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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
三章 ソラ、少女編(16歳)
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零[ゼロ]を超えた先。




 金色に輝くグリムガルデ。何が起きたかを理解する間もなく、グリムガルデはリオンフェルーク目掛けて突進する。


「何故翼が戻ったかはわからんが、私の敵ではぁ――!?」


「撃爪よっ!」


 振り下ろされたグリムガルデの爪が、リオンフェルークの錫杖を両断した。リオンフェルークは咄嗟に身を翻し、身体を回転させた勢いを利用してグリムガルデへ掌底を放つ。

 掌底をグリムガルデは受け止めると、受け止めた左腕がまるでガラスのように砕け散った。


 が。


 驚愕と苦痛に表情を歪めるリオンフェルーク。

 砕けたはずの左腕は砕けて折らず、その爪先がリオンフェルークの右肩を貫いたのだ。


「烈爪ッ!」


 迫るグリムガルデの右爪を、リオンフェルークは膝を当てて弾く。

 ガラスのように砕ける右腕――しかし右腕はいつの間にかそこに在り、リオンフェルークの膝を掴んだ。


「なんだ、何が起きている!?」


「これが、我が竜王様から頂いたもう一つの権能。脅威の見定めのために、死すら乗り越える肉体強化――かつて、竜王様がウロボロス様を討った力ァッ!」


「誇りを捨てたか、グリムガルデぇっ! ウロボロス様を討った力だと。そんなものを、貴様が使うのかっ!」


 自己強化(エンチャント)・零式。

 アキトが残した手記にも記載されていた、アキトが作り上げた自己強化(エンチャント)の魔法の最上位。その内容まではソラも知らなかった。

 アキトの妻であるアイナも、妹であるコハクも教えてくれなかった、アキトの奥の手であるその魔法は、ソラの予想を超えるものだった。


「肉体の再生。違う、あれはもう再構築だ。でも、でもそんなことが――」


 腕が飛ぼうとも、足が飛ぼうとも、頭が吹き飛ぼうとも、心臓を失おうとも。

 それらはまるで傷を受けた形跡などなかったかのように、そこに在る。

 一瞬のうちに復元される。

 それも、壊される前よりも強化されて。


 アキト・アカツキがたどり着いた人を超える領域は、確かに人のままだ。

 壊れた場所を直す。より固く、より強く。人の身体は、都合良くそう出来ていた。

 アキトはそれを、後押ししただけだ。


 人は限界を超えれば、肉体が保たない。

 だから、保たない肉体をとにかく修理する。癒すという領域の話ではない。

 発動した際に定義される自らの肉体の情報を元に、完全に肉体を復元する。

 それはもはや強化とは言えない。強化は肉体の自然な反応によってのみ行われる。

 これは人の成長を利用している。その成長の限界を無視している。


 その結果、何が起こる?

