第三話 魔力計測
四話目です。
異世界召喚から一日明け、部屋の窓から光が差し込んで来た頃、俺は目が覚めた。もともと興奮して眠りが浅かったこともあり、何時もより若干早くに起きてしまったようだった。午前6時ごろだろうか。日差しからはそんな時間に見える。まあ、地球と太陽の位置も違うだろうから一概には言えないが。
顔を横に向けるとでっかい衝立てがあり、部屋を中心で分けていた。勿論全部ではなく、睡眠スペースだけだが。身体を起こし、立ち上がった所でだれかが部屋に入ってきた。
「つばさ、早いな」
「お、廉太郎。どこ行ってたんだ?」
入って来たのは廉太郎だった。上半身裸で、全身に汗をかいていた。
「何時もの習慣でな。やらないと落ち着かないんだ」
廉太郎はそう言いながら左手にもった竹刀を掲げてみせる。なるほど、と納得すると同時に呆れてしまう。
こいつ、今日から訓練があるって王女さんが言ってたのを聞いてなかったんだろうか?普通は体力温存しとくもんだろ。
「訓練あるらしいけど保つのかそれで?」
「何時もより本数は少ないし、問題ない」
「いや、滝みたいな汗を拭きながら言われてもな……」
などと話をしていると、他の皆も目が覚めたようで呻き声や衣擦れの音がした。しばらくすると寝ぼけ眼の能登や、いつも通り制服を着崩した名瀬があらわれ、場が賑やかになってくる。真中さんや三塚さんもきっちり制服を着て寝室から出て来た。
「それで、何してればいいのかな?」
「多分王女さんが使いをよこすだろうから、それに従えばいいだろ」
名瀬の疑問にそう返すのと、扉がノックされたのは、ほぼ当時だった。
鎧を着た騎士に連れられて、広間のような部屋にやってくる。そこにはアニメで見るようなながーいテーブルが三つあり、それぞれ適当な席に座ってゆく。俺と勇輝と、王女さんは上座に座っている。それ以外はバラバラだ。
全員が座ったのを見て取り、王女さんが立ち上がる。
「おはようございますわ、皆様。本日から訓練や魔法の基礎を勉強していただく予定になっております。精をつけるためにも大地の恵みに感謝を捧げ、朝食をいただきましょう。それではどうぞ、お召し上がりください」
ぺこりと頭を下げ、王女さんは再び席に着くと料理を食べ始めた。それに習い、俺たちもスプーンと2本歯のフォークを使って食事を始めた。皆、煌びやかな雰囲気に呑まれたのか会話もなく、淡々と朝食が終了する。味の方は、まあまあと言った所だった。
全員が食器を置いた時、王女は騎士に支持を出し、自身は礼をしてから部屋を退出した。それと同時、何人かが息を吐いた音がした。
「私は本日皆様の案内役を務めさせていただきます、アルフ・ローリエと申します。皆様には、最初に魔力検査を受けていただきます。別室にて用意が済んでおりますので、移動いたしましょう」
そう言って先程王女から指示を受けていた騎士が先導して部屋を出る。魔力検査とやらを行う部屋は直ぐ近くだったようで、その足は予想より早く止まった。
中に入ると、細長い台とそれに乗った大きな水晶玉が目に入る。
「それでは、魔力検査の説明をさせていただきます。こちらの球は魔玉と呼ばれるものでして、触れることによって対象の魔力の量と瞬間放出量を測ることができます」
「あの、それはどのような形で分かるんですか?」
「こちらに手を乗せますと、魔力の量を色で、瞬間放出量を光の量で教えてくれます。例えば私ならば」
そう言って騎士さんは水晶玉の一つに手を乗せる。すると、水晶玉は紫に染まって光を放った。光は少し暗いこの部屋を明るく照らすほどで、一般的な電灯程度と言った所だろうか。
