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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
三章 ソラ、少女編(16歳)
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遠い世界で、彼は祈った。




 激痛と死の恐怖に苛まれながら、ソラはゆっくりと意識を取り戻した。


「……あれ?」


 瞳を開いた先に広がる光景は、先ほどまでグリムガルデとリオンフェルークが激闘を繰り広げていた不可思議な空間ではなかった。

 苔の生えた、石造りの廃墟。

 壁も天井も崩れ落ち、上空から降り注ぐ目映い光を防ぐことも出来ない。

 極天には澄み渡る青が広がっており、地平線の果ての向こうまで白が埋め尽くしていた。

 ソラはこの世界に、見覚えがあった。

 時間にしておおよそ十六年前。ソラが世界に転生する前に、イブと名乗る少女と出会った世界。


「こ、こは……」


 身体を起こしたソラは、自分の身体の異常に気付かなかった。グリムガルデの攻撃からリオンフェルークを庇い、胸が貫かれたはずだった。

 だが今のソラにそのような外傷はなく、痛みを感じていなかった。

 その事実に、ソラは気付いていなかった。気付けないほど、この世界に戸惑っている。


「ここが、『天を超えた領域』なんですか……?」


 ソラが探し、求め続けたアキトの居場所。グリムガルデが残したキーワードから導かれた、人の世界からかけ離れた領域。

 ソラを転生させた存在たちは住まう世界こそが、『天を超えた領域』であるとソラは考えていた。

 で、あるならば。


「お父さん。お父さんはどこっ!?」


 どうして自分がここにいるのか、そんな疑問はソラの中に浮かんでこなかった。

 かろうじて覚えていたこの世界に、自分はいる。

 その事実こそがソラを駆り立てる。ずっと探していた父が、この世界にいるかもしれないから。


「残念じゃが、お主の探し人はこの領域にはおらぬよ」


「誰ですか!?」


 突如としてソラの目の前に現れたのは、豊かな白い髪と髭の老人だ。

 瓦礫に腰掛け杖を突いている老人は、優しげな微笑みをソラに向けていた。

 透き通るような老人の声がソラを呼び止める。声を荒げて振り返ったソラは、老人の存在に気付いて言葉尻をすぼめる。


「なに、名乗るほどではない。と、言いたいところじゃが――」


 よっこらせ、と老人が杖を頼りに立ち上がる。その身長は老人であるというのにソラより頭二つ分は高い。ローブに隠されていたよく見えないが、ローブの下の手は明らかに引き締まっている。およそ老人とは思えない体付きに、ソラは思わず後退る。


「私は戦神アルスーン。この世界を創り上げた原初である。君はソラ・アカツキで間違いないな?」


「は、い……!」


 戦神アルスーン。ソラはこの名前に聞き覚えがあった。いや、ソラだけではない。この世界に住まう全ての人間は、その名前をよく知っている。

 戦と炎の神アルスーン。最初に世界に現れ、世界の基礎を創った神。

 その後アダム、イブ、竜王という三体の神を創ったとされる、伝説の存在だ。

 この世界に数多く敬われる神々の中で、最高位の神である。


「イブに選ばれた少女、ソラよ」


「はいっ!」


 ソラも思わず居住まいを正してしまうほど、アルスーンの声には逆らえなかった。老人と思っていたアルスーンは厳かな雰囲気を隠しもせず、その迫力の前にソラは逆らう気すら奪われてしまう。


 アルスーンが伸ばした指先が、こつん、とソラの額を小突く。

 思わずよろけて尻餅をついてしまったソラは、お尻をさすりながらアルスーンを見上げる。


「お主は、世界に何を望む」


「……え?」


 それは、ソラにとって想定外の問いかけ。そもそもこの世界にどうしてきたかもわからないソラは、アルスーンの言葉を理解することにすら手間取ってしまう。

 アルスーンは決して急かしてこない。ゆっくりとした静寂の時間の中で、立ち上がったソラは胸に刻んである言葉を吐き出す。


「ボクの世界は、お父さんがいる世界です。お父さんがいればいい。お父さんが愛してくれればそれでいい。お父さんも、お母さんも、コハクお姉ちゃんも、ユーナちゃん、ローラさん、マルコさんやミミさん――ボクにとって大切な人たちが笑顔でいられる世界が、ボクが望むことです」


