山猿
始まりました。3話連続更新の1話目です。
「待てえ、乞食!」
「乞食じゃ、ない、やい!」
華やぐ王都の商店街をボサボサの短髪赤髪の子供が駆けていく。伸びやかな肢体と俊敏な様は猫を思わせる。半袖半ズボンからのぞく手足はともかく顔まで薄汚れて、足の裏なんか真っ黒で、いかにもスラムの子でございといった風貌だ。1本のバゲットを右手に手掴みで持って走っている。
「だからぁ! これはぁ! 道案内、して、もらったの!」
赤髪の子供は大声で叫ぶ。追う警吏たちは今にも息が切れそうだ。また今、混雑する人混みに遮られ警吏が1人脱落した。赤髪の子供は頭だけ振り返り笑顔で顔をしかめるという器用なことをして舌を出す。警吏はさらにいきり立つのだった。
道の混み具合が落ち着いてきた。赤髪の子供は横手の路地に入る。この先は貧乏人がひしめくスラムだ。まともな人間は大人であっても踏み入れるのを躊躇する場所だ。赤髪の子供は足を緩めることなく飛び込んだ。
「くそっ」
追う残りの警吏は2人。臭いに顔をしかめ、淀んだ水たまりの泥を跳ね飛ばしながら追う。昼間から路地で足を投げ出してうなだれている中年を飛び越し、赤髪の子供はさらに小さな路地に入る。
「あっちだ追え」
赤髪の子供は二手に分かれる警吏を肩越しに確認したあと、バゲットを口にくわえ、なんのためにあるのかわからない薄い立て板に両手足をつき器用に登った。意外なことにスラムの建物は高い。4,5階に渡って、よその家にまたがる形で積み重なっている。こちらの基準では違法建築と呼ばれるだろう。赤髪の子供は、桟を伝い板の出っ張りに指をかけ、屋根によじ登った。
「山猿め」
警吏は同じように登ろうとするが、ゴムのようなグリップのない靴で登れるものでもない。強引に手の力で板を掴み腕の力で全身を引き上げるが、剣を帯びた大人の体重を支えられるはずもなく、板は中程から折れて警吏は落ちた。
赤髪の子供は最後の警吏が回り込んでくるだろうルートを頭の中で思い描き、遠ざかるようにバラックの屋根を飛んでいく。
「もうそろそろ大丈夫かな」
赤髪の子供は足を止めしゃがんで息を潜める。人々の生活音はするが、警吏の駆け回るガチャガチャとうるさい音はない。
「うひひ、あいつらも喜ぶぞお」
空は底が突き抜けたような晴天だ。赤髪の子供は立ち上がり、バゲットを振り上げ、ひときわ大きく跳んだ。そして、ガラガラと屋根を崩しながら落ちた。
面白み、とは。