4.あたしと天使の関係~緑編~
まだまだ1話と同日内のお話です。
「しまった」
昼休み。天城空は友人たちと昼食を取った後に自分のカバンを漁っていた。
何してるのかって?
あー・・・見た目だけなら和風の黒髪美人な誰かさんが
「宿題忘れた! そりゃあ~~~見ぃしてぇ~~」
と変な語調で縋ってきたんだよ。それを暫く無視していたら土下座を始めようとした。止めても聞かないから無理やり立たせてやったら今度は
「言うこと聞いてあげたんだから今度は空が私のお願い聞いて下さいお願いしますマジでっ」
ってな具合に騒ぎ始めたので、食後の為か心が猫の額ほどには広くなってたあたしは正規レートで快く見せてやることにした。
そんなA子はあたしがカバンの中を探し始めると今度は反対の隣人に縋っていた。
「うぅ・・・痛いょ・・・。 ゆうり~・・・そらがいぢめるよぉ」
「はいはい、痛かったねぇ。 お~、よしよし」
女子としては背が高いがゆるいウェーブのかかった髪の毛と長い睫が可愛い友人Bこと冬野優梨は口だけでそんなことを言いながら自分は未だに弁当を食べ続け、縋ってくるA子をちらりとも見やしない。少なくとも食べている間は何が起きてもこんな感じで超テキトーにあしらう奴だ。
それはさておき。こんな一幕の末に、あたしは
「茶番って何さ! 私マジゲンコもらったよっ!?」
末に、あたしは自分がやってきた宿題のプリントを探していんたが、ここで冒頭の台詞に戻る。
「しまった」
と、言うのも
「え、何が?」
「悪ぃ、A子。 プリント忘れてきたみたい。 あたしはこれから持ってきてもらうからアンタは諦めなさい」
「は・・・? へっ、ちょ! 忘れた!? 私殴られ損!? っていうかA子って誰よ!! そして自分は持ってきてもらうんだったらそれ見せてくれたって良いじゃん!!?」
「おー。 ちゃんと全部ツッコんでくれた。 えらいえらい」
「やめれ~~~~~~~~~~~!!!」
お姉ちゃん感動した。素直にそう思えたので褒めて頭を撫でてやったら叫びながら振り払われた。
折角撫でててやったのに。解せぬ。
あ、ちなみにAの名前は春河撫子。頭文字Aではない。黒髪美人。
「む、今何か悪意ある改変を感じた!」
「気のせいでしょ」
ちょっと鋭い。あと元気が有り余ってる感じ。まぁ、見た目の第一印象を激しく裏切る性格だ、とだけ。
「ごちそうさまでした。 で、そらちーは持ってきてもらう言うてもどうすんのん? 今日誰もいてへん言うてなかったっけ。 あ、もしかして弟君に持ってこさせるとか。 弟君が学校終ってこっちの5限に間に合う様に持ってこさせ、る・・・うあ、そらちーの鬼ぃー。 そんなんワープか加速装置でも使わな無理やん」
「うん、ちょっと黙れ?」
こいつは・・・食べ終わったら終わったで碌なこと言わないのな。
大体が、だ。
「誰が陸にそんなことさせるか。 もし陸にそんなことさせてみろ・・・踏み潰す」
「うん、落ち着いてな。 何をー、とか、どないしてー、とかはあえて聞かへんからなー?」
「・・・ぶらこん(ボソリ)」
「ちょお、あんまいらんこと言いっ」
私刑執行×2。
「二度もぶったっ。 おやぢにもぶたれたこと・・・あれ、数えきれないくらいあるぞ?」
「うち冤罪なんやないの・・・?」
「同罪」
「うぇ~・・・」
「家に連絡するだけしてみる。 誰も帰ってなければあたしは諦めるよ」
「潔すぎでしょ、空・・・」
「仮に持ってきてもらえたとしても撫子があたしの宿題を見れない未来だけは変わらないから安心して良いよ」
「ちょ!?」
あたしはそれだけ言って教室を出た。
後ろで優梨に抑え込まれた撫子の断末魔だけは聞こえていたけど気にしなければ気にならない。
まぁ、持ってきてもらえたら見せてやるくらいはするよ。
◆
教室を出たあたしは駐輪場に向かった。
あそこはこの時間ならあんまり人が来ない。あたしの連絡手段はちょっと特殊だからあんまし人に見られたくない。別に見られて困るわけでもないんだけど、単純に恥ずかしいから見られなくないだけだ。
「うん? なんだ、もう殆ど皆連絡付く状態なんじゃん」
向かっている最中に誰かに連絡取れるかだけでも確認しておこうと思い、あたしは腕に巻かれた腕時計の様な小型の機械を見ていたが黄色と黒以外の色は全て点灯していた。点灯している色に該当する相手であれば連絡が取れる。
うちの天使たちは今日『革命家』との戦闘があったせいで順次メンテナンスがあったはずなのだが、思ったより軽傷だったのか既に終わりそうな状態だったみたいだ。
そう、うちには天使がいる・・・とか言うと頭おかしい人扱いされそうだが、別に本物の天使がいるわけじゃない。天使と呼ばれてるロボット達がいるだけだ。天使らは『革命家』とかいう異世界からの厄介者どもと戦ってるんだけど、天使はあたしが小さい頃からうちにいるもんだから、なんつーか・・・あたしにとってはあいつらも弟みたいなもんだな、うん。直接はぜってー言わねーけど。
ほどなくして駐輪場に着くと、あたしは点灯している光の中から”一番まとも”な緑に連絡を取る。
・・・ここからがあまり人に見られたくない理由。
「こちら空。 ハニエル、聞こえる?」
あたしは腕の端末を顔の前に構えて極力声を絞って相手を呼び出す。
そう、この何とも昔ながらのヒーローとかが使っていそうな連絡手段。これを使って話しているところを見られたくねーのだ。
