第三術式 出会い (後編)
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激しい頭痛に、深夜は意識を取り戻す。
なにやら妹との夢を見ていた気がするが、内容までは思い出せない。
正確な状況判断ができない彼は、取り敢えず視覚的な情報を得ようと、重い瞼を持ち上げる。
するとそこには顔があった。
整った顔立ちと、窓から差し込む西日で赤みがかった紫髪。
その見てくれは、紛れもなく闇咲輝夜本人だった。
その彼女は、なぜか深夜を膝枕している。
「闇咲……さん?どうして……膝枕を……?」
朦朧と尋ねる深夜に、彼女は「ふーっ」と安堵の様子で手を胸に当てる。
正直、深夜はかなり動揺しているのだが、体に力が入らず、彼女の膝枕に身体を預けるよりほかなかった。
一体なにが起きているのか、全く意味不明なこの状況に、彼は目の前の美少女に説明を促す。
「えーっと、治癒魔法をかけていたんです。覚えていますか?廊下でぶつかりそうになった事を」
-ああ、あの事か-
彼は、自分が行った愚かな計画を思い出す。
しかし、それとこの膝枕になんの関係があるのだろう?彼はそんなことを思うが、それよりも何かが引っかかる。
「今、魔法って言いました?」
治癒魔法という非現実的な用語が、彼女の口から出たことへの違和感。
深夜のような中二病が発する『魔法』とは、また違うニュアンスの『魔法』。
さらに謎が深まる中、彼女はさらに説明を重ねる。
「私のせいで、あなたを気絶させてしまいました」
気絶?
その事について言及しようとするが、彼はそれを躊躇した。
窓へ視線を落とす彼女は、どこか寂しげだったのだ。
窓の外の世界に、なにを思っているのだろう。
それからしばらく、夕日が差し込む空き教室に、時計の「チクタク」という音が響いた。
秒針が二回転はした頃、彼女はついに口を開く。
「私……魔女なんです」
「魔女?」
「はい。魔法が使える、漫画とかに出てくるような魔女です」
「?」
突然のカミングアウトに、深夜の脳はついていけない。
-あの魔女か?魔法少女マド●マギ●みたいな?-
ゲームやアニメという、偏ったイメージが脳内を駆け巡る。その反面、妄信が生み出した『魔女』の存在も、彼の魔女観を構成していた。
中世ヨーロッパの時代に、蹂躙され、陵辱され、ありとあらゆる人権を侵された『魔女』という存在は、あくまで集団ヒステリーが巻き起こした妄信で、実際、アニメで魔法を使う『魔女』とは関係がない。と教えられてきた。
そもそも、もし魔女のように魔法を使用する人類がいたとしたら、今の世界は大分違ったものになっているだろう。発熱魔法があったらコンロなんていらないし、凍結魔法があったら冷凍庫など発明もされなかっただろう。
しかし、彼女の口から発されたのは、冗談ではなく紛れもない『事実』だ。
深夜はそう断言できた。
なぜなら彼女の瞳は、深夜が今まで見てきた、人が嘘をつく時の「濁ったもの」とは明らかに異なっていた。悲しみ、悲哀、苦しみ、それらが混同する瞳が、それを証明している。
彼は、その瞳に向けて、無慈悲な言葉を投げかける。
「闇咲さん……残念だけど、どうしても信じられない。転校生がアニメキャラクターのような『魔女』だったなんて、どう頭を整理しても、理解ができない。でも!嘘をついてないことは分かった。でないと、今まで起きた不可思議な現象が説明できない」
予想外の展開に驚く彼女を見上げ、膝枕から起き上がった深夜は、正座をして目の前の美少女と向き合う。
「まず、俺は『あの時』、君になんらかの魔法をかけられた。合ってるか?それで気絶した訳だ」
「はい。私はぶつかりそうになった『あの時』、反射的に凍結魔法をあなたに使ってしまいました。それで、解凍のための治癒魔法を行ったんです」
どこまでが真実だか分からないが、彼はそんなことを気にも留めない。
きっと、自分の真実と、彼女の真実とでは、ベクトルが360度違う。
彼にとって、彼女の真実は、未知の領域だった。
「じゃあ、あの場を目撃したはずの薫はどうなった?まさか一緒に凍らせたりとか……」
「いえいえ!心理魔法を使って、あの時の記憶は消去しましたが、そんな残虐なことはしません!」
顔を真っ赤にして抗議する自称魔女・闇咲輝夜だったが、その動作は小動物みたいだった。
「そうか……よし!これで分かった。君は魔女だ」
「?」
今更何を言っているのこの人?バカなの?みたいな表情をする彼女だが、むしろ彼は真剣な眼差しで、彼女のマリンブルーに染まった瞳を見つめる。
「要するに、俺は君を信用するよ。最初は理解できなかったけど、君の説明を聞いているうちに、心の整理がついたさ」
「ってことは。信じてくれるんですか?本当の本当に?」
「もちろん!」
彼女は、徐々に瞳を潤ませ、顔を手で覆い俯く、静かな嗚咽を漏らす。
今まで誰にも信用してもらえなかった存在が、遂に1人の少年によって認められた瞬間だった。
自分は魔女だと言うと、嘘つきだといじめられ、魔法の存在を公表しない政府からは隠蔽され、邪魔者として扱われてきた彼女にとって、その少年は希望の光にも見えた。
