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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
一章 ソラ、赤子編(0歳)
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ソラ、おやすみ。




「ベッドはこれでいいわよね?」


「構わんよ。駄目だったら床に転がるつもりだったし」


「アンタ森での生活でたくましくなったわね……」


「冒険者なんてそんなものだろ」


 宿屋の一室を借りたアキトはアイナに頼んでソラが眠る場所を作ってもらった。

 備え付けのベッドを壁に密着させ落下を防止し、アキトの枕の位置にしっかりソラの寝顔が来るように調整する。

 ソラはアキトの腕の中ですでに寝息を立てており、すやすやと安らかに眠っている。


「可愛いよなぁ」


「可愛いわねぇ」


 横向きに抱いたソラの頬をアイナがつっつき、ぷにぷにしたもち肌を堪能する。

 いくらつついても飽きないのだろう。たまに「……んん」っと身体を動かすソラに驚きつつも、アイナはそれでもつつくのを止めない。


「あ~。ほんっともう、可愛いわねぇ」


 全身から力を抜いて眠っているソラは起きているより若干重く感じるのか、アキトはソラが姿勢を崩さないように何度か身体を上下に揺すって体勢を立て直している。


「出会ったその日なのにすっかり板についたわね」


「なんだか自然とこうしたくなってな」


「作戦成功ってところね」


 「にひひっ」と少女のように笑うアイナは昔と全然変わっていない。アキトが森で暮らすことを選んでから三年。短いようで長かった時間だが、アイナにとっては永遠にも感じていた。

 帰ってきても挨拶を返してくれない相棒。切磋琢磨し競い合ったライバル。いつも一緒にいるのが当たり前だった腐れ縁。

 そして、アイナにとってアキトは――。


「まあ感謝はしてるけど。露骨なごり押しだったよな」


「そりゃ私の冒険者としてのスタイルもそうだしね」


「俺の剣、お前の拳、コハクの魔法」


「コハクを振り回しすぎたわね」


 あはは、と二人で笑い合う。ソラをベッドに寝かせ、もう少しだけ話をしようとアイナは椅子に腰掛けた。

 窓から差し込んでくる月明かりだけでも十分明るい。月光に照らされたアイナの横顔は、過去のアイナより幾分か大人びて見える。


「懐かしいな。あの頃はよくこうして三人で星を見ていた」


「そうね。みんなそれぞれの夢を語りながら、眠くなるまでおしゃべりしてたっけ」


 すやすやと眠るソラを眺めながらアキトもベッドに腰掛ける。お互いに顔を見合わせないのは、照れなのか気まずさからなのか。


「私は獣人として初のSランク冒険者を目指す。コハクは魔法使いとしての研究と実践を重ねるため」


「そして俺は……」


「誰よりも強く、凄く、かっこよくなる」


 アキトがアイナに視線を向けると、アイナもアキトへ視線を向けていた。自然と見つめ合う二人だが、アキトの表情は少し硬い。

 アキトにとっては懐かしい夢であり、冒険者を止めることで捨てた夢でもある。


「ねえアキト。まだ……教えてくれないの?」


「ああ」


 アイナがいくら問い詰めても頑なに口を閉ざしたアキトの過去。

 アイナもコハクも同行できなかったSランク任務。古龍と呼ばれる超・災害級とも言われるファフニールの撃退。

 それを単身で成功させたアキトは間違いなく英雄だった。

 「誰よりも強く、凄く、かっこよくなる」アキトの理想に最も近づけた……はずだ。

 だがアキトはそれをきっかけとして冒険者を止め、人との関わりを捨て森での生活を始めてしまった。

 アイナは知りたいのだ。アキトに何が起きたのか。どうしてしがみついていた理想を簡単に捨ててしまったのか。何度聞いても答えてくれなかった真実を。

 でもアキトは答えない。触れられたくない一線なのだろう。アイナの言葉に顔を逸らしたのは、それが拒絶であると暗喩に告げている。


 アイナはそれ以上聞くことが出来ない。言葉に詰まり、目尻に涙を浮かべながらもう一度月を見上げた。

 雲一つない夜空に浮かぶ満天の月は美しく輝いている。


「わかった。ならアキトが言いたくなったら聞かせて?」


「……ああ」


 応じた言葉に満足したのか、音を立てないように立ち上がったアイナはアキトの正面に立つ。


「アキトが話してくれたら、私も大事な話をするわ。アキトの過去をきちんと知ってから話したいことがあるから」


「そりゃ一大事だ。乱雑だったお前に大事な話があるとはな」


「ええあるわよ。私だって乙女なのよ?」


「っはは」


「っふふ」


 小さく笑い合って、アキトはエクスカリバーが仕舞われた鞘を眺める。

 目が覚めたら三年ぶりの冒険者としての活動だ。腕は鈍っていないだろうが、油断して危機に陥ることだけは避けなければならない。

 油断はしない。慢心もしない。それがアキトを一直線に成長させた。

 アキトは自分のことをやや過小評価気味なところがある。だが誰もそこを指摘しなかった。

 自分の弱さを認めているからこそ、アキトは他の冒険者たちとも分け隔て無く協力してこれた証だと仲間たちは知っているから。


「おやすみ。アキト、ソラちゃん」


「ああ、おやすみ」


 アイナが部屋から出て行くとアキトはソラを起こさないようにゆっくりとベッドに潜った。布団を被り、寝静まったソラの手を掴んで目を閉じる。


 ……アイナにも、コハクにも。信じられる仲間だからこそ話せなかった苦い思い出。

 アキトは確かにファフニールを撃退した。だが、だが――。

 アレを思い出すと、今でも手が震えてくる。全身が恐怖に支配される。

 なにが、誰よりも強くだ。

 誰よりも凄くだ。

 誰よりも――かっこよくだ。


 アキトは自分が嫌いになった。臆病な自分を憎み、冒険者であることを捨てて逃げたのだ。


「だー?(……おとーさん?)」


「起こしちゃったか?」


「んー(ねむねむ……)」


「……おやすみ、ソラ」


「あいあぃ……(おやすみなさーい)」


 アキトの指を握ってくるソラ。守ると決めた娘がそばにいれば、幾分かだけは恐怖が和らいだ。

 ソラの頬を撫でながら、アキトも意識を手放す。明日から本格的に冒険者を再開しなければならないのだから寝不足は厳禁だ。

 愛しき娘の寝顔を眺めながら、アキトはゆっくり意識を手放した。

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