失踪
葬式は速やかに行われた。カミーユは少ない手持ちの金で花をありったけ買って捧げた。残りの資産は親戚が引き継ぐらしい。わずかばかりの金が渡された。カミーユは粘って、形見分けとして全ての脚本とミシェルが自害した短刀を譲り受けて帰ってきた。
家に帰ってきたカミーユは虚ろだった。新しい仕事にも就かず、じっとうずくまって何事かを考えている。クロエやジャンだけでなく、トマやシュザンヌまでもなだめすかし励ましたが、うんともすんとも言わなかった。何日もそうしていたかと思うと、ある朝ふいに消えていた。シュザンヌが問う。
「クロエお姉ちゃん、カミーユ姉ちゃんどこ行ったんだろう……?」
「……わからないわ。けど、きっと帰って来るわ」
クロエは脚本の束を見て答えた。
夜。ここは貧民街深部の闇酒場、客は2組、騒々しいチンピラ2人組と陰気な黒い小汚いローブを被った1人。ローブの男は屋内でもフードを被ったままだ。深部は人には言えない来歴の者たちが集まるとこ。珍しいことじゃない。2人組の片方が気炎を上げる。
「かーっ、それにしてもこの前のネタはおいしかったなぁ〜」
「おい、でかい声で言うんじゃない」
「なぁに、大丈夫だってー。なぁ兄ちゃんよぉ」
ローブの男は黙って杯を掲げる。細い体だ。チンピラたちは、これならまぁなんとでもなるだろうと思った。酒場の親父は口が固い。安心した2人は話し出す。
「それにしても惜しかったなぁ〜。偉いべっぴんさんだったぜ」
「ああ、あれは勿体無い」
「んで、アイツ自分で刺してやんの。俺らに任せてくれりゃ夢見たまま極楽に連れて行ってやったのによぉ〜」
「確かに」
チンピラ2人組は爆笑した。ローブの男は静かに杯を干している。
「ところであれ、どうなった?」
「あれとは?」
「ネタ持ってきた奴よ! つけて行ったんだろ?」
「ああ、ありゃダメだ。貴族様の屋敷に入って行った」
「なんて?!」
「貴族様だ。何と言ったかな、リシャール、いや、リシュリュー、違うな。まぁそんな感じの名前の……メッツ伯んとこだ」
「あー、そいつぁいけねぇ。脅して追加収入ってわけにはいかねぇな」
「そうだ」
ローブの男は震えている。よく見ると口元が笑っている。忍び笑いだ。
「おん? てめえ良からぬこと考えんなよ?」
チンピラがイキり上がる。
「いえいえ、楽しそうに話してるので、こちらも楽しくなってきたまでですよ」
チンピラは鼻を鳴らして酒を飲む。
「それより、そろそろ戻らねえと首領にドヤされるぞ」
「かーっ、仕事ねっちんでございましゅねー」
「お前も見ただろ、"首斬り"にやられた死体を。深部の殺しは首領が仕切ってる。それを覆すことが起きたんだ、大変なことだぞ」
「はい、はい。んで、警吏の真似事ね。どっちがワルだかワカンねぇな、ガハハ」
チンピラ2人は金を置いて出て行った。ほどなくしてローブの男も出て行く。酒場には静寂が訪れた。
ローブの男はチンピラ2人の後をつけていた。千鳥足とその後ろに続くそうじゃない方。そうじゃない方から片付けることにした。路地を3つ曲がって先回りする。影に潜み通り過ぎたとこでスッと立ち上がり後ろから短刀で首を搔き切る。声も出さずに死ぬ。そっと支え横たえる。簡単なものだ。千鳥足の方が足音が消えたのを怪しみ振り返る。目の前に迫ってくる短刀に思わず目を庇う。刺突が来ないと目を開けるが、遅い。ローブの男はその時にはもう後ろに回り込んでおり、千鳥足は同じように首を搔き切られるのだった。
ローブの男は血が吹き出るのが収まったところで懐を探る。そして、皮袋を取り出し重さを確かめて闇に消えて行った。