え、守秘義務?知るかそんなん。本当に秘密にしておきたいならあたしに腕時計持たせるなって話だ。
普通に電話とかじゃダメだったのかってあのジジイに何度抗議した事か。結局あたしの意見が通ることの無いまま今に至るわけだが。
「こちらハニエル。 どうしたでありますか、空」
こちらの呼びかけから数秒置いて応答があった。やっぱりもうメンテ終わったんだ。
「あ、ハニエル? 多分あたしの机の上にプリント置いてあるはずなんだけどそれ学校まで持ってきて」
「確認致しますので少々お待ち下さいであります」
「昼休み中に届けてほしいから、見つかったらすぐ持ってきて」
「了解。 家を出る前にまた連絡するであります」
メンテが終わったってことはハニエルなら既にちっこい方に入ってるはず、と予想していた為、簡潔に要件を伝えるだけにする。こいつならこれだけで大体伝わる。
プリントを見に行ってる間にちょっとだけハニエルについて。
ハニエルの本体は緑色した戦車、が一番しっくりくる表現だと思うんだ。若干、近未来的なというかどっかの巨大怪獣を相手取る作品に出てきそうなというか、な特殊な見た目だが、長四角の箱型車両から砲身が一本伸びているんだから、戦車で間違っていないはず。
でもって喋り方もさっき聞いたみたいな一般人が想像する軍人さんみたいな感じ。
けど中身はなんていうか・・・
「こちら再度ハニエル。 空、応答どうぞであります」
「はいよ。 どう、あった?」
「あったでありますが・・・空。 あの部屋はどういうことでありますかっ。 つい2日前程に片付けをしたばかりだというのにまるで火事場泥棒が入った後の現場の様になっているでありますよ!」
「や、そこは空き巣とかじゃ?」
「災害による被害も合わせて火事場泥棒が入った後の、と言ったであります」
「あ、あははは。 いや、実は昨日ちょっと躓いた拍子にタンスの上ぶちまけちまって」
そこからあれよあれよと色んなものが雪崩の様に崩れていき、
「見る間に滝が部屋の中を一周しましたとさ。 めでたしめでたし」
「何もめでたくないであります! よくこんな中で宿題ができたでありますねっ。 大体、この事件現場が昨日出来上がったというのなら何故昨日のうちに片付けなかったでありますかっ? 少なくともゴミくらいは元に戻してっ―」
「あー、分かった、分かったから。 とりあえず今はそのプリントを早急に持ってきて。 片付けは帰ったらするからさ。 手伝ってくれるでしょ?」
「・・・はぁ。 了解。 すぐに持っていくであります。 でも本当に帰ったら片付けるでありますよ?」
「それこそ了解。 一人だと面倒だったし、助かるよ」
「あ、やっぱり片付けなかったのは確信は」
「んじゃ、頼む」
と、あたしは一方的に通信を終了した。一度始まると長くなるんだよ説教が。
こんな感じで、ハニエルは弟というより口煩いおかんっていうのがしっくりくるんだよ。ま、何かと姉の世話を焼いてくれる弟、でも良いんだけどさ。
うちは昔から両親があちこち飛び回ってたせいで、あまり親と過ごした記憶が無い。だからなのか、ハニエルは親の役を演じてくれようとしている節がある。それが意識してなのか無意識になのかは分かんないけど折角弟がそんな風に心配してくれてるんだから、姉としてはその心意気に応えたくなるわけさ。
甘えられるところは精一杯甘えさせてもらうことで応えてるんだ。決してあたしがズボラだとか面倒くさがりってわけではない。
◆
しばらくして、緑を基調とした全身ミリタリールックの仮ボディ(名称:アームズ)のハニエルがプリントを持ってきてくれた。
「お待たせしましたであります、空。 これで良かったでありますか」
「さんきゅ。 助かったよ」
プリントを受け取って、物を確認する。
うん、間違いない。
しかし・・・その色もさることながら、肩に担いでいる物はどうにかならないのかと毎度思う。
「・・・アームズさ、毎度思うんだけどそれ持ってくる意味ある?」
「これは自分の武器なのであります。 自分はこれがなくては戦えないのであります」
「いや、何と戦うのさ・・・」
黒く、太い筒。その先は今上に向いている。根元にはこの得物の心臓とも言うべき機構。
ひとたび火が灯れば瞬く間に目標を掃除してしまう、小さき物にとって圧倒的脅威と成り得る高性能な代物。
しかも先端に取り付けるパーツには複数の種類があり、それらは今ハニエルの腰に差してある。
その恐るべき武器の名は・・・・・・『掃除機』。
もう一度言おう。掃除機。
何が恐ろしいって、外出時だろうがなんだろうがどこにでもこれを担いで行くことが何よりも恐ろしいよ。
恥ずかしさで死にそうになったこともあるくらいだ・・・これあたしと戦う為の武器じゃないだろうね?頼むから誰か違うと言ってくれ。
「それよりも、早く行かないと昼休みが終わるでありますよ」
仕方ない。掃除機についてはまた今度じっくりと話すとしよう。腹を割ってな。
ハニエルの腹は物理的に割れる可能性もあるが・・・な。
「んじゃ、ありがとな。 あと、部屋の掃除できるとこまでよろしく」
「な・・・あ、空! こら待ちなさいでありますっ」
既に上履きに履き替え玄関でプリントを受け取ったあたしに死角は無い。
そのまま走って教室まで逃げた。
キーンコーンカーンコーン・・・
「あ、チャイムやね」
「ただいまー」
「マイガッ!!!」
あたしに死角はなかったが、残念ながら撫子は終わった。