第七話 ドワーフの街
卵くじのおっちゃんにお礼を言って、今度こそ人混みを掻き分けながらその場を去る。俺が英雄だと言うことがかなり広まってしまったのか、先程までよりも余程多くの人間が集まってきていた。
それらをなんとかして脱出したものの、家の窓や道の端からこちらを見ている人々がまだまだ沢山いた。それを一瞥し、アドルフさんは一つため息を付いた。
「これは流石に骨が折れますな。皆様、少々予定を早めて次の目的地へとご案内致しますぞ」
「次ってどこ?」
「この街の地下。ドワーフ達の作り上げた地下街でありますぞ」
ドワーフの地下街。土の精霊王の末裔であるドワーフが暮らすために作られた街。鍛治と酒の聖地でもある。それはこの王都にも存在し、街の東西南北中央に一つずつ、合計五つの入り口がある。その中の一つである、貴族専用の東ゲートから続く坑道のような所を俺たちは歩いていた。
きっちりと整備された其処は、壁面に苔が幾つも生えており、時折様々な色の光の玉を放出する。どこか幻想的で、それだけでも十分くるだけの意味がある光景だった。その様子に見惚れていると、アドルフさんが楽しそうに笑う。
「ふふふ!街に入ればまだまだこんなものではありませんぞ!ドワーフの街はそれだけで一つの芸術品のような美しさなのです」
「うわあ、楽しみだね!」
「そうね、大葉君!」
イチャつくカップルはさておき、俺と三塚さんの二人はとあることで悩んでいた。それはーーー
「結局、このこの名前どうしよっか……」
「だよなあ……。名前をつけないわけにもいかないしな。それにこれから戦う仲間になるみたいだし、どうすっかなあ」
「ほにょりんとか?」
「いや、流石に可愛すぎでしょ。ここは無難にタマとか?」
「それじゃあ猫だよぉ……」
へにょりと三塚さんの形のいい眉が落ちる。慌てて冗談だと言うと、少しだけ頬を膨らませる。向こうにいた頃はあまり話したことなかったが、三塚さんって感情が顔に出やすいタイプなんだな……。
「この子、つばさ君の魔力で大きく、青くなったんだよね?」
「ん?そうみたいだな」
カラースライムはこの世界で最も数の多い魔物であるスライムの中でも、一番比率の高い種類だ。最も普遍的な存在である。スライムと言う種は周囲に漂っている魔力を吸収することで生命を維持し、環境に順応する。
例えば、火山で火の影響を受けた魔力を吸ったスライムは火や熱に対する耐性が高くなる。これが海や地中でも同じことが言える。スライムはそうして環境に適応し、独自の進化をして行くわけだが、カラースライムはその反応が顕著な種である。
他のスライムより適応力が高く、故にどこにでもいるスライム。では彼らに人の魔力を吸わせるとどうなるのか。答えは彼らに魔力を与えた人間の本質がカラースライムに現れる、らしい。これは昔から言われていることらしく、かなり有力な説なんだそうだ。
「ならこの子は、つばさ君の本質と同じなんだよね。どんな風なのかな?」
三塚さんは不思議そうに首を傾げる。
「さあ。ただ、自分では理解できない自分が分かるって言うなら、やっぱり面白い生き物だよな」
「自分が理解できない自分?」
「そ。自分が思う自分と、神様から見た俯瞰的な自分は全く別物で、神様から見たソレは、自分ではソレが自分だと理解できないだろうってな」
「……面白い、考え方だね。神様から見た自分かあ……。私はどんな人間なんだろう?」
二人して目を細めて空中を見やる。神からは、世界を主観を完全に廃して俯瞰できる存在からは、俺達がどう見えるのだろうか。人ではダメだ。自分でも他人でも、どうやったって主観が混じる。だからこそ、それを取っ払って自分自身を見つめることができるなんて、スライムとは面白い生き物だと俺は思う。
