あぁあぁあぁあぁあああ
灯りのない薄暗い浴室で、私はひとり。
ただ流れ続けるシャワーの温もりに、身を委ねている。
体を伝い床に落ちていく滴の跳ねる音が心地良い。
「こんな声……なのかな」
メロディーにも聞こえるそれに、目を閉じ耳を傾ける。
左手が自然と、空っぽになった腹を摩った。
何も考えず。何もかも忘れ去る事ができたなら、どれだけ良かっただろう。
「......て......しまえ.........」
暗い感情が泥のようにぼたぼたと流れ堕ち、そして広がっていた。
ーーーーーー
灰色の中に浮かぶ、漆黒の長髪と淡い白肌のコントラストが最初に目に付いた。
身長は高かったが、胸の膨らみと美しい肢体が、女性である事を僕に識別させる。
流れ続けるシャワーの音だけが不気味に響く浴室だった。
垂れた髪が、その女の目元を隠している。
均整のとれた体は細く、その輪郭を浮かべるように水が伝ってゆく。
壁に手をつき、前かがみに項垂れている女の口元は微かに緩く上がっている気がした。
蒸気で霞む光景の中で血色のいい唇が鮮明に映え、蠱惑的な魅力を感じさせる。
少し幼さを残した端正な顔立ちで、きっと笑ったら多くの人間が好感を持つに違いないだろうその女性は、しかし表情がなく生気を感じさせない。
それはどこか壊れた人形のようで、不安を覚えさせる姿だった。
その光景は美しくもあり、それでいて無機質で、儚さと恐怖が同時に存在していた。
「あぁあぁあぁあぁあああ」
女は空気が漏れ出すような掠れた声で、悲痛な叫びを陽気なテンポにのせ口遊《くちずさ》む。
濁った虚ろな目は焦点を定めず空を彷徨う。
シャワーと落ちる水滴の音に乗せて、女は楽しそうに、唄い続けていた。
目を覚まし、夢を見ていた事に気付く。
首元には嫌な汗が滲み、不快感を伴う起床であった。
未だに耳に残る、女の声。不気味な光景を思い出し、不安が込み上げる。
「あの女性はいったい……」
何があったら、"ああ"なってしまうのか
そう考えずにはいられなかった。
そしてふと、何かが一瞬頭をよぎった。
曖昧な思考の中で、そっと手を伸ばし、ゆっくり、ゆっくりとそれを手繰り寄せていく。
誰かに似ていた?
……違う。そこじゃない。
それは……。
それは最初だ。女の主観を覗いていた時だ。
低く、呟くような声で、鮮明に蘇ったその言葉は今まさに、耳元で聞こえた。
「全て、流れてしまえ。全部、全部」
一瞬の硬直の後、僕はすぐさま家を飛び出した。
彼女の元へ、急がなくては。
予知夢か、呪いか。