 常人であれば、繰り返される激痛にのたうち回り、いつしか心を失うだろう。


 アキト・アカツキは乗り越えた。死ではなく、己を失うことに恐怖した彼は、愛する人に支えられ、その恐怖を克服した。


 では、グリムガルデは。

 彼はもとより人を超えた半人半竜の存在だ。痛みよりも恐怖よりも、優先すべきことがある。

 それは誇りだ。竜王の眷属として、脅威を見定める者としての、己が役目に従属する覚悟だ。彼は自身の役目に、崇高な使命感を抱いている。


 そこに痛みや恐怖は感じない。その果てに死ぬことに、彼は躊躇わない。


 だからこそアキトは、彼にその力を託したのかもしれない。

 死をいとわない彼だからこそ、命を大事にして欲しくて。


「何故だ。何故だ。何故だ。何故貴様は竜王から与えられている! 私には言葉すらなかったというのに。何故だぁっ!?」


「貴様は待つことしかしなかったから、だろうが!」


「ぐっ……!」


 十年前――アキトが竜王に『されてしまい』、旅の果てにたどり着いた『天を超えた領域』。

 アキトはそこから十年もの間、移動していない。竜王としての務めなど、人で在りたい彼にとって背負うわけもなかった。


 リオンフェルークは、それでも待ち続けた。いつかその崇高な責務の素晴らしさを理解し、竜王として生きてくれると。


 グリムガルデは、そうではなかった。数ある眷属の中で彼はすぐにアキトに会いに行ったのだ。

 『天を超えた領域』でアキトと語り合い、彼が、竜王に相応しくない人間で在ることを認めていた。アキトの選択をグリムガルデは肯定した。

 アキトが竜王の座を退くまでの間も、自らは使命に忠実に生きるだけと告げた。

 グリムガルデの強い決意を前に、アキトは謝罪の言葉と共に零式の力を託した。


「アキト様は――アキト・アカツキは所詮人間よ。あの御方には生きるべき世界がある。我らが世界に巻き込んではならない。だからこそ、だからこそだ。我々眷属は、真なる竜王様を待つためにも、この世界を守らねばならんのだ!」


 圧倒的な力を得たリオンフェルークの攻撃も、自己強化(エンチャント)・零式の前には無意味とかす。攻撃すればするだけグリムガルデの肉体は強化され、肉薄を許し、傷を負う結果に繋がるだけだ。


「アキト様を認めない気持ちなどわかっていたわ。だがな、見極めようとすらしない貴様にはほどほど愛想を尽かすわッ!」


「グリムガルデェェェェェェェ!」


「リオンフェルゥゥゥゥゥクッ!」


 もし、リオンフェルークがアキトのことをきちんと理解して、なおも同じ答えにたどり着いたのであれば――グリムガルデは、ここまで彼へ憎悪を抱かなかっただろう。

 だが――とグリムガルデは心の中で毒づいた。


(お前も出会ってしまえば、惹かれるだろう。あの御方は、そんな人だった)


 砕ければ再構築される両爪が、リオンフェルークを貫く――




 ――はずだった。


「クロノス、ボクに二人を止めさせてください……!」


 爪は砕けようとも、目的を果たす。その爪は確かに肉を貫いた。


 どうして彼女が目の前にいるのか、グリムガルデは理解出来なかった。

 どうして彼女が庇ったのか、リオンフェルークには理解出来なかった。


 ソラは、時間を止めて二人の間に割り込んだ。


 “どうして”


 二人を、失いたくなかったから。ソラにとって最初から決めていたこと。

 アキトにたどり着くために、二人に協力して貰いたいから。

 だから身体は勝手に動いた。口は勝手にクロノスの名を紡いだ。

 時間が静止した世界の中をソラは駆け抜け、リオンフェルークの前に立った。


 時間を静止し、ソラにのみその世界での行動を許すクロノスは、ソラが生み出した魔法の中で最も強力だ。その力があれば、どんなことも可能であろう。

 強い敵を倒すことも、膨大な時間が掛かる研究も、悪用すれば盗みも何もかも出来るだろう。

 だからソラは、クロノスに制限を設けた。

 一つは制限時間。クロノスは最大でも、一分も保たない。

 そしてもう一つは、クロノスの中では魔法が使えない。

 それはソラの創造魔法であっても。

 二つの制約を持って、ソラはクロノスを完成させた。


 だから。

 クロノスが解除される。

 眼前に迫るグリムガルデの爪。


 『プロテクション』


 そう呟くだけで間に合う。

 いつも通りだ。いつもそうして、ソラは身を守ってきた。

 だがそれは、常にソラに余裕があったからだ。

 そう呟く時間の余裕があったからだ。


 だから、そう。

 呟く時間すらなければ、間に合わない。


「わ、ぅ――……」


 グリムガルデの爪は、ソラを貫いた――。


 急速に遠ざかっていく意識。生まれて初めて経験する、死を伴う激痛。

 ヒールの言葉すら口に出せないまま、ソラは意識を手放してしまった。

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