「そうだな……。本質を鏡みたいなものなんだろうな、スライムは」
「あ、それいいよ!鏡!」
「かがみ?ああ、名前にか。でもスライムにそれは少し微妙じゃないか?」
「じゃあ、読み方を変えてキョウなんてどう?」
キョウ、キョウか……。
「よし、お前はキョウだ!名付け親の三塚さんに感謝しろよ」
「ええ!?名付け親って、そんな大したことじゃ……」
三塚さんは断ろうとしたが、キョウが俺の肩の上でプルプルと嬉しそうに震えたことで諦めたようだ。ため息を一つ吐き出した後、にっこりとひまわりみたいに笑う。
「よろしくね、キョウちゃん」
それから歩き続けること十分ほど。要約坑道の先に光がのぞく。その光に近づいて行くと、道の先の光景が目に入ってきた。
「おお皆様、着きましたぞ!地下街アトラスですぞ!」
「うおおおおっ!?」
思わず声が漏れる。それぐらいに町は美しかった。すり鉢状に中心へつれて深くなるように何十もの段差が構成されており、その段差部分には真っ白な家々が立ち並ぶ。それだけでも十分に幻想的だが、空中を舞う光の球達がさらにそれを加速させる。街全体から光が立ち上って行くような、そんな神々しい光景だった。
「すごい……」
「綺麗……」
大葉も小山さんもこの街に深く見入っていた。ふと横の三塚さんを見ると、彼女の頬が濡れているのが見えた。
「三塚さん?」
「……へ、あっ!!あ、あのこれはそのっ!?」
あまりの慌てように思わず苦笑してしまう。
「感動した?」
「うん、凄いね」
言葉は短いが、そうとしか表現できないのだろう。それほどまでにこの街は美しかった。
「皆様方、どうですかな?ここアトラスは世界中でも最大級に大きく、最も美しい街として有名なのですぞ」
「へえー。確かにこれは有名じゃなきゃおかしいよな」
「本日はここで皆様に合わせたい人物がいるのですぞ」
合わせたい人物?アドルフさんの言うことだし、まず問題ない人だと思うが……。
「そのものは鍛冶師でしてな?魔法の造詣も深く、腕も確かな者なのですぞ!アルフ近衛隊長どのがそろそろ武器を持たせたいと話されておりましたからなあ。ここを案内するのに丁度いいと思ったのですぞ」
「でも私たちは戦闘班でもないし」
「いや、防具とかナイフとかぐらいは作ってもらったほうがいい」
小山さんが辞退しようとするのを遮る。
「これからどんなことがあるか分からないんだ。念のため、な」
「そのようなことは無いと言いたいのですがな。魔族の事も考えればそうも言っていられないのも確かなのですぞ」
俺の言葉にアドルフさんも賛成してくる。正直な事を言えば銃の砲身の製作くらいはしてもらいたいのだが、そこはまあ技術力次第だしな。鋳造の技術がなければ難しいだろう。もしかしたら魔法で金属の操作なんかができるのかもしれないが。
何にしても鍛冶師や細工師なんかとのコネは今必要な事の一つだ。ここで行っていいことがあっても悪いことは無いだろう。
「さ、行きますぞ!」
先導するアドルフさんについていくと、煙突のついた一軒の小屋の前に来た。いかにも”らしい”感じだ。ただ、
アドルフさんは小屋の戸口に立つと中に向かって叫ぶ。
「ラモンさん、いらっしゃいますか?」
「おおん?アドルフちゃんか?」
「「「「ちゃん!?」」」」
異世界組が疑問の声を上げる。このアドルフちゃん付けで呼ぶ人がいるとは……!?俺たちの反応に苦笑して説明をしてくれた。
「ドワーフは敬称がちゃんの一つしかないのですぞ。まあ、文化の違いというものですな」
おおう……、まさかこんなところで異世界を感じることになろうとは……!?
