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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
三章 ソラ、少女編(16歳)
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アカツキとアキトと




 アカツキを追うままに宮殿内に入ったソラはその圧倒的な景観に心を奪われていた。

 煌びやかなステンドグラスは陽光を浴びてキラキラと輝きを放っている。豪勢なシャンデリアは宮殿にはまるで相応しくない。けれどもその圧倒的な存在が陽の光を受けてこれでもかと主張されており、硝子細工がとても美しく輝いている。


 宮殿の中心は教会を兼ねており、左右に並べられた椅子には教国の市民が祈るように瞳を閉じていた。

 荘厳な雰囲気である。とてもじゃないが、アカツキのように飛び回ることなどソラには出来ない。


 聖堂教国が誇る大聖堂。その入り口には、青い鱗の巨大な生物が天井に張り付けられていた。体躯だけでも三、四十メートルはある。凶暴さを伝えてくる鋭い眼光は、今にも動いてこちらを睨んできそうなほどだ。


「これ……まさか、古龍……?」


 古龍。

 それは、『天災級危険生物』として認められた魔物である。

 現在は八種類の古龍が観測されており、そのどれもが最大級の脅威として指定されている。

 放っておけば国さえ滅ぼすレベルの存在だ。


 空を泣かせるファフニール。

 大地を砕くジャバウォック。

 大海を飲み込むリヴァイアサン。

 嵐を狂わせるバハムート。


 あらゆるモノを溶かす毒を吐くヒュドラー。

 踏み込んだ大地を腐敗させるディアントクリス。

 国どころか、大地を、大陸すら吹き飛ばすと言われているニーズヘッグ。

 泥より生まれ、雷鳴と共に世界を焼くヨルムンガンド。


 そのどれもが存在するだけで世界に悪影響を与え、自然を破壊するほどの存在なのだ。

 本来はこの世界のどこかで眠っているとも、この世界ではない別次元にいるとも言われている――それらを纏めて、"古龍"と総称する。


 そしてファフニール、ディアントクリス、ヒュドラー。

 これら三体の古龍はこの二十年の間に出現し、撃退された。

 討伐ではない。古龍たちは辛くも逃げのびた。その古龍たちを撃退した存在が――アキト・アカツキ。

 古龍を退けた存在として、アキトの名声は国外にも広がった。

 なにしろ古龍の撃退をしなければならない任務はSランク。

 王国の内外を合わせても十人いるかいないかのSランクを五人以上集めて行われる、超高難易度のクエストなのだ。


 それをアキトは、一人で成し遂げた。否が応でも彼の名は知れ渡る。


 見上げたソラの目の前にたたずむ存在もまた、古龍なのだ。

 古龍リヴァイアサン。

 大海を支配するとも言われ、船乗りの間では一番遭遇してはならない存在だ。


「ああそれ? オレが倒したんだぜ!」


「えっ!?」


「すごいだろ!」


 リヴァイアサンを見上げていたソラにアカツキが自慢げに胸を反らした。

 アカツキとリヴァイアサンを交互に見ても、ソラはにわかには信じられないでいる。

 ソラにとっても古龍とは特別な存在で、絶対だった父――アキトだからこそ一人で撃退できる存在だと考えていた。

 だが目の前のアカツキは、一人でリヴァイアサンを倒したと豪語する。


 嘘を吐いているようには見えない。

 だが、信じられないのだ。


「アカツキって、凄いんだね」


「まあな! オレはママの言うとおり、この国を守る英雄になるんだからな!」


「……英雄?」


「おう! オレにはこの国を守った英雄の血が流れてるって、ママがいつも話してくれるからな!」


「そ、それ! 詳しく聞かせて!」


 アカツキの語る英雄。ユーグレナから教えて貰ったアキトの足跡。

 嫌な感覚に襲われるが、それでもきちんと向き合わなければならない。

 英雄の血が流れているアカツキ。

 英雄とはアキトのことを指す。


 アカツキにはアキトの血が流れている、ということだろうか。


 わけのわからないことだ。ソラの頭の中で咄嗟に出てきた答えは、アキトがこの国で――自分以外に、実子を作った、ということ。

 アキトに限ってアイナとの愛を裏切るようなことはしないはずだが。


 だが、アキトが非常に精神的に不安を抱きながら旅をしていることだけは、ソラも知っている。アイナやソラと別れての旅は、どれほど心細いか。そこに誰か、アキトを支えられる女性が現れれば――可能性はゼロではない。


 もちろんソラはアキトを信じている。そんなことをするわけがないと。


 ではその場合、アカツキが嘘を吐いているのだろうか。


「んー? でもママじゃないと詳しくわからないぞ。オレはママの言葉通りを教えてるんだからなー」


「……アカツキ。君のお父さんはどんな人なの?」


「え?」


 ソラの言葉に、アカツキが首を傾げた。

 それは「どうしてそんなことを聞くのか」という意味ではない。

 それは、アカツキの中で意味を持たない言葉なのだ。


「お父さんってなんだ?」


「……え?」


「オレにはママしかいないぞ! ママがオレを作ってくれたんだ。ママはママだ!」


「待って。待って。待って」


 言葉の整理が追いつかない。アカツキは父がいない、と言った。その言葉は父の存在すら否定する言い方だった。

 父を拒絶しているわけでもない。

 まるで、父という存在を知らないような。


「アカツキ。君のママに会わせて。ボクは、確かめなくちゃいけない」


「ん? いいぞ。宮殿の奥で仕事しているはずだしな」


 アキトの行方を知りたいソラの目的に、もう一つ、目的が出来た。

 アカツキのことだ。アカツキとアキトの関係性。それと、ベルファスト四世とアキトがどのような関係だったのか。


 正直に言えば、アキトがアイナ以外の女性に手を出してもソラは構わないと考えている。アキトを、父を支えてくれる人が増えてくれることは、そのままアキトの幸せに繋がると考えているからだ。


 だが、アカツキとアキトの関係は、きっとソラが望んだものとは違う気がする。


 アカツキは、「作ってくれた」といった。

 その言葉に背筋に悪寒が走る。なにか、嫌な予感がする。

 アカツキに案内されるがままに宮殿を進む。宮殿で働く人たちの視線を気にしていたが、もうそんなことを気にしていられる余裕がない。


 頭の中をぐるぐると回る思考。

 それは――ベルファスト四世が、なんらかの形でアキトに危害を加えたかも知れない、ということ。

 違うとしても、アカツキとアキトの関係性は問いたださなければならない。

 アキトの娘として。彼を探す子供として。アキトの帰りを待ち続ける、アイナのためにも。




 ぎょろり、とリヴァイアサンの瞳が動いたことには、誰も気付かなかった――。

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