娘、拾われる。
「なんで今日みたいな日に雷が落ちるんだよ!」
舌打ちをして黒髪の青年――アキト・アカツキは地面を蹴って走り出した。
アキトは森で魔物を狩って生活しており、今日も日課であるオークを狩った。
やけに数が多かったが、オークを狩ることに慣れているアキトにとっては簡単な仕事である。
即席の落とし穴に片足でも突っ込めば首を跳ねられるし、集団でいながら集団行動なんて出来ないオークたちには不意打ちを混ぜればいくらでも仕留められる。
倒せば倒すだけアキトにとっては儲けとなるから張り切らない理由がない。
最初に三頭、追加で五頭。仲間を追って現れた七頭。合わせて十五頭ものオークを狩ることができたのは非常に幸運だろう。
しかし数が多すぎる。肉として捌くにはしっかり血抜きをしなければならないのだが、これだけの数だ。同時に処理を済ますとして十五本のロープが必要となる。
オークの死体たちを横並びにして、顎に手を当てて思考を巡らせる。
拠点にまだロープが十数本はあったと思い出したところで。
近くで、雷光が走った。
「ッ!?」
というか今まさに向かおうとしていた拠点がある辺りである。まばゆいほどの光と痺れるほどの轟音は間違いなく雷が落ちる音だ。
雲一つない快晴の空だというのに何故雷が落ちるのか。
とにかく拠点が無事かを確認するべくアキトは走り出した。
幸いにも拠点は無事だった。
アキトが雨を凌ぐためだけに立てた木造の小屋は、隙間がよく目立ち寒気の寒さはとてもじゃないが防げない。
だがそれでもアキトにとっては一国一城の主の証である小屋なのだ。
「ってあれ。無事、なのか?」
雷が落ちた、にしては焦げ臭くもないし火の手もあがっていない。
外から見た限りどこにも壊れた場所はない。
では雷はどこへ落ちたのか。周囲を見渡してみても森は静かなままだ。雷が落ちたにしては静かすぎる。
じゃあ、落ちていない?
それはない。アキトは確かに目と耳で雷が落ちたのを見届けた。あれが幻術の魔法とは到底思えない。
「あ、そうだ。ロープを」
考えていても仕方がない。雷が落ちてないのであれば優先するべきことはオークの処理だ。
扉にあけて中を見れば、真っ暗であるはずの小屋内はやけに明るかった。
「げ、屋根が落ちてやがる」
確かに雷は落ちたのだとアキトは毒づいた。崩落した屋根材が部屋中に散乱しており、抜けた天井からは空の光が差し込んできている。
目当てのロープも瓦礫の下だ。直す手間とオークのことを考えたらため息が零れる。
憎たらしいほど青々とした空だ。まるでアキトを笑うように照りつける陽の光が嫌みったらしくて仕方がない。
とはいえここで呆然としていてもオークの腐敗は待ってくれない。しかたないと瓦礫をどかしたアキトの目に小さな存在が飛び込んでくる。
「……子供?」
瓦礫の下から出てきたのは、抱える程度の大きさのバスケット。
その中には汚れ一つない布に包まれた赤子がいた。生え始めたばかりの空色の髪と、ぱっちりと開かれたライトイエローの瞳がアキトを捉えた。
「だー、だー」
まるで親を見つけたかのように、小さな両手を伸ばして笑い出す。
「……あ、オーク」
赤子の笑顔に毒気を抜かれていたが、散らかしたままのオークの処理をしなければならないことを思い出す。
しかし見つけた赤子を放っておいたままオークの処理をすることなどアキトにはできない。
「どうすっかなぁ」
放っておけば腐る前にレアルウルフなどの肉食の魔物が食べてくれるとは思うが、あれだけのオークの肉を捌けば纏まった資金になるはずだ。
……だが。
「きゃっきゃっ!」
「可愛いなぁもう」
伸ばした指を掴んで無邪気にはしゃぐ赤子を無碍にはできない。
とりあえずオークのことは諦めるとして、アキトは赤子を引き取ってもらう場所を探さなければならないと判断する。
「だーだー!(おとーさん!)」
「……ん?」
アキトの脳裏に届く声に顔を上げる。どこから聞こえたかもわからない声にアキトは周囲を見渡すが、誰もいるわけがない。
「だー、だー(ここですよ、こーこー!)」
「え?」
「だー!(よろしくお願いします、おとーさん!)」
瞼を擦っても現実は何も変わらない。アキトの耳には赤子の言葉になってない声が届き、アキトの中には直接声が届けられる。
「喋った!?」
「だー(喋るというか念話ですよー)」