突入、オリンポス山!
「見えてきたよ、オリンポス山だ!」
ローラの怒号と共にソラは身を乗り出す。水平線の彼方に待ち構えるは、クウカイを持つエル・クウイよりさらに巨大な山。上空には暗雲がかかっており、その全容はとてもじゃないが把握できない。
空に雷鳴が響き、海は巨大な渦潮が三つ並び行く手を遮る。
今まさにその渦に突っ込もうとしているのは他ならぬアルクォーツ号だ。いくらアルクォーツ号が巨大な魔具だとしても、巨大な渦に巻き込まれればひとたまりもないだろう。
だがローラは笑みを浮かべている。握る舵に力を込めながら、声を張り上げる。
「帆を畳みな! このまま前進するよ!!!」
「姉御無理ですぜ! このままじゃ渦に突っ込んじまう!」
「馬鹿を言うんじゃないよ。アンタがアタシを、アルクォーツを信じないでどうするんだい!」
「で、でもよぉ……」
船体は高波によって激しく揺れ、体勢を維持することすら難しくなっていく。けれどもソラは、ローラは、グリムガルデは、リオンフェルークは強い決意の眼差しでオリンポス山を見据えていた。
壁に捕まりつつ、マルコとミミはローラの背中を見つめる。
「ソラ・アカツキ。貴様もこの船と心中するつもりか? オリンポスへの障害は想像以上に険しいものとなっている。撤退するなら――」
「しませんよ」
グリムガルデもこの荒れようを想像はしていなかったのだろう。己が感じてしまった不安を気丈に振る舞って誤魔化すようにソラに問いかける。
だがソラは即答した。その瞳には強い決意――以上に、信頼が感じられた。
それは誰を信頼しているのだろうか。ローラか、マルコか、ミミか。
否。ソラが見ているのはアルクォーツのメンバーだけではない。
「ローラさんが、マルコさんが、ミミさんがいて。
グリムガルデさんも、リオンフェルークさんもいます。
そしてなにより――神様がくれたボクの力があります。
全部が力を合わせられるなら、超えられない障害なんてありません!」
胸を叩いて、ソラは振り返りもせずに全幅の信頼を置いていることを断言する。
グリムガルデもリオンフェルークもその気になればソラを切り捨てることも出来るというのに。
たかが主君の娘。
たかが一度命を守った少女。
恩義を裏切り、自らのために行動するには浅すぎる繋がりだ。
「……リオンフェルーク。逃げるなら今だぞ?」
「馬鹿を言うなグリムガルデ。ここで逃げれば私はあまりの惨めさに腹を切りたくなる」
「なら」
「やるしかないだろう」
グリムガルデとリオンフェルークがソラの左右に並び立つ。
高まる魔力。リオンフェルークの中から咆えるファフニール。
「渦へ突っ込むよ!!!」
「はい!」
ローラの言葉に大きな声で答えるとアルクォーツ号は大渦へ突撃する。
船体が大渦に巻き込まれる。舵がとられるのを、ローラは必死に堪える。操舵から船体中央の魔石に魔力がさらに流し込まれ、アルクォーツは船体を傾けながらも速度を上げる。
揺れる船体。軋む音が聞こえつつも、ソラはそれでも前方を見続ける。
けれど船である以上、この巨大な渦に勝つことなど不可能である。
アルクォーツ号に限界が迫っていることをローラは感じていた。うなり声を上げるアルクォーツ号に、長い時間舵を握ってきたローラだからこそわかる感覚だ。
だがローラはそのことを口にしない。これはローラが決めた、乗り越えなければならないことだから。
「マルコ、飛び散りそうなパーツを魔法で強引に繋ぎ止めな! ミミは不要になる部分を排除してくれ!」
「あいよ!」
「了解ですー!」
ローラの指示に従ってマルコとミミが駆け出していく。
グリムガルデは、その両爪に力を込める。
リオンフェルークは、その背にファフニールの翼を造り上げる。
「ならばまずは我の力だな――!」
「行くぞファフニール。我らがターゲットも目の前よ!」
一歩前に出たグリムガルデが船首に飛び移り、今にもアルクォーツ号を飲み込まんと大口を開ける大渦を見下し、その手を掲げる。
その後を追うように、リオンフェルークが翼を広げる。
「渦よ去れ――我こそは竜王が爪にして、脅威を見定める者!」
「今こそ乗り越えよう。我こそは竜王が翼にして、世界を見届ける者!」
グリムガルデが、その研ぎ澄まされた爪を振るう。
その一閃は衝撃を伴って、渦を両断する。
リオンフェルークが、雄々しく広げられた翼で羽ばたく。
両断された渦を強引に押し出し、津波となってオリンポス山を襲わせる。
――道が、開ける。
「アルクォーツ号、最大加速ッ!」
その隙をローラは見逃さない。二人の眷属によって開かれた海を、アルクォーツは最大速度で突き抜ける。大渦が元に戻ろうとする力によってさらに海はあれ幾度となく高波がアルクォーツ号を襲うが、構うものかとばかりにアルクォーツ号は進む。
マルコが抑えていた床板の一枚が吹き飛んだ。
ミミが剥がしていた壊れかけの壁が吹き飛んだ。
揺れる船上で、ソラはそれでもオリンポス山を睨め付けて。
「乗り上げるよ、総員対ショック警戒ぃっ!」
「自己強化・二式。全力で、お父さんを迎えにいきます!」
激しい揺れと共に、アルクォーツ号はオリンポス山の麓に乗り上げる。
船底が破損し、ため込まれた魔力が暴走し魔石が煙を吐く。マストは折れて船体を曲げ、アルクォーツ号は結果として座礁することとなった。
そして、ソラは飛び出した。飛び出したソラの背中を押すように、ローラは声を絞り出す。
「ソラ、こっちは大丈夫だから、まっすぐに、アキトを見つけてきな!」
「はいっ!」
ソラ、そしてその後を追うようにグリムガルデがアルクォーツを飛び出していく。
リオンフェルークは、残る形となった。
「……アンタはいかないのかい?」
「ああ。親子の再会を邪魔するほど無粋ではないし――それ以上に」
リオンフェルークが何処からか取り出した錫杖を構えた。
そのタイミングを待っていたのだろう。物陰から次々と大型の魔物が姿を現した。
単眼の巨人、サイクロプス。首無しの騎士、デュラハーン。金属すら溶かす酸を吐くヘビ、サーペント。
六腕の巨人、アシュラ。十メートルはある巨大な鬼、ギガントオーガ。
そのどれもが、Aランクの冒険者ですら困難な戦いになるほど強大な魔物である。
オリンポス山に棲息する魔物たちは、Aランクの冒険者でも厳しい戦いとなる。
だからこそのSランク。
「ここを守らなければソラ・アカツキは帰還することも出来ないだろう。そこまで守ってこそ、私は命を救って貰った恩が返せる」
「へぇ。結構良い奴じゃないか、リオン大僧正」
「この船は私が守ろう。だからお前たちは、急いで船の修理をしろ。――大丈夫か?」
「ああ任せな! ソラとアキトを連れて帰る! それがアルクォーツの今回のクエストだからね。たかが船が壊れたくらいで諦めるアタシたちじゃないよ!」
リオンフェルークの言葉の前に、ローラは大きく笑い声を上げた。




