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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
三章 ソラ、少女編(16歳)
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アカツキを名乗る少年




 懐かしい感覚は、ソラにとって十年前から忘れることの出来ない感覚だ。

 この世界に転生してから十六年。最初の六年間、離れることなくずっと傍にいてくれた、大切な愛情の温もりだ。


 目の前にいる金髪金眼の少年からは、確かにかつてのアキトと似たような気配を感じる。

 だが気配だけだ。金髪金眼の少年はアキトとは似ても似つかない。短く切りそろえられた髪と、ソラを見つめるくりくりっとした丸い瞳。

 白いシャツの上に紫色のノースリーブジャケットを着けている少年の出で立ちは、どことなく冒険者のようで。


「えーと、大丈夫?」


「あー、うん。大丈夫、です」


 ソラの伸ばした手に少年が捕まり、立ち上がる。土埃を払い、少年は目をキラキラと輝かせてソラを見つめる。


「なあなあ! 今の魔法はなんなんだ!?」


「え?」


 今の魔法、という言葉で思い当たるのは、クロノスだ。

 時間を止めて、ソラだけがその世界で動くことを許される。あまりにも常軌を逸した魔法。普通の魔法使いでは扱うことすら出来ない魔法だ。

 誰の目から見ても一瞬で現れたソラが、武器を弾いた。ように見えるはずだ。


「すっごいよなー! お前、時間を止――」


「すとーっぷ!」


「わぷっ!」


 その魔法がどれだけのものか少年は理解していないのだろう。思わず言葉を漏らそうとした少年の口を手で塞ぐ。

 時間を止める魔法など、知られてしまえば悪用されるに決まっている。

 ソラの創造魔法でしか使えない魔法だが、そんなことは関係ない。

 実際に時間を操る魔法が存在する、ということが知られることが不味いのだ。


「おいお嬢ちゃん……俺たちのことを無視するんじゃねえよ!」


「……わぅ?」


 そういえばそうだったとばかりにソラも少年も三人組の冒険者に向き直った。


「何処から来たのか知らねえが!」

「俺たちに関わって無事で済むと思うなよ!」

「そう。俺たちは泣く子も黙るパーティー・三節棍よ!」


「泣く子も黙るんだったら保育所で働くといいと思います!」


「「「なんでだよ!!!」」」


 綺麗に重なった冒険者たちの言葉に少年が笑い出した。それにつられて通りがかった人々も笑う。なんとも緊張感のない光景である。


「で、えーと」


「あ、ソラ、っていうんだよ」


「おーけーソラ! こいつらが肉屋のおっちゃんにイチャモン付けてさ!」


 少年が冒険者たちを睨むと、店の奥から店主が顔を覗かせた。少年の言葉ほどの空気は感じないが、概ね間違ってはいないのだろう。

 なにしろ冒険者たちは武器を振おうとしたのだ。武器も持たない子供相手に。

 それは許されない行為だ。冒険者として、もちろん人として。


 少年と冒険者たちは今にも一戦交えそうな空気である。とてもじゃないがソラが口を挟める状態ではない。

 巻き込まれることに問題はないのだが、ここは人通りの激しい往来だ。

 他の人を巻き込むことだけは、駄目だろう。


「うん、逃げよう」


「へ?」


 ソラは少年の手を取って、走り出した。今度はクロノスを使わずに、だ。

 あまりにも不意を突いた形となり、冒険者たちも目を丸くしている。が、すぐにハッと正気を取り戻してソラたちを追う。


「ま、待てこら!」

「まだ話は済んじゃいねえぞ!?」

「保育施設の面接は何処でやってる!?」


「知りませーーーん!」


「あはは。ソラ速いな! すっごいなー!」


 笑う少年を引っ張りながらソラは見知らぬ街を駆ける。冒険者たちが追って来れないように、人通りの多い道を選んですり抜けていく。路地を抜け、通りを抜け、ソラは縦横無尽にベルファストの街を走り抜ける。


 潮風をその身に浴びながら、ソラは少年の手を引いて街を散策する。

 知らない街だけど、街の造りは王国と何処か似ている。

 奇妙な懐かしさを覚えながら、ソラと少年はいつしかこの街で一際巨大な建物の影に隠れていた。


「……はぁ。ここなら大丈夫かなぁ」


「逃げるのは感心しないが、ソラは速かった! だから楽しかったぞ!」


「あはは……」


 屈託なく笑う少年に毒気を抜かれてしまう。元々は少年が引き起こしたいざこざだというのに、すっかり巻き込まれてしまった。とはいえ飛び込んだのはソラ自身の意思だ。そこに後悔はない。

 だが『黄昏のノクトラ』からは大分離れてしまった。この巨大な建物が目印にはなるが、港からも離れてしまい、ユーグレナとの合流はやや厳しそうだ。


「アカツキ!」


「え?」


 名乗っていなかった自分の名前を呼ばれて、ソラは顔を上げる。そこには笑顔の少年がいて、ソラの名前を告げたわけではなさそうだ。


「オレの名はアカツキっていうんだ! よろしくな、ソラ!」


「え、あ、はい。ぼ、ボクはソラ・アカツキ」


「おー! 一緒だ! 一緒だなー!」


「そ、そうだね……」


 嬉しそうにはしゃぐアカツキを見て、ソラの胸中は言い知れぬ不安に襲われていた。

 アカツキと名乗る少年は嘘を吐いていないことは明白だ。だが、この国でアカツキという名は珍しいを通り越している。本来であれば、名付けられない名前だ。

 年齢は九歳前後だろう。


 ……もしかしたら、アキトの手掛かりになるのかもしれない。


「ねえ、アカツキ。君のお母さんは何処にいるの?」


「え、ここだよ?」


「え?」


 話を聞く価値があるかもしれないと、わらにも縋る気持ちでアカツキに聞くと――アカツキは笑顔で頭上の建物を指差した。


「ここ。このベルファスト宮殿がオレとママの家なんだよ!」


「え? え? じゃ、じゃあママって……」


「ああ! グラシア・ユークレイル・ベルファストって言うんだ。自慢のベルファスト四世だぞ!」


「えぇー!?」


 開いた口が塞がらないとはこのことか。「ママに紹介するよ!」とアカツキはぴょんぴょんと宮殿の中に飛び込んでいく。宮殿の入り口で手を振るアカツキを見て、ソラは恐る恐る後をついていく。


「い、いいのかなぁ」


 この宮殿こそが、ソラの聖堂教国での目的地の一つだ。ここに住むという教皇・ベルファスト四世が、アキトの行方を知っているのかもしれないからだ。

 その伝手を、冒険者ギルドのユーグレナに頼んでおいたのだが。


「おーーーい。そらーーーー! はーやーくー!」


「わ、わかったよー!」


 まだかまだかと催促してくるアカツキを無碍にすることは出来ない。恐る恐る、ソラはアカツキを追って宮殿内に足を踏み入れる。


 ――そして、入り口に広がる巨大な竜を見た。

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