第四術式 狩人
ー前回のあらすじー
運良く膝枕をゲット?した深夜は、輝夜が『魔女』だったことを知る。
突然の告白に、彼の脳は???で埋め尽くされていたが……?
そんなこんなで徐々に距離が縮まる2人に、『影』は静かに忍び寄っていた……
3階の窓から見えるのは、吸血鬼の眼のような深い紅緋の空。
世界滅亡後の世界、と比喩したら的確であろうか。あらゆる生命体が死に果てて、生類社会に終止符が打たれた、そんな夢想をさせるほど荒涼としていた。
うら寂しい前景に1人たたずむ深夜は、不安・焦燥の感情に喉を詰まらせ、声道を塞ぎ恐怖を掻き立てる。
酸欠の脳は、思考回路を破壊し、精神バランスを狂わせ、五感を麻痺させた。
情報処理ができなくなった深夜にとっては、
窓外で、ローブの男が冷笑していることも、
誰かが自分に叫んでいることも、
全て、ただの背景・雑音となった。
「深夜くん!逃げて!」
全身傷だらけで立ち上がった輝夜は、呆然と突っ立つ彼に幾度となくそう叫んだが、手遅れだった。
窓の先に浮遊する漆黒の影は、ケタケタと笑いながら握った鎌を振り上げ、旋風を教室へと叩き込んだ。
部屋は瞬く間に吹き荒らされ、窓ガラスは粉砕、机や椅子は巻き上げられる。その様子を見た影は、またケタケタ笑う。
突っ立っていた深夜も壁へと叩きつけられ気絶した。
ー何でここに深夜くんが!?ー
輝夜は、絶望的な状況の中、このことだけを考えていた。
『2・5空間』が展開されている今、深夜はここにいないはずなのだ。魔力保持者同士がお互いの魔力を相互干渉して構築される『3・5ネットワーク』の関係を空間化したものが『3・5空間』。何者かがネットワークに割り込み、マイナスの方向に関係を乱したものが『2・5ネットワーク』だ。要するにそれを空間化したものが『2・5空間』である。
そして、その空間に一般人は立ち入れない。魔力保持者のネットワークをそのまま空間へ展開させた訳だから、そこに存在するのは、魔力保持者またはネットワークを乱した乱入者だけだ。
そこに存在すると言う事は、彼が魔力保持者。要するに『原魔』であることを意味していた。
ー深夜くんが原魔!?そんなはず……ー
信じがたい事実に歯噛みするが、無用な雑念は集中力を削いでいまう。輝夜は、目の前の敵へと意識を戻した。
その敵である漆黒の影は鎌に付着した血を舐め回し、またケタケタ笑っている。
あれは自分の血だ……。
とてつもない不快感が輝夜に鳥肌を立たせる。身体に流れる血液の味など知られて不快に思わない者などいないだろう。彼女はその行為に嘔吐感までもよおした。
ー逃げたい。ー
そんな気持ちをぐっとこらえて、彼女は魔力を展開した。
両手を組む輝夜の周りには魔瘴気が立ち込め、紫の髪は徐々に光を帯びてゆく。
しかし、漆黒の影はそれを見過ごさない。
鎌を振り上げ、教室内の全酸素を風剣へと作り変える。空気中を占める酸素の割合は約21%だから、この場の空気の約2割が凶器となったら、どれほどの威力になるであろう。
それ対して輝夜は魔力性質を変換。全魔力を防御へと集中させ、四方に展開させた「水」を「氷」へ状態変化させる。
元素魔法。地、水、火、風、空、かつて五大元素と呼ばれた自然要素を制御・生成する古代魔法で、それを応用すれば状態変化や化学変化も可能なという万能魔法である。
造形した氷の壁で風剣をしのいだ輝夜は、魔力乱用の副作用による頭痛に目を閉じた、そのわずかな時間に、
「え……?」
影は眼前に浮いていた。
「ぎひひ…ひひ…」
ローブの影は理性が食い潰されたように狂笑していた。
笑い疲れたのたのかピタッと無言になる影は、再び鎌を振り上げ構える。その姿に彼女の足は、恐怖ですくんだ。
それでも、彼女は足掻き続ける。
