある世界だ。ソラがこの世界に生まれ落ちる以前にイブと出会った世界だ。主神アルスーンと邂逅した世界だ。
此処が、『天を超えた領域』に間違いない。
ソラは躊躇うことなく、その世界へ一歩を踏み出し、心の底から叫んだ。
「おとう、さーーーーーーん!」
「――ソラ?」
そして、懐かしい声が返ってきた。
その世界で座り込む青年。十年前から何一つ変わっていないその姿。
見間違えるわけがない。見間違えるはずがない。
ソラは落下しながら、アキトに向かって手を伸ばす。
立ち上がったアキトは両手を広げてソラを迎え、抱きしめた。
倒れ込むアキト。胸元にしがみつくソラ。途端にあふれ出す涙を拭うこともせず、ソラはぎゅう、とさらに力を込める。
――そして、ソラとアキトは再会する。
『天を超えた領域』で。




