第二十三話 リベンジ
戦争行為は全て停止していた。乱戦になっていた降伏派との戦場でも、両派一丸となって近くにいる人の救助を行っていた。
「ふぅ……」
その様子に安堵のため息が漏れ出た。後々、その罪を問うことになるだろうが、少なくとも今は全員が一つになれていた。
下を見れば外壁の上で姫さんとシャルルが手を振っていた。そこに向けて降下していくと、二人が迎えてくれた。
「お疲れ様。大丈夫だった?」
「ああ、これくらいなら問題無いよ」
力瘤を作るかのようなポーズをすると、シャルルはクスリと笑った。
「そっちは?」
「こっちも何ともなかったよ。つばさ君の最初の言葉の後からずっと戦いが止まってたから」
……どういうことだ?たとえ俺が帰って来たとしても、彼奴らがそこですぐに戦争をやめるか?本来ならここで一度魔族を退けたところで、次があるのは明白。それによって国家が衰退するのを見兼ねたのが降伏派のはずだろ?
思考が渦となって巡り始めた時、不意に姫さんから声が掛けられた。
「あ、あの、ツバサ様?本当に、終わったのですか?」
「ああ。取り敢えず、これで戦争は終わった」
そう返すと、姫さんは力が抜けたのかその場に崩れ落ちてしまった。慌ててシャルルが駆け寄り、その背中をさすっている。
「よか、良かった……っ!!これ以上、殺されず、殺さなくともよいのですね……」
まだ魔族との戦争が終わったわけじゃない。奴らの目的を考えれば、俺が約束を果たしさえすれば、あとは御構い無しに攻めてくる可能性だってある。しかし、今はそれを言う気にはなれなかった。
涙を流して安堵しているその小さな肩に、どうしてそんなことが言えるだろうか?
涙で崩れた顔を見ないようにそっと顔をそらす。すると、外壁の下の戦場が目に入った。夥しいかずの怪我人が街の中へと運ばれていく。だがそこに一抹の違和感を覚えた。
「……死人が、いない?」
「そ、それはどういうことですか!?」
思わず出た言葉に真っ先に反応したのは姫さんだった。俺も慌ててもう一度、今度は魔力も使って正確に調べてみたが、結果は変わらなかった。
「おかしい……。なぜ、1人も死人がいない?この戦場で、こんな乱戦で、人が一人も死なないなんてことがあっていいのか?」
「そんな!?私は確かにこの手で弓を射ました!!何人もの兵士の方が倒れていくのをこの目で!」
「いや、間違いない。重傷者はいても、死人はいない。今ならまだ誰も死なずに済む!シャルルッ!!」
シャルルはすぐさま頷き、その右腕にある腕輪へと魔力を流した。そこに込められたギミックは即座に展開し、シャルルの手に一丁のライフルが握られた。
そしてその身体の周囲には俺と同じ銀球が三つ浮かび上がる。シャルルはそれを天へと飛ばし、その銀球へと銃口を向ける。銀球は王都の上空に到達したところで停止。中に込められた魔力を解放した。
俺の翼から出る粒子に似たものがキラキラと溢れ出し、王都と、両戦場へと降り注いで行く。これは、魔力の粒子。キョウが魔力を固形化する能力を持つことが判明してすぐに作られた、シャルルの魔力で作られた魔結晶。それが崩れて雪のように降っているのだ。
その色は純白。勇輝とも違う、シャルルの色。シャルルは未だ指向性を持たない魔力に向け、トリガーを引いた。
白い光の柱が走り、それに込められた魔法が周囲の魔力を感化して、連鎖的反応で膨大な範囲を包んで行く。
その中にいた人々の傷が、瞬く間に癒されていく。腕や足が無くなったものも、その光を浴びれば四肢が元通りになった。頭蓋骨が陥没するような大怪我も、瞬く間に治った。戦場の誰もが、王都の誰もが、その幻想的な光景をただただ見つめていた。
しばらくすると全ての粒子が大気へと溶けて消えた。そして幾度目かの大歓声があがった。
「…………」
そんな中で俺は、一人戦慄していた。こんなことが起こりうるのかと。姫さんのさっきの取り乱しようから、恐らくかなり高威力の魔法を放ったことが分かる。それにここに来た時には魔弦も使われていたのだ。死人が出ていないはずがない。
故に、今死人が出ていないのはたまたまの偶然に過ぎない。だとしたら、その何千、何万、何億分の1の可能性をだれが現実にした?いや、いっそゼロといっても過言ではない確率のはずなのだ。
「俺のライバルは、ここまで常識外れだったか?」
勇輝はさっき言っていた。天に昇る柱。あれは転移魔法だと。勇輝は大丈夫と言ったのだ。きっと何処かに送られた人達も無事なのだろう。それならば、この戦争での被害者は総勢0人?
「ほんっと、嫌になるよ」
不可能を、そこに存在するだけで可能にする男。まさにチートの塊じゃないか。背筋をゾクゾクとしたものが走り抜けていく。
今までだってこんなことはあった。学校がテロリストに占拠された時も、発砲が数度あったにも関わらず死人どころか怪我人一つでなかった。だが、今回はそんなのとはレベルが、規模が違う。明確な殺し合いの場で、両陣営が死者無しで終了?
あいつは本当にどこまで行くつもりなのだろう?俺は追いつけるのか?
