第二十四話 戴冠
すいません、遅れました。
第1章エピローグです。
俺の光剣はアドルフさんの背後の魔法陣を切り裂き、そのまま首筋へと当てられた。魔力の供給源を失った魔弦は全て大気へと溶けて消える。俺の、勝ちだった。
「俺の勝ち、でいいよな?」
「本当に……つよくなられましたなぁ……」
そう呟くや、アルフさんの体がずるりと倒れていった。今日何度目かの歓声を聞きながら、俺は光剣を消して腰へと戻した。アドルフさんの肩から抜けた魔結晶も、キョウの体内へと還った。
ため息とともに一つ、呟く。
「また後でな、アドルフさん」
アドルフさんの口角が少し上がった気がした。
その後、戦後処理はつつがなく進められた。と言うのも、姫さんが今回の戦に参戦した騎士達に一切の責任を問わなかったからである。騎士国のほぼ全騎士の集まった草原にて、姫さんは演説を行ったのだ。
曰く、
『この度の戦は全て、この身の無力が引き起こしたこと。よってその責任は、誰よりも先に私が問われるべきものです。
しかし、私は立ち止まるわけにはいきません。故に、私は皆様にこの先を見せることで償いをして行きたいと思います』
という意味のことを長々と話していた。
その立ち居振る舞いは堂々たるもので、やはり姫さんが王女であることを再認識させられた。
ーーーそんな姫さんあるが、あの戦から二日が経った今日、女王になる。
ワアアアアアッーーーー
城全体を震わせる歓声の中、姫さんはじっと瞑目していた。外では楽団が様々な楽器を鳴らしている。出番はもうそろそろだろう。
視界の端では勇輝がその身にまとった衣装をしげしげと眺めている。勇輝の衣装は上下ともに純白で、全体に散りばめられた金糸の装飾が美しい。放っているマントも純白である。腰には一本の長剣が下げられている。
一方俺は漆黒の鎧に青い翼を生やしている。戦争の時とは違い、武装の類は一切身につけてはいない。まあ、剣翼一本あれば大抵の敵には十分だし、その魔力を解き放てば都市一つ落とすことも難しくはないだろう。それが四対八翼。そういう意味では過剰武装ではある。
ドオオオンッと腹に響く音で太鼓が鳴らされた。一拍おいてもう一度。それによって歓声が徐々に静まってゆく。ゆるりと姫さんが立ち上がる。
「それでは二人とも、参りましょう」
「うん」
「はいよ」
短く返し、テラスの扉を二人で開く。開け放たれたそこを、姫さんが悠々と通り抜けた。
その先には台座とその上に王冠が鎮座していた。その前まで姫さんが進み出て、その両脇に俺たちが控えた。
姫さんは、決然とした様子で眼下の人々を見下ろし、ゆっくりと口を開いた。
『オーリンズの民の皆さん、アルテナ・ウィグ・オーリンズです。
先王の死からおよそ2ヶ月。あの戦争から二日が経ちました。
魔族を退けはしたものの、この国の行く末は未だ明るいとは到底言えない現状です。
ーーー白状しましょう。
私にはまだ、高尚な言葉を吐くだけの力も、現状を打破しうる力もありません。
私自身は権力を持っただけの小娘にすぎず、平和を求めてもがくことがやっとです』
姫さんの言葉にざわめきが広がってゆく。当然だ。どこの国に戴冠式の場で自らの非力を白状する王がいるというのだ。まあ、この国だが。
『ならば、私は力ある方々に、その力を少しずつ借りましょう。
騎士の方からは武の力を。
文官の方からは智の力を。
民草の皆さんからは数の力を。
分けられた力を束ね、弓につがえましょう。
運命に弓引く力が足りないのならば、英雄と勇者の手を借りましょう。
それでも、最後だけは私の意思で放ちましょう。それが王族最後の一人である、ちっぽけな私のせめてもの在り方ですから』
言葉だけ聞けば、ただの他力本願。しかしそれでも、姫さんの眼差しは王たる者のそれだった。
『私には借りた力に返せるものは持ち合わせておりません。故に、皆さんにはただ勝利をもって報います。
私が私で、そして皆さんが皆さんで在れる
ように』
姫さんは台座の上の王冠を、自ら手に取り、自らの手で自分の頭に乗せた。
『ーーーここに、第62代オーリンズ騎士国国王の即位を宣言します』
瞬間、王都が爆ぜた。そう誤認させるほどの絶叫が、この街を満たした。
思わず、ニヤリと笑って勇輝に視線を向ける。勇輝も不敵な笑みを返してきた。こう、何だろうか?一発やってやりたくなったのだ。
俺の背の剣翼が外れ、一気に空へと昇っていく。八翼はそれぞれを円を描いて回転してその形を崩し、光の帯となって王都一帯の空に巨大な魔法陣を発生させる。その発光がするやいなや、雲一つない青空が一転し、星空へと変わる。
あの視線の交差で、勇輝は俺の意図を完璧に理解していた。その口を開き、ただ一言詠唱を行う。
『極光よ、在れ』
空が瞬いた。虹色の光が、空を埋め尽くす。暗黒の中に浮かぶ、光のカーテンはそれを見上げる誰をも平等に照らした。
新王も。騎士も。文官も。商人も。農民も。
誰も彼も、ただ目の前の光景に呑まれた。
「「戴冠、おめでとうアルテナ女王」」
二人の揃った声に、姫さん……いや女王さんがこちらを振り向いた。
その頰には涙を。そして、口元には笑みを浮かべて。
その笑顔は、空のオーロラよりも眩しかった。
王城地下。そこには牢が存在する。とは言っても、普通の罪人を入れる牢ではない。有力貴族の謀反人などを収容する施設で、そこそこ豪華な部屋である。ここに収容される謀反人は、基本的に容赦無く死刑が言い渡されるのだが、今回は少し毛色が違った。
その男はある日、この街へとやってきた。そしてそこで暮らす内、この街と国を愛した男はその力を国のためにと使った。その功績たるや、騎士の中で四本の指に入るほど。とある出来事が起こるまで、その男は”英雄”だった。
新たな英雄が現れたとき、その男は王国へと牙を剥いた。一度は新たな英雄を倒した旧き英雄。しかし、戻ってきた英雄は、男を討ち果たした。
その結果、男はここにいる。今までの功績故に殺されることもなく、かといって許されることもなく。どっちつかずのまま、男は一週間もこの部屋にいた。
今日その男の元へ、英雄がやってきてこう問うた。
「満足のいく結果は手に入ったか?」
男は頷く。そして、もう分かっている答えを求めて問い返した。
「英雄になる覚悟はできましたかな?」
英雄は、苦々しげに。しかし確かに頷いた。そして、その言葉を絞り出す。
ーーーーー俺はもう、帰れない
遅れた言い訳なのですが、二章の原稿八万字が消失してしまうというハートブレイクな出来事があったのです。
この一週間半、本当に指が動きませんでした。とはいえ、復活はしたのでご安心を。
更新は不定期になってしまいますが、週に一度か二度はしていくので、今後ともお願いします!!