竜の爪
それは竜と呼ぶにはあまりにも人の体躯であった。
それは人と呼ぶにはあまりにも奇妙な出で立ちをしていた。
竜の足。竜の腕。けれど胴はは限りなく人間だ。背に生えた翼は鋭利な羽を伸ばしている。
金の髪を鬱陶しげに掻き上げ、金の瞳が周囲を見渡す。自分を吐き出したリヴァイアサンの亡骸を忌々しげに見上げると、遺骸目掛けて手を掲げる。
するとどうだろう。たちどころにリヴァイアサンが消えていく。霧のように、どこかへと消えていく。リヴァイアサンの全てが消えたところで、彼は迫る二つの存在に気付き、振り向いた。
宮殿の中央部分に駆けつけたソラとアカツキは、突如として現れたソレを見て足を止める。人のような、竜のような存在を前に、剣を構えることしか出来ない。
「リヴァイアサンを討ったのは、貴様か?」
ソレの問いかけに、アカツキは身体を震わせながら答えた。
膝は笑い、今にも膝を突いてしまいそうなほど身体を震わせながら。
自分はここまで臆病だったのか、と。恐怖を感じている自分に戸惑う。
「あ、ああ。オレだ。アカツキ・ベルファストがリヴァイアサンを討った!」
九つに届くか届かないかの少年の言葉に、ソレはギロリとアカツキを睨んだ。
体勢を低くして、両腕を突き、射殺すようにアカツキを睨め付ける。それはまるで猛獣の眼光。竜の瞳が今にもアカツキを殺そうと細められる。
「人間よ。貴様は?」
ソレはソラにも問いかけた。状況の整理が追いつかないものの、ソラはその存在に堂々と名乗りをあげる。
「ボクはソラ・アカツキ。お父さんを探して旅をする冒険者です!」
「――アカツキ。アカツキ。アカツキ! そうか。そうか貴様か!」
ソレの表情が一変する。髪を掻き上げ、目を見開く。
瞬間、ソラを衝撃が襲う。何が起きたかを理解する間もなく、ソラは壁に叩きつけられる。
「我は影。竜王が影。竜王の爪にして、竜を討つ罪人を滅ぼすグリムガルデ!」
「ソラ!」
「遅いわ!」
アカツキがソラの安否を確認するために振り向いた瞬間をグリムガルデは見逃さない。アカツキが振り返るよりも速く肉薄し、アカツキの首を掴みと床に叩きつける。
衝撃に砕ける床。短剣を落としグリムガルデの腕を剥がそうとするアカツキに、グリムガルデはさらに力を込める。
「古龍を討った罪。その身で償え」
「い、や、だ……!」
「そうか」
グリムガルデはさらに力を込める。首の骨を折るために。アカツキの命を奪うために。
いくらアカツキが優れた力を持ち単独でリヴァイアサンを討てる実力があろうとも、上から力任せに押さえつけられては子供の体躯では厳しい。
かすむ意識。溢れてくる涙。思わず出てくる、助けを呼ぶ言葉。
「た、す――」
「フレイム・カリバー!」
「――ッ!」
エクスカリバーに付与された炎がグリムガルデ目掛けて放たれる。グリムガルデは咄嗟にアカツキから手を離し、炎を弾くと数歩後退した。
刀身に炎を纏わせて、ソラはグリムガルデに突貫する。グリムガルデは打ち合うために羽を引き抜くと、羽はより鋭く伸びる。
三度打ち合い、ソラはアカツキが起き上がるのを確認するとグリムガルデから距離を取った。咳き込むアカツキを心配しつつも、目の前にいるグリムガルデの一挙手一投足を見逃さないために神経を張り詰める。
「自己強化・三式!」
ソラはすぐさま自己強化の自分に掛ける。ギアのように段階毎に出力を上げられる自己強化を六段階目に引き上げる。
三式による身体強化は、本来であればAランクの魔物を相手にするために使う――とはアキトの言だ。
つまり、グリムガルデはそれほどの相手ということだ。
いや――三式でも届かないかもしれない、とソラは考えている。
「ソラ・アカツキ。我を前にしても恐怖を抱かぬ、か」
「げほ、げほ……」
「アカツキ、大丈夫?」
「だい、じょうぶ。大丈夫。大丈夫だ!」
短剣を拾い、アカツキが構える。グリムガルデの視線はソラからアカツキへと移る。
眼中にない、というより、グリムガルデの目的はアカツキだけなのだろう。
「ソラ、あいつはオレが狙いみたいだ。だからお前はママを、みんなを逃がしてくれ」
「……だめ。それじゃ、勝てない」
三度の打ち合いでソラは確信している。グリムガルデがどれほど強く、いくら古龍を討ったアカツキであっても、厳しいことを。
頭の中に浮かんでくるのは様々な魔法だ。どれがこの状況で最適で、グリムガルデに有効な一撃を与えられるか。
「大丈夫だ! だってオレは、英雄から作られたんだぞ!」
「だからアカツキ、それはどういう――」
「ぐだぐだと、やかましい!」
痺れを切らしたグリムガルデが翼を広げ床を蹴る。
もう一枚引き抜かれた羽を刃とし、羽を交差させてアカツキへ突撃する。
迫るグリムガルデに短剣を投げつけたアカツキは、ソラからエクスカリバーを奪う。
「貸せっ!」
「あっ!」
短剣を弾いたグリムガルデがエクスカリバーを振りかぶるアカツキに臆することなく肉薄する。引き抜いた羽を振り抜くと同時に、アカツキがエクスカリバーを振り下ろす。
一瞬の静寂。
一瞬の硬直。
互いに背を向けるアカツキとグリムガルデ。
「ぐぅ」とうめき声を漏らしたのはグリムガルデだ。袈裟に切られた傷口を押さえながらも立ち上がり、憎悪の感情を瞳に込めて振り返る。
「がっ」とよろけて膝を突いたのはアカツキだった。ゴト、となにかが落ちる音と共にアカツキが左腕を抑える。苦悶の表情を浮かべるアカツキに、ソラが駆け寄る。
「……え?」
落ちた物を見てしまったソラは、硬直する。
それは左腕だった。誰の腕か。アカツキのだ。
だがその切断面はあまりにも人間のものでは無い。そう、まるで人工的な。
「アカツキ、君は――人形だったの!?」