いや、心を閉ざしたことで、少年のような存在に気付けなかっただけかもしれない。
「あ…あなたが初めてです…魔女だと言って…私を避けなかったのは」
床で崩れるようにして涙を流す彼女に深夜は、今まで彼女を取り巻いてきた環境と人間に、激しい憤りを覚えた。
なぜ、こんなにも苦しんでいた少女を、誰も助けようとしないのだろう。鈍感な俺でも気づけたことを、なぜ気づくことができないのだろう。
「君が今まで何に苦しんできたのか、俺は詳しく分からない。でも、できる限りの協力はするよ。あっ、名前を言ってなかったね、俺は鬼竜深夜。2年5組だ。って同じクラスだから知ってるか」
「こちらこそ、あなたみたいな優しい人に出会えて嬉しいです。これからもよろしくお願いします。深夜くんっ♪」
顔を上げた彼女の瞳からはもう、悲しみの感情が消えていた。
ベッドの上で、鬼竜深夜は今日1日に起きたことを整理していた。
闇咲輝夜が魔女という存在だった事。そして、彼女は魔女である事に苦しんでいた事。
様々な情報的収穫があったが、全て根拠があるわけではない。
実際に魔法を使ったところは見ていないし、彼女が苦しんでいるという確証はない。
ただ、深夜には分かった。あの瞳が全てを物語っていた。
「あなたが初めてです…か」
そんな彼女の言葉を頭の中で反芻ながら、彼は考える。
自分は気づかないうちに引き返せないところまで来ているのではないか、と。
念願のロリ美少女・闇咲輝夜と距離を縮められた事はもちろん嬉しいし、膝枕なんて人生初体験だったから、彼女の太腿の感覚は今でも頭に残っている。しかし、魔法がうんぬんなんて話、ただのオタクである自分にとってはスケールが大きすぎる。
彼は、むしろそっちの方が気がかりだった。
「どうすっかなー」
「族長よ……何を悩んでいるのだ?」
「……」
いつのまにか隣で寝ている存在に、深夜はもはや驚かない。
最初のうちは、予想もしない不意打ちに毎日驚かされていたが、かなりの手練れである深夜は、隣のやつにうっとおしさしか感じない。
「お兄ちゃんっ!我の戯れを無視するとは何事だ!」
涙目で騒ぎ立てる中二病患者は、深夜の妹・鬼竜智乃。
青髪で、紅魔族を真似ているのか赤色のカラコンを付けている。闇咲輝夜ほどではないが、これでも一応美人である、と深夜は思っている。その性格が災いし、彼氏はいないが……
先の言動からも分かるように、深夜と同様にその妹である智乃も中二病である。
何が原因で発症したかは分からないが、自分の責任もあるだろうと深夜は反省している。
悪影響の典型的なパターンである。
アニメを見ている兄の背中を見て育ったら、妹もアニメ好きになるのも無理はない。
だがこの場合、妹の方が多少重症な気はするが……
「ところで村の長よ。今日は何を妄想しているのだ。さっきから独り言が激しいが……」
「考え事が全て妄想だと思うなよ。今日学校で起きた事を整理してたんだよ」
すると智乃は哀れむような目で、
「ドンマイ」
「別にいじめられたとかじゃねえぇぇ!」
いらない同情だった。
翌日。
深夜は窓側の席で、紅葉する校内の木々を眺めていた。
昨日起きたあの事件から、深夜と輝夜の関係は変わりつつある。休み時間には会話するようになり、一緒に弁当も食べた。
当初の目的、輝夜と接近する。が達成できた事はいいが、少々周りの目が気になる。
「うわあ。オタクごときが……」
クラスメイトからの評判はさらに悪くなった気はするが、今はそれどころではない。
深夜は、輝夜を救おうとしているのだから。
今まで虐げられてきた魔女という存在を理解する事で、彼女の救いになると深夜は誓った。もちろん、彼女が本当に魔女である保証はない。しかし深夜は、彼女の悲しみ、悲哀、苦しみ、その全てが入り混ざった瞳を見て、言及するまでもないと悟った。
しかし、肝心の輝夜がいない。
昼休みに図書室へ行ったきり、輝夜は戻ってこないのだ。
今は5時限目だが、彼女の姿は机にない。
何かあったのではないか?
この心配が杞憂であることを望み、黒板へ視線を戻すがそこで、
ある『異変』に気づく。
深夜が窓へ目を向けていたのは、ほんの数秒だったはずだ。
しかし教室には、さっきまで前に立っていた教師どころか、自分以外の生徒全員がいなくなっていた。
何かが起きている。そんな予感に鳥肌を立たせながら席を立った、
その瞬間!
ガッシャーン!と何かが窓ガラスを粉砕し教室へと突っ込んできた。その破片は深夜の身に降りかかり、反射的に破片から頭を守ってしゃがみこむ。
何が起きたのか全く分からない彼は、次の襲撃に警戒しながら突っ込んできた何かを確認する。
それは物ではなく人だった。華奢な体に、紫の髪。それはまさしく、
「闇咲……さん?」
「逃げ……て」
全身傷だらけで倒れる彼女は、ゆっくりと身を起こす。
そして、彼女は窓の向こう側にいる襲撃者に目を向け叫ぶ。
「逃げて!」
その声と同時に深夜が窓を振り返ったその瞬間、
戦いの火蓋が切って落とされた。
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