初公演
遅れました。
「ねえ、カミーユ。そろそろ外に出ない?」
ミシェルのそんな一声からそれは始まった。そこはベルナールド邸の裏庭、夏の暑い盛りにも関わらず花が咲き乱れている。そんな中、カミーユはミシェルに引っ張られて、歌劇の稽古とやらをしていたわけだが。
「お出かけですか?」
「んもう、歌劇よ、歌劇! そろそろ外で披露しないかって言っているの!」
「でも、お祭りはまだ先ですよ?」
「典礼劇とは別よ。あれは半分、教会のものじゃない」
「しかし、お祭りでもないのに劇って大丈夫ですかね?」
「あら、頭が固いのね。いいのよ、みんな仕事しかしてなくてクサクサしてるんだから。息抜きも必要よ」
「場所とか衣装とかどうするんですか?」
「広場でやればいいわ。衣装もそのお仕着せでいいわよ」
「えっ、まさか旅芸人たちに混ざってやるおつもりですか?」
「そうよ。何かいけなくって?」
「立場とかそういったのは……」
「逆よ、格の違いってのを見せつけてやるわ」
「うまくできるでしょうか?」
「何よ、その内宮廷にも上がるのよ」
「えっ、宮廷?!」
「そうよ。自信がないならそれこそ小さなとこから始めて度胸をつける必要があるわ。まずは、稼げることを証明して団員を呼び込むのよ、楽団も集めなきゃ。劇作家も……。そして、まぁまずは大テントかしらね、でもいずれは専用劇場を作るわよ!」
ミシェルはどうにも収まりがつきそうになかったので、シルヴァン商会長に助けを求めた。
「ふうん、広場で劇をするって。いいよ」
「えっ、なぜですか?」
「ミシェルは可愛い。それをこの家の中だけで腐らすのは世界の損失だとは思わんかね? それに評判を呼べばどっかの御曹司に見初められて、いい婿が見つかるかもしれない……。よし、街区長に根回ししとこう。そっちは任せておけ!」
逆に背中を押される始末だった。ジネット奥様もニコニコと微笑むばかりで止めるつもりはないようだった。
それから数日後、ミシェルとカミーユは門衛1人を連れて店からほど近い広場に来ていた。そこには水場があり、町の人々の憩いの場所だった。今も洗濯ついでに奥様方がおしゃべりを楽しんでいる。今日は市も立っていないし、旅芸人などもいない、もろに平日だ。
「ふうん、客の入りはまぁまぁね」
ミシェルは適当に空いた場所を指差す。門衛とカミーユは、舞台の広さはこのくらいかな?と思える場所に旗を刺した。
「さあ、やるわよ」
カミーユの返事を聞く間も無く、ミシェルはハミングを始める。楽団がいないのでその代わりだ。後を追うようにカミーユもハミングで合わせる。広場の人たちは子供が遊んでいるんだろうと、特に注意を払わない。イントロが終わり、ミシェルはハリのある声で歌い出した。
「ああ、なんてこと!」
広場のざわめきが一瞬で消えた。やはりミシェルはすごい。彼女の声は引き込まれる何かを持っている。カミーユは冷や汗をかきながら口笛で伴奏をしている。
あなたは禁忌に触れた
私との愛とのためとはいえ
魔法使いを頼るなんて
それもよりによって
ノコギリ山の魔女を頼るなんて
きっと私たちは神の矢に貫かれてしまうわ
いよいよカミーユの番だ。
心配いらないよ
僕は必ず射抜いて見せる
かの憎き守銭奴を
神もきっとお許しになられる
僕らの愛ゆえに
今度はミシェルが口笛で伴奏に回る。それでいて表情身振りで演技もしているから大したものだ。カミーユも負けじと声を張り上げる。
今日の歌劇は、この地方でよく知られているおとぎ話にミシェルが歌・振り付けなどの一切合切を施したものだ。そのプロローグとエピローグを省いて、いきなりクライマックスから始まる省略版だ。
「こーいうのはね、小さく始めて、一番の売りだけを出すのよ。それで反応を見て大きくしていくの。商売の基本よ」
ミシェルの分析は的を射抜いていた。芝居が終わると、いつの間にか人は増え、大喝采だった。カミーユと門衛の広げた帽子に次々と硬貨が投げ込まれる。一通り水場をぐるっと回って、おひねりを回収した後、旗を片付けて撤収。
「1割は我々のスポンサーのお父様、残りを劇団と私とカミーユと門衛で折半します」
これにはイヤイヤ付き合わされた門衛もホクホク顔だ。カミーユも言うことない臨時ボーナスで嬉しかった。これはもしかするともしかするぞと期待を膨らませるのだった。
活動報告でも述べましたが、大幅改稿が入りました。
・タイトル:「ア・ガール・イン・バンディッツ」→「山賊少女と魔法の杖」に改題。
・2話「魔術師」:「老婆」に改題の上、加筆修正。
・3話「杖」:加筆修正。
・4話「家」:「家族」に改題の上、加筆修正。
・5話「知識」:修正の上、4話末尾に移動。
既読者の方々には大変すいませんが、よろしくお願いします。