 吐き出した言葉にソラ自身が驚いていた。胸に刻み込んだ思いはアキトへの想いだけのはずなのに、考える間もなくすらすらと家族が、親友が、仲間が浮かび上がってくる。

 アルスーンはソラの言葉を聞いて頷いているだけだ。でもソラは、それでは足りないとばかりに言葉を続けた。


「ボクはお父さんが大好きです。お母さんが、お姉ちゃんが、みんなが大好きです。

 だからこそ。だからこそ――」


 不思議と、涙が瞳から溢れてきていた。涙を拭いもせず、ソラはアルスーンに言葉を吐き続ける。


「ボクから、愛を奪わないでください。ボクがようやく手に入れた優しい世界を、奪わないでください」


 ソラ自身、何を言っているのか理解出来ないでいる。でもその言葉はソラの本心である。辛いことも悲しいことも全て受け止める気概はあるけれど、それに耐えられるとは思っていない。

 ソラがこの世界に望んだのは、愛して貰うことだ。愛を貰えなかったから、愛を望んだ。


「……うむ。そうじゃのう。そうだよな、ソラ・アカツキよ」


 優しいアルスーンの声が、ソラに届く。顔を上げたソラは、今にも泣きそうな、寂しげな表情のアルスーンに気が付いた。


「ソラよ。父に会いたいか?」


「はい」


「ソラよ、父に愛して貰いたいか?」


「はい。ボクはお父さんの娘として、愛して貰いたいです」


「ソラよ。そのためなら――なにを犠牲に出来る?」


「ボクが手放せるとしたら、イブから貰ったこの力だけです」


 まるでアルスーンがどんな問いかけをしてくるかをわかっていたかのように、すらすらとソラは言い淀むことなく答えていく。その言葉を待っていたかのように、アルスーンは微笑んだ。


「うむ。よくぞ答えた」


 ソラの身体が、ふわりと浮かび上がる。消えていく自分の手足に驚きながら、ソラはアルスーンをしっかりと見据えた。


「ソラよ。目が覚めたらお前はこの世界でのやり取りの全てを忘れる。だが――お前の胸に、刻んでおこう。アキト・アカツキの居場所への道筋を。

 それが――かつてアキト・アカツキにヒントを与えてしまった私からの謝罪だ。

 お前とアキトが離ればなれになってしまう運命に繋がってしまった、私のミスだ

 世界を司る神として、謝罪を。このような運命を創ってしまった神として、謝罪を。

 ――けれども許して欲しい。この世界は、お前を苦しませるための世界ではないのだから」


 手足が消えていく。感覚が消えていく。身体が消えていく。手を伸ばそうとしても、その手すら消えてしまう。もがいて、もがいて、いくらもがいても、ソラは抗うことが出来ない。

 消える間際に、アルスーンは微笑んだ。それはまるで、父親のような。


「お前は幸せになれ。それが『――』の願いだ」


 その名前すら聞き取れずに、ソラの意識は消え去った。




 そして、ソラは意識を取り戻す。胸に走る激痛で。鋭く、熱い、死を伴う痛みでソラの意識は引き戻される。

 それと同時に、暖かい感覚がソラを包み込む。熱い痛みが和らいでいく中で、ソラはゆっくりと顔を上げた。


「グリムガルデさん、リオンフェルークさん……?」


 倒れたソラの左右の手を、グリムガルデとリオンフェルークがそれぞれ握っていた。

 二人の手から流れ込んでくる、暖かい感覚――魔力に、ソラはうっとりと微笑みを浮かべ、もう一度意識を手放した――。

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