招待
遅くなりました。申し訳ございません。
カミーユたちは週に1度のペースで王都の広場を回り公演をこなしていった。どれも大好評で順風満帆だった。
「ねえ、カミーユ! 次の衣装ができたわよ!」
「これは、すごい……」
買えばいくらするのだろう。貰い物で過ごしてきたカミーユには想像もつかない。一端の役者に成れたようで非常に誇らしい。ただ、やたら襞が付いていて、とても街では恥ずかしくて着れないなと思った。
「あら、浮かない顔ね。恥ずかしい?」
「そんなことはないよ」
「これくらい着こなせなきゃ、"赤髪の王子"の名が廃るわよ」
「何それ?!」
顔も声も美しいミシェルはもちろん、カミーユも人気になりつつあった。身を綺麗にし髪を撫で付けたカミーユは、少女と少年の中間のような中性的な面立ちで、見慣れたミシェルでも顔を赤らめるほど美しい。また、カミーユは歌う時に男のように太い声を意識して出している。それでも男になりきれないアンバランスさがさらにウケているのだった。
「ハァ〜、"王子"か……」
「それより、大事件よ! とうとう貴族様のお屋敷にお呼ばれよ! 相手はメッツ伯であらせられるジラール家のリシャール様。宮廷でもかなりの地位をお持ちよ!」
「えっ」
カミーユは貴族に良い印象も悪い印象もない。接点がないからだ。ただ、たまに馬車で通り過ぎるその眼差しは虚ろで、何者をも見てないようだった。
「大丈夫かな……」
「目を伏せて、自分からは口を利かないで、聞かれたことだけ答えればいいのよ。安心しなさい」
瞬く間に貴族の館へ赴く日になった。昼下がりに、ミシェル、カミーユ、門衛2人の4人で出発した。貴族と合間見えるということで、初めて乗る馬車に興奮するどころではなかった。衛兵に守られた巨大な門、この城壁で囲まれた王都でよくもまぁ確保できた広大な庭、黒くがっしりと重厚な扉、あれよあれよという間に、広間へ連れて来られた。
一段高いところに卓と椅子が設えてある。お茶菓子の用意がある。そこで主人とその家族がくつろぐらしい。家宰らしき中年男性が準備をせよと言う。服は着て来た。小道具も何もない。ミシェルはぐるりと見渡し、できましたと伝え、待つ。
ぽつぽつと観客が揃い始める。女性のお年寄りが1人、中年の夫妻、男の子が1人。主人は中年男性らしかった。家宰が始めよと言う。ミシェルは息を一口吸うと、歌い出した。
終わった。舞台はうまくいった、はず、である。緊張も何もなかった。ミシェルの情熱的な歌に合わせて自分を高めるだけだった。一同礼をする。観客から拍手。歓呼の声。良かった。これからが本番である。
家宰が主人と思われる中年男性の話を聞きミシェル達に伝える。この間目を伏せてである。口調は朗らかだ。
「良かった、と。君こそ王都一の歌姫だ、と。面を上げて宜しいそうです」
ミシェルだけ正面を向く。家宰に向かって言う。
「お褒めに預かり光栄です」
うーん、まだるっこしい。カミーユはなんでこんな作法になっているか不思議だった。家宰が何やら伝え、答えを聞いた後、控えていた侍従を呼び寄せて袋をミシェルに差し出す。
「これが、今回の報酬です」
「ありがとうございます」
カミーユはなんでこんな形式になっているのか、考えているところだった。暗殺を防ぐためか? いや、それだけじゃないな。格の違いをはっきりさせるためだろう。思考の海に没頭しかけるところで、家宰からとんでもない一言が出た。
「我が主人は、ミシェル様を側室にとご所望です」
これにはミシェルも困惑を隠せない。そっと奥様を覗き見たところ目を伏せ無表情だ。ミシェルはどう言えばいいか逡巡し、やがて答えた。
「申し出は喜ばしいのですが、私は商家の一人娘で婿を取らないといけません。また、歌劇を一大産業にするという夢も道半ば、ご辞退させて頂ければと願います」
家宰と主人が何事か話している。声のトーンは落ちたらしい。家宰が言う。
「戯れである、と。これからもよきにはからえ、と。」
「ありがとうございます」
おもむろに立ち上がり一家が出ていく。カミーユは我慢できずにその横顔を覗き見た。この人が、メッツ伯であらせられるジラール家のリシャール様、か。蓄えたヒゲ、身も細く、精悍な印象だ。だがやはり、その目は何者をも映してないようだった。
今回は初めて執筆に手間取りました。小説のことがちょっとわかってきた故だったら嬉しいです。