ソラ、才能の開花?
「どうしてシェンツー様は「ユリアでいいぞ」……ユリア様は「様など付けるでない」……………ユリアはここにいたんだ?」
「よくぞ聞いてくれたアキトさん!」
相手が貴族の令嬢であると察したアキトは言葉を改めようとしたが、そのユリアーナに止められてしまう。少しの気まずさを感じながらも砕けた口調に変えると、ユリアーナは年相応の可愛らしい笑顔を見せる。
「実はもうすぐお父様の誕生日でな? この森に自生しているという『ミルトニアム』という花を探しにじいや……執事と来たのじゃ」
「ミルトニアム? あれって冒険者ギルドでもAランクのクエストに選ばれるくらい希少な花じゃないのか?」
「だー?(そうなんですか?)」
アキトは少し前の冒険者時代のことを思い出した。
そのクエストを受けたことはないが、狩猟・討伐が基本となるAランククエストの中では珍しい納品クエストだったから記憶に止めていたのだ。
ミルトニアムの花は外側から順に赤、桃、白の葉が重なり、内部にオレンジ色の果実を実らせるという。
『ミルトニアムの花を入手せよ!』と大々的に売り込んでいる商人を見かけたことはあるが、Aランクになっていたアキトには納品系のクエストは気が向かず受けなかった過去がある。
「アキトさん子連れなのか。奥方はどうしたのじゃ?」
ようやくソラの存在に気付いたユリアーナが愛くるしいソラの姿を見て頬を緩ませる。
だがソラはユリアーナを警戒している。主にアキトに近づいてくる女性として。
方や赤子、方や幼女。どちらも土俵に立つことすらままならないことには気付いていないのか。
「べろべろばー?」
「ぷいっ」
「なんじゃとー!? ……っと、いたた」
顔を逸らしたソラに驚いたユリアーナが痛みを思い出してしゃがみ込んでしまう。
切り傷は深くはないが数こそ多く、それらが鈍い痛みとなってユリアーナを襲っているのであろう。
「すまん、俺は回復魔法は使えないんだ」
「うぅ。こんなときじいやがいてくれれば……」
痛みを我慢するユリアーナにソラは少しだけ悪いことをしてしまった気がしないでもない。怪我をしていることに直接の関係はないのだが、痛みを訴えているユリアーナを見ていては気が気でならない。
小さな傷たちはソラの世界であれば絆創膏といった医療品があるが、こちらの世界にはないのだろう。あればアキトがソラのために持ち歩くからだ。
であれば、ソラがやれることは一つしか無い。
「だー(おとーさん、ボクを抱えてもらえますか?)」
「ん? 構わんが」
ソラの言葉にアキトは疑問符を浮かべたまま背中から降ろして抱きかかえる。
そのまま「だー、だー」と言葉の通じないユリアーナに向かって手を伸ばす。
「だー!(ヒール!)」
「お、おぉぉぉぉ!?」
「回復……治癒魔法か?」
「だー(成功しましたっ)」
ソラが伸ばした手からあふれ出た光がユリアーナの傷口に優しく吸い込まれていくと、傷口はみるみる内に塞がっていった。驚きの声と共に立ち上がるユリアーナが痛みから解放されぴょんぴょんと元気さをアピールする。
「凄いのじゃ! 痛くないのじゃ!」
「……ソラ、術式も詠唱もなしに魔法を使えるんだなあ」
「だー?(なんですか、それ)」
アキトの言葉に今度はソラが疑問符を浮かべる。
この世界において魔法とは術式・詠唱・術者の魔力によって構成される。
術式は魔方陣が大半であり、込められた文字記号によって魔法の種類が変化する。
詠唱は術者の魔力を帯びることで魔方陣に影響を及ぼし、術式に内包された魔法が起動される。
それがこの世界の魔法の成り立ちだ。
あらゆる魔法には魔方陣といった術式があり、魔法使いは詠唱によって魔法を発動させるのが当然だった。
だがソラは違う。アキトにしか聞こえなかったが、魔法の名前を呼ぶだけで魔法を発動させた。
ソラの言葉がわからないユリアーナからしてみれば、それはもはや魔法のレベルを越えていた。
「アキトさん、その子は――」
ユリアーナが驚きの表情のままなにかを口にしようとした瞬間。
獣の咆哮がアキトたちにまで、届いた。
それはまごう事なきグロードウルフの咆哮であり、それだけでグロードウルフが殺気立っていることがわかる。
「ま、まさかじいやが!?」
「ユリアの執事が戦ってるのか?」
「そ、そうじゃ。妾をここに隠し、倒してくると行って三十分は経ってるのじゃ!」
「やばいな……無事なら良いが」
オロオロと慌て出すユリアーナをアキトは事情も説明せずに脇に抱える。ソラはアキトの背中にしがみつき、「だー!」とアキトを急かしてくる。
「わかってる」アキトはソラを安心させるように力強く頷いた。
このままユリアーナをここで待たせても他の魔物に襲われる可能性があると判断したアキトは彼女も連れて行くと決める。幸いなことに軽すぎるユリアーナの身体は抱える上で負担にもなにもなりはしない。
「アキトさん!?」
「ユリアの執事を助けに行くぞ」
「っうん!」
「――自己強化・五式」
足で描いた星形の魔方陣の上に立ったアキトは小さく呟く。
アキトの言葉に乗った魔力が魔方陣に反応し、アキトの体内を駆け巡る。
自分の肉体を強化するエンチャントと呼ばれる魔法であり、本来は衣服の一部に魔方陣を仕込んでおいて詠唱だけで使えるようにする簡単な魔法だ。
その能力は自分のステータスの底上げ。アキトがランクSに到達するほどの実力の裏付けであり、アキトはエンチャントの魔法を極めることによって自らの実力を伸ばしていった。
身体能力を底上げしたアキトが地面を蹴る。ぬかるんだ地面であろうと関係ない。
先ほどよりもさらに早くアキトは霧の森を進む。視界が悪くても、咆哮が聞こえた方角を間違えることはない。
木々をかわし、最適な道を選んで駆け抜ける。
――そして、森が開けた。
グロードウルフの咆哮と、血を流して木に寄りかかる青年。アキトよりいくらか年上なくらいの青年は意識を失っているようでアキトの登場にも反応しない。
「じいやっ! じいやぁ!?」
ユリアーナの叫び声すら聞こえなくなるほど、アキトは目の前の光景が信じられなかった。
グロードウルフは確かに他の種族を支配下に置く知能の発達した種族だ。
だが――グロードウルフがグロードウルフを支配していることなど、聞いたことがない。
「だー!?(おっきい狼が十匹はいますよ!?)」
「そうじゃない。その奥だ!」
すでにアキトはこの群れのリーダーであるグロードウルフを見定めている。
十メートルを越す体躯のグロードウルフたちよりもさらに異質なその姿は一目でその個体がリーダーであると理解させる。
本来グロードウルフとは真っ黒な鋼の体毛を持つ狼だ。
だがその個体は、全身を真っ白に染めたグロードウルフである。
「グルォォォォォォォォ」
獣の咆哮が霧の森を揺らし、グロードウルフたちが一斉にアキト目掛けて襲いかかる!