「ってあれ?今ドワーフって言った?」
「おおん?わしはドワーフじゃがそれがどうかしたか?」
「うおおおおっ」
中から出てきたのは俺の半分くらいの身長で、褐色の肌と筋骨隆々な肉体、長い鼻に長い耳のイメージ通りのドワーフだった。ラモンさんとやらは興味深そうな顔でこちらを見てくる。そして何かに気が付いたのか驚愕の表情を浮かべた。
「こりゃあ驚いたぁ!お前さん、昨日通達にあった英雄ちゃんかいな?」
「あ、やっぱ一目で分かっちまうか。なにか考えといたほうがいいか?」
「そりゃなあ。んで、アドルフちゃんよお、英雄ちゃんを連れてきたっつうのはそういうことか?」
「ええ、彼らに武器を作って欲しいのですぞ」
その言葉にラモンさんが目を細める。雰囲気の変化が肌で感じることができた。
「……英雄ちゃんよお。わしはなあ職人として、ドワーフとして、わしの作ったものを持つ目的を聞かねばならん。武器っちゅうのはどこまで行っても殺すためのもんだ。守るために剣をふるうっちゅう者もおる。だけどなあ、そういう奴は闘争の本質をとらえられておらん」
「闘争の本質?」
「英雄ちゃんはまだ殺しをしたことがねえだろう?そん時まで分からんさ。いいか?剣は自分の欲のために振るもんだ。他の誰のためでもねえ、自分のしたいことをするために扱うもんだ。だからわしはそれを聞いておるのさ。お前さんのしたいことはなんだ?そのために必要なもんを作っちゃる。後ろの嬢ちゃんたちもそうだ」
「世界を守るためとかたいそうなことは言えないが、いいか?」
うむ、とばかりにラモンさんは頷いた。
「遊び相手のいないやつがいるんだ。そいつはあんまりにも才能がありすぎてさ、何をしても絶対に負けないんだ。だから、そいつに勝ってやれるくらいに強くなりたい」
異世界組の三人が息を呑むのが分かる。誰の事だか分かったんだろう。わけ分かんないほどに天才的で、主人公みたいに厄介ごとを起こしては自分だけで、無傷で片を付けるのだ。ガキの頃から、勝負の大小や人数なんて関係なく必勝の奴だった。それこそ生涯でじゃんけんすら負けたことがないんだ。そんな文字通り常勝不敗のアイツに追いついて抜き去りたい。俺の目的なんていつだってそれだけだ。
そんな意思を瞳に込めてラモンさんを見つめる。視線を受けたラモンさんは楽しそうに笑った。
「確かに、聞き届けたぞ。単純だがぁ、いい願いだ」
「んじゃ、よろしく頼むぞおっちゃん」
「おう、任しとけや!」
ラモンさんは小さい拳を力強く突き出した。
そのあとおっちゃんは皆にもそれぞれ願いを聞いていった。大葉の願いが「萌実を守れる男になりたい」で、小山さんが「和樹君のために魔法を使いたい」と言って甘々な空気ができたのには辟易したが、まあ微笑ましいことだ。意外だったのは三塚さんの「自分の出来ること全て出し切れるようになりたい」という願いだった。何か欲といって出てくる言葉だろうか?過去に何かあったのかも知れない。
最後に工房の中に戻って行こうとするところでラモンさんは振り向いた。
「そういや英雄ちゃんよ、名前は?」
「つばさ・八坂。よろしく」
ラモンさんの工房を去った後、いくつかの買い物をして俺たちは地上へと戻ってきた。地下街は光の球体が多かったため太陽の光がまぶしいとかはなく、長く地下にいた分だけ変な感じがした。
アドルフさんは最後に連れていきたいところがあると言い、町の外壁の上へと俺たちを連れたきた。壁内の階段を上り切り、最後の扉を開くと高所特有の風が吹き込んできた。
「これはまたすげえな」
そこからは夕日で赤く染まった街とその先に見える燃えるような紅の草原が一望できた。先ほどの地下街にも劣らない素晴らしい景色だった。そして、意識しなくとも感じてしまう暖かさ。街や世界が俺の事を包んでいるような気さえして心地良い。
「英雄殿は感じたようですな。私も街の香りに包まれるような気がしているのですぞ」
アドルフさんの言葉はどこかしみじみとした響きがあった。
「魔族と戦うために力をつけ、初めて戦場に出てから早一五年にもなりますな……。怪我を負ったり、仲間を失ったりするたびにここに来て自分が守っている者を感じてきたのですぞ。そしてその守っている者にどれだけ支えられているのかも……」
「アドルフさん……」
「私はこの光景を守るためならどんな犠牲も厭わない所存ですぞ。この身が滅びようとも、ここを守り通しましょうぞ」
そう言ってアドルフさんは夕日のほうを向く。その横顔は決意に満ち溢れていた。何かを言わなければならないと口を開くが、それはアドルフさんの言葉に流されて消える。
「この街を頼みますぞ」