杖
3話連続更新の3話目です。
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2017-06-25 加筆修正しました。
「カミーユちゃんのことを教えてもらっていいかい?」
「ええ、結構よ。なんでもおっしゃって」
カミーユは澄まして答える。老婆は一つ頷くと言った。
「目を見せておくれ」
「目? こう?」
「もっと近くへおいで」
カミーユと老婆は至近距離で向かい合った。顔が近い、キスできそうだと思って、カミーユは顔を赤らめた。
「綺麗だねぇ」
老婆は焦点の合わない目で、そう、まるでカミーユの茶色い眼が深い井戸であるかのように奥の奥を覗き込むようにして見つめている。見つめ返すうちに、カミーユは頭が回るような気がして、いや実際に頭をぐるんと回して、気を失った。
「不思議な嬢ちゃんだ。カミーユちゃんのことをもっと知りたくなったわ」
唐突に老婆は言った。
「目を見せておくれ」
「目? こう?」
「もっと近くへおいで」
カミーユと老婆は至近距離で向かい合った。顔が近い、キスできそうだと思って、カミーユは顔を赤らめた。
「綺麗だねぇ」
老婆は焦点の合わない目で、そう、まるでカミーユの茶色い眼が深い井戸であるかのように奥の奥を覗き込むようにして見つめている。見つめ返すうちに、互いの額がコツンとぶつかる。そのとき、カミーユは頭が回るような気がして、いや実際に頭をぐるんと回して、気を失った。
「あ、いけない」
気づくとカミーユはバゲットを抱えて椅子で寝ていた。屋根の穴から見える空はすっかり茜色だ。老婆は先ほどと同じパジャマ姿にケープを羽織って椅子に座っていた。
「もしかして寝ちゃいました? 私、帰ります! あ、穴どうしよう……」
カミーユは立ち上がる。
「そのままでいいわ。すぐ塞いじゃうから」
「どうやって? 今から大工さんに頼むの?」
「そこは任せてちょうだい。それより、お土産があるの」
老婆は、年寄りとは思えない機敏さでスッと立ち上がって、カミーユの元へ歩く。そこで突然みぞおちに拳を見舞った。
「お、ば、あちゃん、な、ぜ……?」
カミーユは突然の暴挙に咳き込む。
「良いものを分けてもらったからね、ほんの少しのお返しさ」
カミーユは疑問に思うどころではない。嘔吐した。たまらず膝をつく。お茶とお菓子を全部吐き出した。それだけではない、何か別のものが体の中心から生まれる感覚。カミーユは背筋を伸ばし、天井を仰いだ。口から何か出てくる。それは、棒だった。1本の黒い棒がみるみる吐き出されてくる。棒はカミーユの身長ほどもせり上がると、カランと床に落ちた。綺麗な六角柱で、胃液でぬらぬらと光っていた。
老婆は棒を手に取り、ハンカチーフで拭う。そして、一通り棒を眺めたあと、得心して頷いた。カミーユは、吐き気は治まったが、自身の体に何が起こったのかわからず、未だ茫然自失としていた。構わず老婆は語りかける。
「カミーユ、これはお前自身の力を形にしたものだ。何も失ってないから、安心おし」
カミーユは差し出されるままに受け取る。
「これは、旅人にはうってつけの杖だね。自分と仲間がいくら歩いても疲れないという素晴らしい代物だよ」
カミーユは杖を見ていた。不思議な力は全く感じない。だが、これは確かに自分のものだという実感があった。
「ありがとう」
あんなひどい目に合わされたにも関わらず、素直に言葉が出た。
老婆は席を立って、椅子を屋根の穴の下に持っていき、どうぞと両手で指し示した。カミーユは、左にバゲット、右に棒を持って、立ち上がり、椅子へ飛び乗り、器用に椅子の背に足を乗せジャンプして、屋根の上に這い出した。
「またね、おばあちゃん」
老婆は諾とも否とも言わず手を振った。カミーユは手を振り返し屋根を駆けて行った。その後ろで穴はするすると縮み元の屋根を取り戻すのだった。
そう、それはありがたみ。読んでくださってありがとうございます。