「いや、今はいい」
頭を数度振って、違和感と気味の悪さをふるい落とした。今はまだ、やらなきゃならないことが残っている。
それに、どうやら向こうから来てくれるみたいだ。俺は静かに翼を広げ、表出した魔力の方をじっと睨んだ。
俺の様子に何か気づいたのか、シャルルがこえをかけようとしてきたが、それを手で止めた。その時、戦場へとあの人の声が響いてきた。
『私はアドルフ・ガーヴィである!!
英雄殿、私はその力をまだ信用できていない。故に、その力を示して欲しい!!』
何時ものですぞ口調ではない、真っ直ぐな言葉。アドルフさんは一呼吸置いて、次の言葉を吐き出した。
『私は、英雄殿へと一騎打ちを申し込む!!』
その言葉に戦場がざわついてゆく。誰もが戦争の終わりで弛緩していたのだ。突然の宣言にざわつくのも仕方ないだろう。
俺は地面を蹴って空を飛び、悠々と進んでアドルフさんの前に降り立つ。そこは既に数十メートルもの円状に人が立ち退いていた。その中心に立つのはただ一人。俺に魔法を教えてくれ、コロン大森林では俺をコテンパンにした人。アドルフさんのみ。
「まさか、生きているとは思いませんでしたぞ」
「嘘こけ、今確信したよ。俺が来たら戦争の中止をするように言ったの、あんただな?」
人の悪い笑みを浮かべるアドルフさんにそう毒付く。しかし、アドルフさんは取り合わず、魔法の詠唱を終わらせてしまった。その背にある魔法陣から無数の糸が周囲に張り巡らされてゆく。
「何のことですかな?ですが、まあ、先ほど申した言葉も事実。この私に進化した貴方を見せてくだされ」
「ったく、なにが本音なのやら」
アドルフさんは両手を広げ、こちらをじっと見据えた。俺は両腰の光剣を引き抜き、構えた。
開幕の狼煙は一瞬。アドルフさんの不可視の斬撃が殺到し、俺の光剣がそれらを一太刀で全て切り裂く。
すると今度は切れた先からさらに糸が伸び、針のように刺突をしてくるのだ。背後を塞ぐ糸を剣翼を振るって斬り払う。バックステップで刺突を避けながら、飛来する糸で作られた槍の大群を見やる。
「食らいやがれっ!!!」
腰の銃をひっつかみ、銃身を伸ばすこともせずにそのまま撃ち放った。銃口からはまるで散弾のように幾十もの閃光が無作為に放たれ、飛来する槍の多くを消し飛ばした。撃ち漏らしを剣で切り裂き、今度は一転して前方へと走った。
アドルフさんがいるであろう方向からは不可視、可視の入り乱れた攻撃が雨のように襲いかかってくる。それを銃と八つの剣翼で防ぎながら、魔力を探る。これだけの糸があると、まるで霧の中に入り込んでしまったかのように周囲が見れなくなる。
当てになるのは魔力の感覚のみである。魔力の探査に意識を切り替えた途端、上空から飛来するものを感じてその場から飛び退る。そのコンマ数秒後、上空から十メートルは超えそうなサイズの大剣が俺のいた場所を薙いでいた。
「あっぶーーーーーっと!!」
言葉の途中で再度体験が振るわれ、身体全体を使った跳躍でそれを躱す。それと同時に光剣を伸ばしてその大剣を切り飛ばした。そして再び走り出そうとして、背筋に冷たいものが走った。本能に従って俺は全剣翼を背中から外して俺の前方に密集させる。
次の瞬間、大剣が形を崩し、周囲に嵐のような斬撃を撒き散らした。その猛攻をなんとか防げたかと思えば、また次の魔力反応が俺の肌を打つ。大剣の中からアドルフさん本人が強襲したのだ。
「ーーーッ!!」
突き出された槍を弾き、後ろへ跳んで間合いを取る。
「腕を上げましたな」
「というよりは相性だったな。やっぱり手数の違いは痛かったよ」
そんなやりとりをしながら槍と光剣を交わす。俺は剣翼の半数を宙へと飛ばして糸を払い、アドルフさんは糸の上を滑るように移動しながら槍や斬撃を放ってくる。
「何でここまでする必要があったんだ!!」
「貴方も、勇者殿も、綺麗過ぎるのですぞ!!あれでは、いつか周囲を巻き込んで倒れ得ない!!
幼い精神で、それだけの力を振るう歪さ!!ただ強いだけなら良かった!!ただ幼いだけなら良かった!だが貴方達は伝説を背負っているのですぞ!!」
「だから裏切ったっていうのかよ!!」
「貴方達は知る必要があった!身近なものでも簡単に裏切られる世界を!」
どこか芝居臭い台詞の中で、互いの剣と槍は止まらない。剣技を、魔法を、銃撃を。自身につけた力の全てを振るって相手を屠らんとする。
既にこの戦いがこのままで終わることがないことは悟っている。それは向こうも同じだろう。だから、わざと足を止める。
そして、アドルフさんもそれを罠だと知りながら糸をこちらへと向けてきた。
360度全方位から視界が白に埋まるほどの斬撃が襲いかかってきた。それを全て切りはらった先に、アドルフさんはいた。
その槍をこちらの心臓に向けて。小細工なしの、本気の突きだった。
交差する一瞬、蒼い光が宙を走った。
アドルフさんの槍は俺の胸の寸前で。
そして、俺の胸の中心から生えた蒼い鉱石はアドルフさんの肩を貫いていた。
そして俺は、最後の一撃を放った。