クウカイでの再会。
「えっほ、えっほ」
ソラは一人、クウカイの街にまで伸びている大階段を駆け上がっていた。荷物を降ろし終えたマルコは酒だ酒だと近くの村に飛び込み、ミミはマルコを追っていった。
ローラはやることがあると『明星の天元』へ向かったため、こうしてソラは一人で階段を登り続けている。
果てしなく長い階段だが、あまり苦には感じられない。ソラのように麓から頂上まで一直線に向かう人は少ないけれど、通りがかる人たちは誰であろうと気さくに声を掛けてくる。男性も、女性も、少年も、少女も、お爺さんも、お婆さんも。挨拶を交わしながらソラは階段をぴょんぴょんと一段ずつ飛ばしながら登っていく。
「つい、た!」
見えてきた最後の一段を乗り越えると、クウカイの街並が一気にソラの視界に飛び込んできた。そこはソラにとって見慣れた街並で、昔の――ソラの前世の世界に少し似ている街並だった。
木造の、和風な建築が多い。スタードットや王都、ベルファストは石造りの街並が主流だったが、クウカイはまったく違う。国柄といえばいいのだろうか、それでも街で暮らす人々の幸せそうな笑顔は王都やベルファストに負けずとも劣らない、気持ちのいい笑顔だ。
霊峰の頂上、つまりかなりの高所にあるというのに市場は活気づいている。さすがに海面から遠い所為か魚類は見受けられないが、その分肉や野菜に力が込められている。瑞々しい野菜はこのままかぶりつきたいほどで、街頭で焼かれているソラの腕ほどある骨付き肉は香辛料の香ばしさが食欲を奮い立たせる。
街を歩きながら、至る所に小さな地蔵が立っていることに気が付いた。どれもソラが前世で見かけたことのある地蔵によく似ているが、一つだけ――背中に羽があることを覗けば瓜二つと言っても過言ではない。
これが竜王の翼を現しているのだろうか。リオン大僧正という人物は、竜王と――アキトについて、何かを知っているのだろうか。
リオン大僧正と面会するには最低でも二週間は掛かると言われている以上、それまでは冒険者ギルド『明星の天元』でクエストを受けこなしているべきだろう。
「あー……クエスト、受けないとなぁ」
実のところ、ソラはあまりクエストを受けるつもりがない。
というより、やる気がないのだ。クエストをこなし、冒険者として名を広め、ランクを上げる。本来の冒険者であればやるべきことに、ソラはやる気が湧かないでいた。
ソラが冒険者になったのはあくまでアキトを探すためだ。自分が有名になることよりも、アキトを探すのに都合がいいから冒険者を選んだのだ。
その点についてはソラは非常に幸運だった。魔法学院を卒業し、Dランクの冒険者としてスタートすることができ、すぐにCランクになれた。
ベルファストでのグラシアからのプレゼントにより、大してクエストをこなす前にBランクになれた。
冒険者として一人前と言われるBランクに、だ。
だからソラは、いまいちやる気が出せないでいた。
「真面目にやらないと、ローラさんに申し訳ないしなぁ」
ローラはソラの事を応援してくれている。ソラのアキトを探す旅を手伝ってくれている。ローラのために何ができるかと自分を問いただせば、それは冒険者として立派に活動することだろう。アルクォーツの一員として、あの船を守る存在として。
「うん。頑張らないと」
そうと決めれば、いつまでも街を散策しているわけにはいかない。明日にでもクエストを受けなければ、ローラに立つ瀬がない。
踵を返して歩き出したソラの前に、男が二人立ち塞がった。どちらも身長の高いいかにもちゃらちゃらした風貌で、ソラは思わず心の中で毒づいた。
「君、可愛いねー。見掛けない子だけど冒険者?」
「なに言ってんだよ。こんな可愛い子が冒険者なわけないだろ? 旅行で来たんだよな?」
冒険者なのだが、いきなり現れた二人はソラの言葉など聞く気がないのか勝手に話を進めていく。
「いや、てかまじで可愛いよ君。いくつ? どこに住んでるの? 連絡手段とか持ってない?」
「ちょっと俺たちとそこでお茶しない? もちろんご馳走するからさ」
これは俗に言うナンパ、なのだろうか。あいにくとソラにはこのような経験は十六年の間一つもなかったので、いまいちわからない。
もちろんソラが異性に興味を持たれたことがないわけではない。魔法学院に通っている間は、一週間から二週間に一回は男子生徒からの告白を受けていた時期もあったほどだ。
だが父・アキト一直線なソラが誰かを選ぶことなんてするわけがなく、気付けば同室のユーナとの関係まで噂されるほどの立場だったことをソラ自身知らないでいる。
そもそもソラはアキトしか眼中にないのだ。自分の容姿もスタイルも、アキトが喜んでくれればなんでもいいのだ。
だからソラは、目の前の二人組が鬱陶しくてたまらなかった。
「あのー、ボクこれから下の村に行かなくちゃいけないんです」
「うわボクっ娘だぞお前! 可愛いくて可憐でなんだこの子反則か!?」
「落ち着け。気持ちはわかるから落ち着け」
二人の男はソラを逃がさないとばかりにしっかりと道を塞いでいる。無理に突き飛ばすわけにもいかないし、知らない街で魔法を使って目立つのはアルクォーツの評判に響いてしまう。
ならば、とソラは時間を操ることにした。クロノス、とソラが呟けばソラはこの場からすぐに離れることができる。
「クロノ――」
「邪魔だ、どけ」
「のわっ!?」
「ぐもっ!?」
「わぅ!?」
ソラがクロノスを使おうとするよりも早く、男たちは後ろから蹴り飛ばされた。
地面を転がる男たちと、何が起きたかわからず目を丸くしてしまうソラ。
「……ん、お前は――ソラ・アカツキ……?」
「え、あ、あなたは――」
男たちを蹴り飛ばした青年に、ソラは見覚えがあった。いや、忘れることなどできやしない。
手も、足も、人間のものだ。背には翼は存在していない。
だがその金の髪を、その目つきをソラは覚えている。どうして人間の姿をしているかはわからないが、その人物はソラにとってクウカイを目指す指針となった存在だ。
「グリムガルデ、さん……!」
かつてベルファストの宮殿内に突如として現れ、アカツキとソラの前に立ち塞がった『竜王の爪』と名乗る存在。
アカツキとソラの二人がかりであっても、傷一つ与えることのできなかった猛者。
その男の名は、グリムガルデ。