「この程度ですね。紫は一般的な魔法使いと同程度の魔力量で、放出量は宮廷付き魔法使いを少し超える位です」
それってかなり有能なんじゃないか。まあ、多分この人近衛騎士とかその辺の立場の中でもかなり上位の人間だろうからそんなものだろうが。
「魔力量の色は、上から金、銀、緑、紫、赤、青、黒となっています。黒色は魔力を持っていないことを示す色で、魔法を扱うことが出来ません。逆に金色の魔力量を持つ者はこの数十年、一人として存在していません。人類最強と呼ばれた先代国王陛下が銀の持ち主でしたが……」
魔王に負けた、と。つまり魔王は金以上の魔力の持ち主と考えた方がいい訳だ。
「それでは皆様、順番にどうぞ」
皆面白そうな顔をして水晶玉に近づいていく。球と球の間には光を遮るためか石の仕切りがあり、その中で皆一喜一憂している。
ともあれ、黒が出たものはおらず、低くとも赤色だった。最高で緑の持ち主がチラホラいた。俺と勇輝以外の全員が計測を終え、皆の視線がこちらを向く。部屋にいる何人かの騎士も期待に満ちた目でこちらを見ていた。
「それじゃあ、勇輝。お前先行けよ」
「僕?まあいいけどさ」
俺はともかく、こいつは先が読めるからなあ。どうせ……。
「よーし!」
勇輝がそう呟いて水晶玉に手を触れると水晶玉が金色に染まり、その次の瞬間に莫大な光を放った。勿論俺たち異世界組は皆想像が着いていたので、しっかりと目を瞑っていた。しかし、その上からの多大な光によって、視界が瞼の中を流れる血の色に染まる。
やがて勇輝が手を離したのか光は止み、ゆっくりと目を開く。異世界組以外の騎士達が目を押さえてうずくまっていた。恐らくあれの直撃を受けたのだろう。御愁傷様である。
しかし復活するや否や、彼らは喝采を上げて勇輝の結果を喜んだ。そして、その期待の視線は俺の元へも飛んでくる。
残念だが、その期待には答えられないだろうけど。
俺が水晶に近づき、手を乗せる。その瞬間騎士達は顔を手で覆うが、直ぐにそれを外してこちらを見る。水晶は銀に染まっていた。そこまではいい。しかし、光の量が圧倒的に少なかった。アルフの半分程度の光量だろうか。まあこんなものだろうと思って俺は手を外す。
「悪いな、期待に応えられなくて」
騎士達に向かってそう言うと、彼らは失望したと言う表情を隠して首を横に振った。
俺としてはこの結果は予想よりはるかにいい出来だったけれど、やはり騎士達の期待には応えられなかったか。俺は別に何が特別なわけでもない。勇輝のように努力しなくても出来るような人間じゃ無いのだ。俺は努力してようやく人を超えられる、至って普通の才能の持ち主だ。
「それでは、次の場所に向かいます。どうぞこちらへ」
アルフさんは動揺した様子もなく、スタスタと先を行く。皆もそれについていき、何の問題もなさそうだった。まあ、それもそうか。皆知っている。特別なのは勇輝で、俺はちょっと努力を重ねただけの凡人だってことを。
そんな皆の様子に居心地の良さを感じ、その後を行く。
次にやって来たのは訓練場のような所だった。ような、と言うか本当にそうなのだろう。横に宿舎のような建物があり、訓練場では騎士たちが行軍の訓練や剣の打ち合いをしていた。
「次はここで、戦闘訓練を行いたいと思います」
「ああ、アルフさん。ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか英雄様?」
訓練を始めようとしたアルフさんを呼び止め、班割のことを説明する。
「いやな、昨日戦いたい奴らと魔法とかを研究したい奴ら、あとこの世界のことを勉強したい奴らに分かれたんだ。だから戦闘訓練は戦闘班のメンバーだけにしてくれないか?
