教皇に会うために
「どうすれば教皇様に会えますか!」
食いついたソラに、ユーグレナは顎に手を当てて思案する。
彼はこの『黄昏のノクトラ』で働く最古参の職員だ。これまでに教皇との面談を求めた冒険者も数多く、その度に彼が対応してきた。
「ソラ・アカツキさんはCランクでしたよね?」
「はい。まだ駆け出しです」
「……ふむ。Cランクでは面談を通すのはかなり難しいと思います」
仮に、ソラがアキトの娘であることを告げれば教皇は面談を受けてくれるかもしれない。
ユーグレナは頭に浮かんだその可能性を握りつぶす。
ソラが冒険者としてギルドを訪れている以上、誰の娘だとか関係なく、冒険者として扱わなければならない。
もしソラが宮殿を直接訪れていて、アキトの足跡を探すと宮殿で働くスタッフに話したらすんなり通ったかもしれない。
少し意地が悪いな、とユーグレナは心の中で毒づいた。
アキト・アカツキはこの国の恩人である。その恩人に報いるならば、すんなりその手段を提示した方がいいだろう。
――だが、ユーグレナの中に疑問が浮かんでくる。
それはベルファスト四世を『ママ』と呼ぶ、アカツキという少年の存在だ。
自分は知るべき立場ではない。自分はただのギルド職員。
……だが、気になるのだ。長くこの国に携わった人間として、英雄と同じ名を持つ少年のことが。
ならば、目の前の少女を利用すれば――知ることが出来るかも知れない。
ユーグレナは心の中で打算する。同時に、関わってはいけない、と本能が告げてくる。
だが。
「そうですね。私の方から教皇様に連絡を入れてみます。アキト・アカツキ様のご息女が来られた、と」
「本当ですか!?」
「ええ。少し時間は掛かってしまうでしょうが、任せて貰えませんか?」
「お願いします!」
ユーグレナの腹の内など知らないソラはその提案を快諾する。そもそもソラにとって第一はアキトの行方や手掛かりなのだ。そこにユーグレナの目的は関係しない。
手続きを済ませておく、と言い残してユーグレナは『黄昏のノクトラ』の奥に引っ込んでいった。変わりの受付が出てくるが、ソラとしては他のクエストを受けるつもりもない。
他の冒険者の邪魔をしてはならないと、『黄昏のノクトラ』を後にする。
陽はまだ高い。ローラが手配してくれた港の宿に戻っても大分時間を遊ばせてしまうだろう。
「……うーん。ユーグレナさんは宿に連絡をくれる、とは言ってたけど」
とはいえすぐに連絡は来ないだろう。ソラはベルファストの街を散策することに決め、歩き出した。
+
「わぁー。凄いですねー!」
「ほぅ。この素晴らしさがわかるのかいお嬢ちゃん?」
ベルファストの街を探索するソラは最初に訪れた本屋で見かけた魔道書に夢中だった。
なにしろ王国とは少し違う魔法体系である。見知っている魔法も詠唱も魔方陣も違う。
王国の術式とは違う魔法にソラの興味は尽きなることがない。違いはあれど、王国のものに決して劣るものでは無い。
聖堂教国は聖堂教国の魔法としてしっかり確立されている。
街を見渡せば人々の服装も王国とは少し違う。王国はどこからどう見ても中世ヨーロッパな出で立ちだったが、聖堂教国は似たような服の上に司祭服のようなジャケットを着ている人が多い。
首や腕に数珠のようなアクセサリーを付けている人も多く、教国――宗教が中心の国らしいと言える。
棚に陳列されている魔道書の多くは王都でも見たことがある魔道書だ。そこはさすがに同じ大陸にある国家というべきか。魔法学院の講師の名前もちらほら見掛けるし、中にはコハクの名前まで確認することが出来た。
「はー。コハクお姉ちゃんってやっぱ凄いんだなー」
叔母であるコハクの著書は棚一列を埋めているほどだ。普段はのんびりしていてそういったイメージは抱いてなかったが、さすが魔法学院で卒業試験を担当するだけはある。
思えばソラはコハクがいたからめきめき魔法の研究を進められた。講師として、叔母として、学生生活でも私生活でもコハクが面倒を見てくれたのだ。
その甲斐あってソラは創造魔法ではない普通の魔法の腕前も超一流だ。詠唱の洗練さも魔方陣を用意する手際もユーナに負けずとも劣らない。
「……ん?」
何か買おうか悩んでいると、ふと外が騒がしいことに気が付いた。なんだなんだと店主も外を覗いており、ソラも釣られて店の外へ出た。
「おー、喧嘩か? 早く衛兵を呼んだ方がいいんじゃないかねえ」
「物騒ですねー」
「まあ見たところ他国の冒険者だな。出なきゃこんな往来で喧嘩なんか始めねえよ」
本屋から四軒ほど離れた肉屋の前で、三人の冒険者たちが囲んで誰かを追い詰めているようだ。襲われている人物は見えないが、冒険者たちの装備は見るからにぼろぼろだ。
手に持った武器は錆び、刃こぼれしている。とても大切に扱って貰われていないのが一目でわかるほどだ。
身につけている革の装備ももはや防具としての機能は発揮できないだろう。それほどまでにぼろぼろの身なりの冒険者たちは、声を荒げて武器を振り上げた。
「あっ――危ない!」
「お、おい嬢ちゃん!?」
振り上げられる武器を見て、ソラは慌てて駆け出した。四軒先の肉屋には若干だが距離がある。身体強化の自己強化も、武器への付与魔法も間に合わない。
だからソラは、咄嗟に呟いた。
「『クロノス』――……」
そして、世界が静止した。
ソラの世界が刹那の際に変色する。色とりどりの世界は瞬時に黒と白の世界に変わり、ソラは漆黒の世界をひた走る。
――時空間魔法・クロノス。
その魔法は、文字通り時間を止める魔法だ。
学院に通う中でふと思いついた、中学生くらいのころに誰もが抱いた夢見がちな魔法を、ソラは創造魔法によって完成させた。
その名を呼ぶと、世界は止まる。停止した世界を、ソラは駆け抜ける。
デメリットは、ある。だがそのデメリットは今は関係ない。
「へ?」
冒険者の素っ頓狂な声が上がる。それもそうだ。武器を振り下ろしたと思ったら、目の前に見知らぬ少女がいたのだから。振り下ろされる武器は止まらない。クロノスを解いたソラは、振り下ろされる武器目掛けて上段蹴りを放った。
「あ、白」
「わぅ!?」
ソラはこの時ほどスカートだったことを後悔した。武器は弾いたものの、守った少年にスカートの中を見られてしまったのだ。
恥ずかしくて慌ててスカートを抑え、少年を睨む。
「……え?」
「……え?」
――ソラと少年、互いに漏れる声。互いの胸中を過ぎる、"懐かしい"感覚。
けれど両者に面識はない。顔つきも体付きも、お互いは何も知らない。
「おとう、さん?」
でも、何故かその言葉は浮かんできて。
「「……誰?」」
――ソラとアカツキは、出会った。




