表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
三章 ソラ、少女編(16歳)
102/142

夜明け色のアンノウン




 ここは聖堂教国首都・ベルファスト。

 大陸側には四つの山が連なり、港を構える教国最大の都市である。

 四つの山は天然の城壁となり、狭い湾内もまた海からの侵攻を防ぐ、鉄壁の要塞と呼ぶに相応しい地形だ。

 その反面ベルファストまでの道のりは険しくなっており、馬車や小型の竜種に荷車を引かせる竜車、亜竜種のワイバーンを操って空を飛ぶ飛竜車・竜籠といった仕事が盛んな地域でもある。

 けれども自然の恵みは豊富であり、人々は教皇の導きの下、健やかに暮らしている。




 教国最大の冒険者ギルド『黄昏のノクトラ』は静寂に満ちていた。訪れていた冒険者たちは驚きのあまり言葉を失い、運び込まれてきた『ソレ』に目を奪われていた。

 それは巨大な尻尾だった。尻尾だけで十メートルはある、あまりにも巨大な生物の尻尾だった。

 金髪金眼の少年は、退屈そうに欠伸をする。


「じゃあはい。これがリヴァイアサンの討伐証明ね」


「は、はい……ほ、本当に、リヴァイアサン、なんですよね……?」


「嘘なんか吐かないって。なんなら教会に本体を運んでるから確認にいけば?」


「で、では後で……」


 受付をしているユグドーラは恐る恐る少年に確認したが、少年の人睨みで足を竦ませ言葉を詰まらせた。

 青い光沢の鱗。そしてこの巨大さ。少年の言葉通りであれば、この生物は『古龍』と呼ばれる、災厄級――Sランク冒険者でも倒すことが困難とされている、魔物の一部だ。

 世界のどこかから突如として現れ、何処かへと消える。

 古龍は存在するだけで大自然を巻き込み、破壊するほどの存在だ。

 ファフニール、ヒュドラー、ジャバウォック、バハムート、ヨルムンガンド、ニーズヘッグ――そして、リヴァイアサン。

 古龍に分類される稀少な魔物の中でも一際有名な、古来から存在する竜。

 その中に名を残すリヴァイアサンを、少年は一人で討伐したというのだ。


「あ、あの! あなたは冒険者ではありませんよね? 登録を――」


「え? いやいやいいよ。ママが怒るし」


「ま、ママ?」


「うん。そーだよ」


 あどけない笑顔で少年はベルファストの何処からでも見える十字架が掲げられた建物を指差す。そここそがこの聖堂教国の中心であり、教皇が住む場所、聖王宮殿である。

 この国に住まう者であれば、誰もが聖王宮殿の重要さを知っている。

 そこに住まう女王、ベルファスト四世こそが、聖堂教国をわずか十年で立派な国家に成長させた立役者であることを。


「アカツキ、帰ってきたのですね」


「あ、ママ!」


「きょ、教皇様!?」


 その女性の登場に、一斉に群衆が分けられた。自然と道を空けるように整列し、金髪の女性は微笑みを向け手を振りながら『黄昏のノクトラ』を訪ねた。

 艶やかな輝きのウェーブの掛かった金髪と、濃い紫色の瞳がスッ、と細められる。

 駆け寄ってきた少年を抱き留めると、女性は慈愛の微笑みを浮かべ少年の頭を撫でた。


「へへ、凄いでしょ! オレ一人で倒したんだー!」


「まあ。さすがアカツキね」


「へへっ!」


 ユグドーラは言葉を失っていた。目の前にいる女性こそが、この聖堂教国の発展に尽力し、成功させた立役者・ベルファスト四世なのだ。

 だがそれ以上に、少年のことが気がかりだった。ユグドーラはこの国で生まれ、この国の発展の中で暮らしてきた。

 その中で、ベルファスト四世に九歳ほどの子供がいるという話など、一切なかったからだ。


 ベルファスト四世――グラシア・ユークレイル・ベルファスト。

 当然ながら彼女はこの国の象徴であり、彼女こそが聖堂教国を守ってきた。

 彼女の私生活のほとんどは国民に公開されており、裏表のない慈愛の顔こそが、国民に愛されるベルファスト四世である。


 ――では、このアカツキと呼ばれた少年は?