「火焔射出 !」
放射された焔は、影に灼熱の苦しみを与えようとした。
しかし、焔は気流によって虚しく霧散し、冷涼な空気へと化する。
それどころか、影はこの状況を楽しむかのように、ゆっくりと彼女に近づいく。
「火焔射出!」
今度も頰は薙ぎ払われ、影の足は止まらない。
常人には耐え切れないような恐怖と焦燥に襲われた彼女は、他の魔法を構築することができないほどの混乱状態に陥っていた。
「火焔射出!」
結局、何度叫んでも影の足は止まらなかった。
もう無駄だ。そう輝夜が気づいた時には、既に影は息のかかる距離に立っていた。
それでも足掻こうとする彼女。その醜態に影はケタケタ笑い、
「ぐあぁっ!」
風剣で、輝夜を切り刻んだ。「すぐ殺すのはもったいない、十分痛ぶってからだ」とでも言うように。
「汚れ多き人種へ、神の裁きを……」
ケタケタ笑う影は何かを唱え、そして痛ぶる。
残虐な拷問に酷似した光景だった。
とうとう意識が朦朧としてきた輝夜へ、影は「飽きた」という言うように鎌を高々と振り上げる。
「飆剣の陣」
影の声に、漆黒のフードがはためき、剣風が空中を舞った。密度の濃い旋風が輝夜を取り巻き、「ゴォォ」という轟音を響かせる。
肌を舐めるような風の感覚に、輝夜の嗚咽は漏れる。風音と共鳴する泣き声は、影を再びケタケタと楽しませた。
怖い、怖い、怖い、こわいこわいこわい……。
「い…や……」
経験してきた苦痛、恐怖、絶望、全てが濁流のよう流れ出るが、涙は頰を濡らしても乾き切った心を潤してはくれなかった。
結局、人間は死の恐怖には打ち勝てない事をまじまじと証明された彼女は、首を掴んでくる手を払いのけようと、必死に身体を揺さぶる。無駄だと知りながら……
きっと私はズタズタに切り裂かれるだろう。1番酷い手段で。最高の痛みを伴った方法で。
そんな絶望に打ちひしがれ、振り下ろされる鎌に目を閉じた---瞬間。
「空間把握!」
影でも輝夜でもない叫び声が空間に響き渡った。
その声は教室の床を倒壊させ、影は謎の圧力に窓の外へと吹き飛ばされる。
一方、支えを失った輝夜は瓦礫となった床と共に落下していた。
朦朧とした意識の彼女は、自分が落下している事に気付いても、足掻くことさえできなかった。
ー私は…結局死ぬの?…ー
せっかく影の手から逃れられたのに、待っているのは硬い地面という惨状に、思わず呆れ笑う。
ーそうだ、深夜くんは?ー
せめて、自分を認めてくれた希望の光である彼の、閉ざされた心を再び開いてくれた彼の無事を祈ろうと、ぼーっと死を待つ彼女は思った。
彼と共にした1日という時間は、衝撃的で刺激的で、驚きと発見に満ち溢れていた。 深夜に放送されているアニメの話。ライトノベルというなの純文学のことや、好きなゲームの話。どれも内容がアレだったが、楽しそうに話す彼を見ていると、不思議と勇気が湧いてくるような気がした。
そんな彼のことを思うと、自然と涙が溢れてくる。
ーもう少し一緒にいたかったなー
そんな思いがこみ上げると同時に、彼女の涙は虚空へと散っていった。
力を消失させた身体は、重さを増して地面への距離を縮める。
そうしてついに、彼女の身体が着地した。しかし、それはコンクリートでも固い土でもなく……
「間に……合った」
深夜の腕の中だった。
「やっぱり……深夜くんは、救世主だった……」
急速に世界が戻っていく。床が、ガラスの破片が、全てもとあった場所へと吸い込まれていく。
濃い青を取り戻した空は、彼らを祝福しているみたいだった。
「魔法見せて♪」
そう闇咲輝夜が好奇な目で言ってきたのは、『漆黒の影』の襲撃があった日の帰り道のことであった。
あの騒動から、鬼竜深夜が授業をサボっただとか、闇咲輝夜が包帯ぐるぐる巻きだとか、いろいろな噂が広まったが、うまく誤魔化せているみたいだ。2・5空間がせめてもの幸いだろう。
