大海原を往く!
「はー、風が気持ちいいですぅー……」
アルクォーツ号の甲板で、ソラは身体を伸ばして全身で太陽を浴びていた。
港町オルフェンを出発して早三日、アルクォーツ号は順調に海上を進んでいる。
ローラの言葉通りなら、今は沖合に出て大きく西へ転換したばかり――これからほぼ一直線に進んで、聖堂教国を目指す、とのことだ。
とはいえここから先の海はかなり危険らしく、凶暴な魔物がうようよ現れるらしい。
「その時こそ、ボクの出番ですね」
アルクォーツ号は大型の魔具であり、大砲も備え付けられているが、それでも対応しきれない場面が多い。そのためローラは定期的に冒険者を雇い、護衛を任せていたらしい。
しかし冒険者といえど海上での戦いなどまず経験が浅いために、高い報酬の割に船酔いでダウンする者も多く、その度にマルコやミミが戦闘に駆り出されたらしい。
三日が経って、ソラに今のところ船酔いは襲ってきていない。
これならローラの希望通り護衛としての役目を全うできるだろう。
ソラには自由自在にしまっておける『アーク』の魔法がある。いつ如何なる時でも、ソラが手を伸ばせばそこに空間が繋がり、ソラが創った特別な空間とリンクする。
ソラが望んだものをすぐに引き出せる。たくさんの魔道書や、魔法学院で研究していた魔具などもある。
その中で最たるモノは、アキトが愛用していた伝説の剣、エクスカリバーだ。
どんなモノを切ろうとも一切刃こぼれせず、刀身に傷が付いたことも一度もない。
ソラの魔力に感応して輝きを増す、特別な魔具だ。ソラがあらゆる魔法をエクスカリバーに宿しても、輝きを失うどころか増すほどだ。
今ではソラが愛用しているが、父と再会できれば返すつもりだ。これは父が見つけ、手に入れた剣だから。
「……聖堂教国、か」
出発前に教えられた情報を思い出す。
聖堂教国とは、スタードットがある王国や、隣接したレイティア共和国とはまた違う、『教皇』と呼ばれる存在が統治する国家である。
曰く、教皇とは神の力を宿した人間である。
曰く、教皇は如何なる呪いをも打ち消せる神秘を扱えると。
そのためか、聖堂教国においては伝染病や呪いといったモノは流行ったことがなく、誰もが幸せに暮らしていると噂されているほどだ。
「うーん、きな臭い!」
ハッキリ言えば、ソラにとっては眉唾ものだった。
神の力を宿したと言われている教皇の存在が、どうにもしっくりこないのだ。
違和感を言葉にすることが出来ないのがもどかしいが、とにかくソラは、聖堂教国が――教皇と呼ばれる存在が、信用できない。
如何なる呪いをも打ち消せる神秘。
恐らく父は――アキトはその噂を頼りにして聖堂教国に向かったのだろう。
だが、呪いを解くには至らなかった。だから教国を後にして、別の国へ旅を続けている。
ソラの見解はそうだった。聖堂教国で呪いを解く算段が付いたのなら、間違いなく連絡をするはずだから。
「はぁー。早く会いたいなー」
青い空を自由に飛ぶカモメを見上げながら、目映い陽の光に向かって手を伸ばす。
掴もうとしても掴めない空しさを覚えながら、ソラは拳を強く握りしめる。
「おーい、ソラー」
「はーいっ!」
「いつも通りなら、もうすぐ魔物が出てくる海域に入る。準備はいいかいー?」
「大丈夫です!」
船室から出てきたローラの声にソラは身構える。
百人は乗れるアルクォーツ号は、ソラが思っている以上に巨大な魔具だ。
メインマストの他に二つあるマストは風を受け流し、アルクォーツ号は海面をかき分けながら西へ進む。
「――来るよ!」
駆け寄ってきたローラが舵を握り、面舵をいっぱいに取る。ローラの操舵を受けてアルクォーツ号は右へ――北へ進路をゆっくり変える。甲板に立つソラは、まっすぐにこちらに向かってくる魔物たちを発見した。
「魔物発見。ダゴン六、ジェットスズキ十五、刃魚が……四十くらい! 魚人が二十はいる!」
双眼鏡を覗き込んでいたマルコが叫ぶと同時に、先駆けて二メートルほどのタコの魔物・ダゴンがアルクォーツ号に向かって飛びかかってくる。
「酸を吐くよ! 近づけるんじゃないよ!」
ローラの叫び声に合わせてアルクォーツ号から轟音に揺れる。
左右に取り付けられた合計六つの大砲の内、三つから次々に砲弾が発射されたのだ。
けれども素早いダゴンたちにとっては躱すことは造作もない。海面をぴょんぴょんと跳ねながら、酸を吐こうと頭を膨らませた。
「『マジカル・コンダクター』――セット『エルダーリアランス』!」
手をかざしたソラの前に大小五つの魔法の槍が発生する。
火の、水の、風の、雷の、闇の属性をそれぞれ宿した槍だ。
『マジカル・コンダクター』はソラが創り出した、あらゆる魔法を同時に行使する特殊な魔法だ。
『エルダーリアランス』は属性を宿した魔法の槍を作り上げる。本来は作り上げた槍を手に取って武器とする魔法だ。
つまりソラは、同時に五つの魔法を行使して、操作しているのだ。
指揮棒のように指が踊る。魔法の槍はソラの狙い通りに次々とダゴンを貫いていく。
ダゴンの次に襲いかかってくるのは、さらに速い速度で海面から飛び出してくるジェットスズキだ。見た目は普通の魔物なのだが、敵を見つければ命をかけて敵を貫こうとする凶暴な魔物だ。
いくらアルクォーツ号が魔具であっても、ジェットスズキの前には貫通させられてしまう。
「サンダーランス・シュート!」
ソラはさらにエルダーリアランスを生み出していく。宿す属性は、ジェットスズキによく効く雷の属性だ。
十五匹のジェットスズキを、ソラは的確に撃ち抜いていく。両手合わせて十指を用いて、魔法の槍は空から降り注ぐ雨となる。
「ローラさん、進路を戻してください。突っ切ります!」
「オーケー!」
ソラの言葉にローラが舵を切り、進路を戻す。次いで迫るのは、ヒレが鋭利な刃となっている刃魚と、海中に住む人型の魔物の魚人だ。
鋭利な刃をむき出しにして飛び出してくる刃魚と、三つ叉の槍を構えて魚人たちも甲板目掛けて飛び上がる。
だが、ソラが全てを阻む。
「エルダーリアランス――フォール・ダウン!」
これまでの比ではないほどのエルダーリアランスを生み出す。
その数はもう数えることすら出来ないほどの量だ。ソラはそれらを全て、一斉に、振り下ろす。
もはや雨ではなく、滝だ。焼き、流し、吹き飛ばし、感電させ、闇が飲み込んでいく。
「……おー、すっげえ」
「ええー。ソラ様、頼もしいですー」
エルダーリアランス・フォール・ダウンが消失するころにはアルクォーツ号を襲おうとした魔物たちは全て消え去っていた。
ソラは両手を下ろして、ふぅ、と安堵のため息を吐く。マルコやミミの感嘆の声も聞こえているが、自分は役目を全うしただけだから、逆に聞こえてしまって恥ずかしいようだ。
「さ、これで行けますよね!」
「ああ。さすがアタシが見込んだ冒険者だよ!」
襲いかかる魔物を蹴散らしながら、アルクォーツ号は聖堂教国を目指してひた走る。
――聖堂教国まで、あと、五日。