非戦闘班は実際に戦うわけでもないし、時間の無駄になるのはそっちも困るだろ?」
「……なるほど、分かりました。それでは一度そのように分かれて頂けますか?」
「分かりました。んじゃ班長、班員の人数確認、五列縦隊!」
班長が横に並んで、その班の所に班員が並ぶ。人数の確認が終わると、俺の所まで報告に来る。
「戦闘班A、全員いるよ」
「戦闘班Cも問題ないわ」
「情報収集班もOKだ」
「魔法研究班、全員整列終わりました」
それを聞いた俺は後ろを振り返り、声を張り上げる。
「以上、全五班。総員33名、整列完了!!」
ビシッと整列をきめた俺たちに、アルフさんが目を丸くする。そのあと、クスリと笑って他の騎士に指示を出す。
「戦闘班の皆さん、こちらに訓練用の服を用意しております。どうぞこちらに」
「えっと、情報収集班?の方々はこちらへどうぞ。書庫へとご案内いたします」
「魔法研究をする方々はこちらへ。研究棟へとご案内いたします」
二つの班はぞろぞろと訓練場を出て行った。リーダーはノートと筆記具の入った紙を常備するように言ってあるし、今すぐに仕事が始まっても問題無いはずだ。
俺たちも隣の宿舎の一室で着替えをしてから外に戻る。用意されていた服はグレーの厚手の生地で、丈夫そうなものだった。ウエストが少し緩めだが、ベルトをしっかり締めて固定する。
「そうだ、さっきは言い忘れたけど。戦闘班の中でも魔法使い志望や狙撃手志望もいるから、そう言ったことも考慮に入れてもらえると助かる」
「分かりました。手配致しましょう。さて、ここに残っているのは戦闘を望む方々と言うことでよろしいですね?」
全員が一様に頷く。その様子にアルフもうなずき、口を開く。
「それでは、まずは皆さんの体力や筋力を測って行きたいと思います。訓練するにしても、ペースやレベルがありますので」
「「「「「はい!」」」」」
「「「は、はい……」」」
元気良く返事を返しているのは運動部の奴らで、萎んでいるのがそうで無い奴らだ。魔法使い志望とか、弓を使いたい奴らなんだろう。
「そして、まず最初に行っておきますが、始めてしばらくのうちは基礎体力と筋力の向上を目指します。魔法の訓練もその合間に行いますが、しばらくはそちらがメインとなります。よろしいですね?」
そして地獄の幕が開けた。
あれから大体ニ時間くらい経っただろうか。訓練場の外周をひたすらに走り始めてから。ペースコントロールしてても、流石に疲労が隠せなくなって来た。隣に並んで走っている勇輝は全然平気そうなのだが。
他の皆は殆どギブアップし、残るは俺と勇輝。あとは能登や、陸上部の奴らだけが残っている。
「な、なあ勇輝さんや。そろそろギブアップした、らどうです、かい?」
「ハアハア、まだ、いけるさ」
ちくしょう、このチート野郎め。余裕が感じられていらっとした俺は、ついある提案をしてしまった。
「なあ、これいじょ、う、走り続けてもあれだし、ハァハァ、全力ダッシュで締めねえ?」
能登や他の面子は直ぐに頷いてくる。流石に彼らも疲れたのだろう。勇輝もそれを見て頷いた。
「よっしゃ、行くぞ!!」
そしてその数分後、あまりの疲労に地面に転がる俺たちと、たち膝になりながらも何とか立っている勇輝の姿があった。やはりこいつは化け物じみてるな。
アルフさんが感心したように拍手をしながら歩いてくる。
「流石勇者様と英雄様方ですね。私も身体強化無しでそこまで走れるかと言われるとキツイものがありますのに」
「あ″あーー。俺と勇輝は違うけど、走る専門の奴もいるからな。あとアルフさん、敬語使わないでいいぜ。あと特別扱いとか、お世辞も禁止な。色々教えてもらうのに敬語はめんどーだし」
荒れていた息を整えて立ち上がる。汗を服の袖で拭うと、どこか爽快感があった。
「英雄殿がそう言われるのなら辞めよう。しかし、意外だったな。先程もそうだったが、勇者殿ではなく英雄殿がみなをまとめているのか」
「まあ、とある班長の言うことには、勇輝は士気をあげることができても、指揮を取ることは出来ないんだとよ」
「ふむ、納得だな」
チラリと勇輝の顔をみるアルフさん。キョトンとした顔をする勇輝には、威厳や注意深さと言うものが感じられなかった。
「さて、休憩はこれくらいでいいですか?」
それから数分して、アルフさんはそう言った。俺たちはうなずき、アルフさんの出す試験に次々と取り掛かって行った。
腕立てや腹筋などの基礎的なものは勿論、関節の柔らかさを試されたり、重量挙げをさせられたりもした。様々な試験が終わって、漸く解放されると何人かはその場に横になってしまった。後半は学校の体力テストみたいだったが、普段運動しない組には堪えたようだ。
それを苦笑して見やりつつ、アルフさんの所へ行く。
「ちょっといいか、アルフさん?」
「ああ」
「魔法組の奴らがどこ行ったか教えてもらえないか?」
「ん?構わないがどうした?」
怪訝そうな顔をするアルフさんに、苦笑いしつつ答える。
「いや、少し勉強してこようかなと」
「あれだけ動いた後にか?」
「まあ、やらなくても結果出せる奴が身近にいるからな。着いて行くには必死なわけさ」
「ふむ……、やはり君は面白いな。彼処に白塗りの建物があるだろう?彼処が魔法の研究棟だ。他のもの達は彼処にいるはずだ」
アルフさんの指差す方向には確かに白塗りの建物があった。アルフさんにお礼を言って、そちらへ急いだ。