その2・5空間というものは、現実世界の裏に位置する仮設空間に過ぎない。例えば2・5空間でガラスを割っても、現実世界のガラスは健在である。今回のように床を倒壊しても、1つの噂も立たないのだ。
しかし、影響が皆無という訳ではない。
輝夜を抱きかかえた場所は、運がいいのか悪いのか保健室だったため、傷だらけの美少女を冴えない男がお姫様抱っこするという謎の光景を保健の先生に見られたし、一緒に歩いていたら、その傷は深夜によるものではないか、という噂まで伝播した。
結果的に、深夜の好感度は下がった。以上。
とりあえずまあ、現実サイドはこんな感じだ。
しかし問題は非現実サイドだった。
「深夜くん?ナンデ魔法ガ使エルノ?」
「空間把握ッテ何。ネエ聞イテル」
あれから深夜は、輝夜からの質問の嵐に頭を悩ませていた。
なぜ魔法を使えたのか?それは彼自身にも分からない。魔法を使ったのは確かだが、ほぼ本能的に動いただけであって、原理などは全く分からない。まず、自分が魔法使いだったなんて信じられないし、信じたくもない。
だが、「彼女を救いたい」その気持ちが彼を動かした事は確かである。
「深夜くんの場合、能力覚醒だね。きっと今まで、自分が原魔だって事を知らないで生きてきたんだよ」
「原魔?なんだそりゃ、魔法使いの一種か?」
「そうだよ。過去に弾圧されて、今はいても10人程度って言われてるの。魔女よりずっと珍しいよ」
話によると、原魔は約100年前に起きた『第二次宗教改革』以前に魔女よりも厳しい弾圧の対象となり、ほとんど絶滅に近い状態だという。
「でも、深夜くんが原魔だって事は、あの影に狙われる可能性があるって事だよ」
「あのローブの男のことか?」
輝夜に無数の傷と恐怖を植え付けたあの影は、彼女いわく狩人というらしい。聖母教会の裏組織として組まれ、主に魔女狩りを専門としている。
「あのフードの男は、クロムナイツ=オーディ。系統としては風術の使い手で、狩りのプロ」
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
「軽い心理魔術で読み取ったの。きっと、凍結魔法を使った時発生した魔瘴気を探知してやって来たんだと思う」
魔瘴気は魔法使用時に発生するオーラのような者だ。一般人には感知できないくらい微細なものらしいが、探知術師はそのオーラを頼りに魔女・原魔の居場所を特定する。
「っていうか、何で今更魔女狩りなんだ?」
小首をかしげる深夜に、輝夜は人差し指をビシッと立てて説明する。
「それが、最近異教の信仰が活発化してきた事を受けて、聖母教会が対抗策として考えたのは『魔女狩りの復興』だったのですよ。異教の中には魔女宗という宗教勢力があるからだと思われます」
何やら難しい用語を連発する輝夜は、「困ったものです」と頰を膨らませた。
一方深夜は冷や汗タラタラだった。
「っていうか聖母教会って、俺聖母教徒なんですけど!?」
「はっ?」
呆然とする輝夜は、無言で路上の電柱に隠れて目を細める。完全に敵を見る目つきだった。
「ちょっ、ちょっと待て!!誤解だ!俺はそんなつもりで入ったんじゃない!」
必死に抗議する深夜に対し、彼女は冷たい視線で言う。
「じゃあ、今すぐ棄教してしてください」
「無茶だぁぁぁ!」
全く笑えない大問題だった。
To be continued
お読みいただき、ありがとうございました!
今回が初の戦闘シーンです。上手く書けていれば良いのですが……
まだ『妹』の中二病に関する件や、『聖母教会』についても明かされてないことがたくさんあるので、
そこら辺も徐々に触れていきたいと思います。