 ユグドーラの脳裏を過ぎったのは、およそ十年前にこの国を訪れた男の名前だった。

 何処か追い詰められた表情の、くたびれた風貌の男だったのをよく覚えている。

 本来であれば数日もあれば忘れてしまいそうなその男の名を、ユグドーラは頭に焼き付けていた。

 その男こそ、この聖堂教国の発展――いや、滅亡を防いでくれた『英雄』なのだから。


 当時引退したはずのベルファスト三世が秘密裏に行った、邪神降臨の儀式は今もなお教国の国民のトラウマとなっている。

 三百人以上の生け贄を捧げられてこの世界ではない場所から呼び出された神は、まごう事なき邪神であった。存在するだけで人々から生気を奪い、瘴気をまき散らすその存在は、存在してはならない邪神だった。


 それを倒した者こそ、たまたまこの国を訪れていた『英雄』なのだ。

 迫る邪神の瘴気。正気を失い暴れ出す人々。生気を奪われ死に瀕する者。

 まるでそれら全てを一蹴するかのように、英雄は一撃で邪神を切り伏せた。


 国民の多くは、英雄の存在を知らない。英雄はいつの間にか何処かへと消え、残されたのは復興のために尽力するベルファスト四世の姿だけだった。


 そう、たしかあの英雄の名は――アキト・アカツキ。

 荒れ狂う竜のような一撃を持って、邪神を消滅させた男だった。




   +




 ベルファスト四世こと、グラシアはアカツキの手を引いて宮殿の中を歩んでいた。

 宮殿の入り口はアカツキが倒したリヴァイアサンの胴体が寝かされており、その処理のために集められた冒険者たちでごった返している。

 宮殿の一番奥に存在する自室で、グラシアはアカツキを豊満な胸に埋めるように抱きしめた。


「ねーママ。オレ、すごい?」


「凄いわよ。アカツキ、あなたは間違いなく英雄になれるわ」


「英雄……っへへ!」


 アカツキを抱きしめたままグラシアはベッドに身体を沈め、腕の中の小さな存在を愛おしく包み込む。アカツキもまた嬉しそうに目を細め、全身でグラシアに抱きつく。


「あの人が成し遂げた偉業を、あなたも成し遂げた。あなたはもう英雄と肩を並べたのよ」


「ママ、嬉しい?」


「嬉しいわ。あなたならこの国を守れる。あなたこそがこの国を守護する王となれるのよ」


「うん、オレ、頑張るよ!」


 甘えるように頬ずりするアカツキを、グラシアは慈しむ。

 その時ふと、アカツキが顔を上げた。窓から顔を覗かせ、遠く海の方を見つめ始めた。


「どうしたの、アカツキ」


「……なんか、懐かしいのが来る?」


「懐かしい?」


「わかんない。ざわざわする」


 アカツキの言葉にグラシアも首を傾げ、同様に窓から顔を覗かせた。

 海は静かに白波を立てている。十年間、何一つ代わり映えのない光景だ。


 グラシアの胸中に、十年前の光景が思い出される。

 倒れ苦しみ咳き込む人々の中で、何処か遠くを見つめる男性を。

 憔悴し、疲れ果てた青年の横顔を、グラシアは忘れることが出来ない。


 ――かつて恋い焦がれ。そして禁忌に手を出してしまった過去を、グラシアは悔やむ。

 固まってしまった表情は腕の中に抱くアカツキを見て、自然と緩む。


 アカツキに父親はいない。

 アカツキに母親はいない。


 グラシアこそがアカツキの『ママ』なのだ。

 それは、アカツキが目覚めて一年経った今でも変わらない。


「……アキト様。あなたの呪いは解けましたでしょうか。あなたは――愛する家族と再会することが出来ましたか?」


「ママ?」


 誰でもなく中空へ投げかけられた言葉は、空気に溶け込んで、消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