全てを見通す瞳
何処までも続くかと錯覚するほどの長い階段を駆け上がる中で、ソラはリオンフェルークが同行していないことに気が付いた。
だが振り返ることはしない。前を向いてただひたすらに階段を昇り続ける。
「気付いているか、ソラ・アカツキ」
並ぶように階段を駆け上るグリムガルデが深刻な顔つきで口を開く。その眼光は頂上を見据えており、握る拳に力が込められている。
「頂上から感じる、魔力ですか?」
「ああ」
ようやく中腹を越えたところで感じ始めた魔力は尋常のものでは無い。グリムガルデやリオンフェルークと同等か、もしくはそれ以上の魔力を感じていた。
「この先にて待ち受けるは我らと同じ眷属――『竜王の瞳』だ」
「瞳、ですか?」
爪であるグリムガルデは、脅威の見定めを役目とする眷属だ。
翼であるリオンフェルークは、本来であれば世界の観測を役目とする眷属だ。
ならば瞳の役割とは。
「『竜王の瞳』――ルクセリアは、世界を見通し、運命を予言する。その役目は世界を脅かす脅威を捉える」
「未来が読める、ってことですか?」
「ああ。奴は常に未来が視える」
それが何を意味するのかを、ソラも理解している。未来が見えると言うことは、ソラたちが来ることも理解している、ということだ。
それでいてソラたちが魔物たちに襲われないのは、どういうことだろうか。
少なくとも竜王となったアキトを迎え入れようとしているソラを好意的に受け入れるとは思えない、とグリムガルデは語る。
「奴は最初から竜王様に従っている。故に、本来であれば我らを邪魔するはずだが」
「妨害が一切来ないですね」
「そうだ。それが解せぬ」
やがて頂上が見えてきたところで、ソラとグリムガルデは互いに頷いて山頂に飛び移る。
山頂は思ったより開かれていた。石造りの神殿と石柱に彩られた山頂は厳かな雰囲気を漂わせており、静かな緊張感の中で――ソラとグリムガルデは『竜王の瞳』と対峙する。
「妨害なんて必要ないわよ。――だって、あなたたちではワタシに敵わないのだから」
――流れるような桜色の髪。
――透き通るような黄金の瞳。
――ローブを重ねただけの衣服を身に纏うその女性は、額に浮かぶ三つ目の瞳でソラたちを睨んだ。
その手に握る矢が弓へと番われ、グリムガルデへ向けられる。
「グリムガルデ。竜王様を裏切るつもりですか?」
「裏切る? 笑わせてくれる」
「何がおかしいのですか?」
「知れたことよ。竜王様は、この娘の父だ。子と父を会わせるのに理由など必要ないだろう?」
「馬鹿げている。竜王様はもう人間ではない。神だ。そんな御方が子との再会のためだけに現世に下りると思っているのか!」
「下りる? そんなわけないだろう。我らが行くのだ。他ならぬ、『天を超えた領域』へ!」
「許されぬ! 貴様は眷属としての責務を放棄している!」
「ああ、そうかもな。――だが、悪くない!」
その言葉を皮切りに、両者が動いた。放たれる矢を眼前で掴んだグリムガルデは矢を投げ捨てると同時に地面を蹴り、ルクセリアへ接近する。
一瞬で距離を詰めたグリムガルデにルクセリアは弓で薙ぎ祓い距離を開け、すぐに弓を引き矢を放つ。グリムガルデの足下を狙った的確な一撃はグリムガルデの反応を一手越え、見事に足の甲を撃ち抜いた。
「っく――」
「そこでお前は半歩下がり、爪を振り上げるのだろう!」
「っ!」
次いで放たれたルクセリアの矢がグリムガルデの肩を貫き、よろめいた先でさらにもう一射が膝を貫いた。
「二歩後退。一歩前進、右へ二歩ズレ、三歩詰める!」
ルクセリアの言葉通りに動くグリムガルデは、常に先手を打たれている。
「そして、この隙にワタシを出し抜こうとしている小娘!」
「わぅ……っ!」
一瞬の虚を突いて神殿へ飛び込もうとしたソラに牽制するように、地面に矢が突き刺さる。しっかりと状況を把握されている――というより、グリムガルデが語った「未来が視える」というのは本当のことなのだろう。
グリムガルデもソラも、なにかをしようとすれば先んじて行動を抑制される。
「お前たちがこの神殿に来ることはもう何度も視えいてた。その中でお前たちがワタシをどう攻略するかを全て検証し、ほぼ全てに対応できるようにワタシは研鑽を積んできた。
此処こそは神の領域への入り口!
此処こそが『瞳』たるワタシの戦場!
此処こそがお前たちの旅の終点!
竜王様への謁見など、このワタシが認めない!」
ルクセリアの魔力が高まる。普通の矢だけではなく、魔力が矢となって弓へとセットされる。同時に五つの矢が放たれると同時に、額・喉・胸・腹・睾丸が貫かれる。
「がっ……」
「ワタシの弓は一度に何射出来ると思う?」
「知る、か……っ!」
防戦一方――いや、グリムガルデが防戦することも難しい状況に、ソラは戸惑っていた。今の自分よりも遙かに強いグリムガルデが対応しきれない存在。
恐らくグリムガルデが『自己強化・零式』を使う展開も視えているのだろう。
だからこそ、グリムガルデは零式を使わない。
それがわかっているからこそ、ルクセリアは慢心しない。
グリムガルデとソラの動きを常に把握し、一部の隙も見出させない。
――竜王を守る、鉄壁の牙城。
本来であれば眷属としての権能を封印し、Sランククエストを受けに来た冒険者の相手をするのがルクセリアの役割だが――。
今のルクセリアは、そうではない。
竜王を守る最後の砦であり、神々への領域を守護する眷属。
未来を見通し、来たる脅威を排除する存在。
グリムガルデが脅威を見定め、排除する『攻』の眷属であるならば。
ルクセリアは、脅威から竜王を守る『防』の眷属である。
そしてオリンポスの山頂で、その両者が激突する――。




