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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
三章 ソラ、少女編(16歳)
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ベルファスト四世との邂逅




 その女性は、私室で物静かに本を読んでいた。ペラペラとページを捲る音だけが存在し、窓から差し込む光に照らされた美貌にソラは同性ながら思わず見とれてしまうほどだ。


「……あら?」


「ママー!」


 部屋に入ったアカツキが開口一番に女性に飛びつく。アカツキを抱きとめた女性は微笑みながらアカツキを強く抱擁する。

 するとアカツキも背中に手を回し、強く抱きしめる。女性は金の髪をさっ、と払い、アカツキの背中を優しく撫でる。


 思わずソラは、アキトに抱きしめられた過去を思い出す。今のアカツキのように、ソラが抱きつけばアキトは必ず抱きしめ返してくれた。優しく背中を撫で、時には頭や顎をくすぐるように撫でてくれた。

 触れ合っているだけでアキトからたくさんの愛情を感じられることが、ソラは大好きだった。だからいつもアキトの手が空いてれば抱きつき、その胸板に頬ずりしていたくらいだ。

 今の光景は、まさにそんなソラの過去と瓜二つの光景だ。懐かしすぎて、遠い過去の情景についソラの瞳から涙が一滴零れてしまう。

 気付かれないように、こっそり拭う。

 幸いにも女性――グラシア・ユークレイル・ベルファストもアカツキも、お互いに夢中でソラには気付いていなかった。


「あ、あの!」


「あら。どなたかしら」


 声を掛けたソラに気付いたグラシアが微笑みを向ける。

 宮殿の奥に無断で侵入したソラであっても、グラシアは責めることなく笑顔を見せた。

 その微笑みだけで、「ああ、いい人だ」とソラは根拠のない確信を得た。優しい微笑みには裏表を感じさせず、これまで自分を育ててくれたアイナやコハクと同じような優しさを感じた。


「ボクは、ソラ。ソラ・アカツキと申します」


「……え?」


「そうなんだよママ! オレと同じ、同じなんだよ!」


 驚愕の表情を見せるグラシアと、嬉しそうに腕の中ではしゃぐアカツキ。

 どうにか平静と取り繕うグラシアは、さきほどと違いぎこちない微笑みを浮かべる。


「ソラさん。あなたは――もしかして、アキト様の……」


「はい。アキト・アカツキは、ボクのお父さんです」


「……ああ。ああ……っ!」


 アカツキをそっと降ろしたグラシアが立ち上がり、ソラの髪に触れる。くすぐったさを感じながら、ソラはグラシアを見つめ返す。

 躊躇いながら、グラシアはソラの頬を撫でた。なにかを確かめるように両頬を撫でると、ソラはくすぐったさに身を捩った。


「――なんて可愛らしいの!?」


「わぅ!?」


 ぎゅむ、とソラは視界を奪われた。顔全体に押しつけられる暖かく柔らかな感触に、自分がグラシアの胸元に抱きしめられていると気付くのに数秒を要した。

 もがもがと手を振ってもがくソラを気にすることなく、グラシアはソラを抱きしめる力を強くする。


「ああ、ああ、ああ! ソラちゃんね! アキト様の言っていた大事な愛娘。こんなに可愛らしい女の子だなんて思いもしなかったわ!」


「わぅ、わぅ、わぅー!?」


「ママずるい! ソラもずるい! オレもー!」


「わぅー!?」


 正面からグラシアに抱きつかれ、背中からアカツキに抱きつかれもみくちゃにされるソラ。

 はーはー、と息を荒げながらグラシアを引き剥がした時には、グラシアは恍惚の表情をしてアカツキも楽しかったのか満足げな表情をしていた。


「あらごめんなさい。つい」


「ついで抱きしめるんですか!?」


「だってソラちゃん、可愛いんですもん」


「……ありがとうございます」


 面と向かって可愛いと言われることに慣れていないソラは思わず頬を赤く染めてしまう。アキトがいたころはずっと言われていたが、魔法学院に通うようになってからは誰からもからかわれることなく過ごしていたので、不意を突かれてしまったようだ。


「あ、あのですね!」


「……ええ。わかっています。アキト様のことですよね」


「はい」


 ソラの言葉を察したグラシアが表情を引き締める。膝の上のアカツキは退屈そうにベッドの上に寝転がった。

 スッ、とグラシアの目が細められる。視線は窓に向けられ、遠くを見つめる。


「アキト様は、ここにはおりません」


「何処へ行ったかは、わかりますか?」


「海の向こうへ。どの国を訪れるかはわかりませんが、海を越えると、だけ」


「……海の、向こう」


 グラシアの視線を追ってソラも遠くの海を眺める。カモメが悠然と空を飛ぶ。運ばれてくる磯風がどこか物寂しさを思い出させる。


「ありがとうございます」


「アキト様を探しているのですよね?」


「はい。……まだ、帰ってこないので」


「……もう。こんな可愛い愛娘をほったらかしにするなんて」


「お父さんには、それだけやらなくちゃいけない旅なんだと思っていますから」


「なんて理解のある子供なの!? あぁもう私をママと思って甘えてもいいのよ!?」


「お母さんはちゃんといますから!」


「ママはオレだけのママだよー!!!」


 戯けてみせるグラシアについついツッコンでしまうソラとアカツキだが、すぐに揃って笑い出す。少しのやり取りだけでも、グラシアが悪い人物ではないことが理解出来る。

 さすが聖堂教国の教皇と言ったところか。飛びついてきたアカツキをなだめるグラシアの横顔は、アイナと同じ、母親の表情だ。


「……もう一つ、いいですか?」


「……アカツキのこと?」


「オレ?」


 グラシアはソラの思考を読んでいるのだろうか。ソラが知りたいことを先んじて言葉にしてくる。グラシアの言葉に、ソラはこくんと頷いた。怪訝な表情で首を傾げるアカツキの頭を撫でながら、グラシアが少し辛そうに口を開く。


「この子は、アキト様の――」


 グラシアが言い切る前に、宮殿を激しい揺れが襲った。

 続いて聞こえてくる崩壊音と悲鳴に、ソラもグラシアもアカツキも宮殿の廊下へ視線を飛ばした。奥は土埃が舞って何も見えない。


「き、教皇様!」


「何事ですか!」


 次いで部屋に飛び込んできたメイド服の侍女が声を荒げる。その焦り様から、ただの地震ではないことにソラは気付いた。

 アカツキが廊下の奥を睨むように見つめた。続けてソラも、奥から突如として感じた魔力に視線を向けた。


「り、リヴァイアサンが……」


「リヴァイアサンはオレが確実に仕留めた! 動くわけがないよ!」


「ち、違うのです。リヴァイアサンの口から、人間が!」


 ソラもアカツキも、その言葉を聞いて飛び出した。いつの間にかアカツキの手には短剣がそれぞれの手に握られており、ソラはアークからエクスカリバーを引き抜いた。

 なにかが起きている。そして同時に、何が原因かは、わかっていた。


 ソラはアイナから、アキトと、アキトが倒すべき相手の存在を聞いていた。

 その存在は、古龍の死に関わる場面に現れ、古龍を倒す存在に目を付ける。

 まるで古龍を守るかのように。否、事実その存在は、死に瀕した古龍を守るために現れる。


 古龍たちの王が、現れる。


 突如として聞こえてきた咆哮が、再び宮殿を激しく揺らした。


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