金爪のグリムガルデ
融生・古龍。
それはリオンフェルークとファフニールの融合。いや、正確にはリオンフェルークがファフニールの全てを取り込み、その力を十全に使う外法である。
本来であれば一ヶ月の時間を費やしじっくりと互いの肉体を融和させ、精神を重ねる魔法であったそれを、リオンフェルークはグリムガルデとソラの襲撃に対して強引に集束させた。
ファフニールの自我が融合の妨げになるはずだったが、リオンフェルークの目的に、ファフニールは追従する。ファフニールもまた、アキト・アカツキへの個人的な感情に突き動かされ、意志を捨ててでも復讐を決意した。
それはおおよそ二十年前――世界で初めて、古龍がたった一人の人間に敗北した事実があるから。
ファフニールは、当然のように世界に現れ、当然のように歩を進め、都市を破壊し、そして再び眠りにつくはずだった。
だがその結果はどうだ。現れた一人の少年に、ファフニールは敗北した。
当時の竜王・ウロボロスが駆けつけなければ、ファフニールはアキト・アカツキの手によって命を落としていた。
世界を守護し、支えるとされる絶対な存在でなければならないファフニールが、たかだか人の子に、命を奪われそうになったのだ。
それはファフニールにとって認めてはならないことだった。
人の言葉は語れなくても、その悔しさ、惨めさの全てをリオンフェルークは理解した。
“例えどちらかが消えたとしても、奴への復讐を、反逆を成し遂げよう”
かくして両者は一つになる。『竜王の翼』たるリオンフェルークと、世界を支える柱である古龍ファフニールが、アキト・アカツキへの私怨によって一つとなる。
人の体躯へと戻ったリオンフェルークが、翼を広げて一歩を踏み出す。
刹那の合間に、リオンフェルークはグリムガルデの背後に回り込んでいた。グリムガルデですら気付けない速度で。
驚愕に染まるグリムガルデを余所に、リオンフェルークはグリムガルデの翼を掴む。
「っ!」
「爪である貴様に翼など要らんだろう? 私が捨て置いてやろう」
「がっ――!?」
グリムガルデが振り向くよりも早く、リオンフェルークがその片翼を引きちぎった。
血が噴出する背中を庇いながら、片翼のグリムガルデは振り向きざまに刃を振るう。
が、リオンフェルークは消えていた。何処に、と探そうとした矢先に顎に強い衝撃が走る。
潜り込んだリオンフェルークが突き上げた錫杖が、グリムガルデの顎を砕く。
上半身を反らしてよろけたグリムガルデの頭部を掴み、リオンフェルークはそのまま自らの膝に額をぶつける。
「ああ、素晴らしい。これが、これが、これがぁ! 眷属たる私と、ファフニールが混ざり合った力だ!」
「こ、の――!」
何度も額を叩きつけられたグリムガルデが強引にリオンフェルークを振り払い、乱れた呼吸を整えようと距離を取る。
重力に縛られない空間だからこそ救われた。ここがもし地上であれば、片翼をもがれたグリムガルデは圧倒的に不利になる。ソラと並ぶように下がったグリムガルデは、額の地を拭う。
「ヒール」
「……余計なことをするな」
「余計なことじゃありませんっ!」
並び立ったグリムガルデに、ソラはすぐさま治癒の魔法を掛ける。もがれた片翼を戻すまでには至らなかったが、額や砕けた顎は治すことが出来た。
「……っち。こんな時に……!」
「っ! か、身体が!」
傷が治ったグリムガルデの肉体が明滅する。それはソラが待っていた、グリムガルデを退けるための手段であった。限界時間が近い、ということだろう。
「……ソラ・アカツキ。我はあと十分もこの世界に留まれない。グリムに戻れば留まれるが、グリムは力なき無力な青年よ。その間に奴を止めなければ――奴は確実に竜王様の脅威となる」
「そこまで、ですか?」
「竜王様が負けるとは思わぬ。だが、リオンフェルークのあの力は放置するには危険すぎる」
それは『竜王の爪』としてあらゆる脅威を見定めてきたグリムガルデだからこそ理解出来ていることだろう。リオンフェルークといえど竜王に敵うとは思っていない。竜王は、それほど圧倒的な存在だと。
だが、万が一の可能性もある。なによりリオンフェルークの今の力は、グリムガルデの目から見ても世界に存在してはならない脅威となっている。
「……せめてあの指輪が盗まれてなければ」
「指輪、ですか?」
「ああ。卑しい海賊どもに盗まれた、我の力を封印した指輪よ。この世界においては何の価値もない宝物だが、あれには竜王様から頂いた我の力が眠っている――っふ、そんなことを話しても、無駄だと言うのにな」
傷が癒えたグリムガルデは最後の力を振り絞らんと片翼を広げ全身に魔力を滾らせる。
一方ソラは、グリムガルデがぼやいた指輪に心当たりがあった。クウカイにたどり着く前に出会った、アジリー海賊団たちが所有していた指輪。
もしかしたら、とソラはアークに仕舞っていた指輪を取り出し、グリムガルデに投げ渡す。
「グリムガルデ、さん!」
「――これは」
「アジリー海賊団から手に入れた指輪です。もしかしてこれが――」
「――よくやった。よくやったぞ、ソラ・アカツキ!」
指輪を握りしめたグリムガルデが口元を歪めた。握った拳に力を込めて、手の中の指輪を、粉々に――砕いた。
砂となった指輪が飛散し、一粒一粒が輝き始める。輝く粒子が、一斉にグリムガルデに集約されていく。
「これぞ我が竜王様より頂いた力――」
金の粒子が魔方陣を描いた。その魔方陣は、ソラもよく知る魔方陣だ。金の魔力がグリムガルデに溶け込んでいく。その魔法の名を、グリムガルデは叫ぶ。
「自己強化・零式!」
――失われた片翼が、再生する。




