第二十一話 英雄の降臨
「んじゃあ、爺ちゃん。行ってくるわ」
「ふむ、また来ると良い。異世界の話は退屈しのぎに丁度良いからのう」
大精霊の爺ちゃんから開戦の報を聞いてから30分ほど。俺とシャルルは村の人たちに別れの挨拶をしていた。
「シャルおねえちゃん、いっちゃうの?」
「そうだよ。お兄ちゃんと一緒に行ってくるね」
「ええ〜!!やだーー!」
「ごめんね、アイナちゃん。でも、絶対また来るから!」
この一週間、俺たちは修行と称してこの村の人たちに便利な魔法具を作りまくっていた。元の世界の便利グッズがベースのそれらは瞬く間に大ヒット。村の人たちとの距離を縮めるのに役立ってくれた。
とくにシャルルは子供達から大人気で、今も子供達一人一人に話しかけて回っていた。
「でもねえ、つばさ君。本当に大丈夫かい?」
「ま、大丈夫っすよ。そのために頑張りしたから」
「おい坊主、お前さんの作る金属はいいのばっかだったからな!また売りに来いよ!」
いつも差し入れをくれてたおばちゃんとか、鍛冶屋のおっちゃんとかいろんな人が笑って送り出そうとしてくれていた。
ふと、この世界に来てからここまで人と深く関わったのは初めてであることに気付き、何となくしんみりしてしまう。だけどまあ、これから何度だって会えるだろう。そう思うとそんな気分も吹き飛ぶ。
「シャルル、そろそろ行こう。あいつらも大変だろうしな」
「うん!みんな、またね!!」
走り寄ってきたシャルルに笑いかけ、腕輪へと魔力を流す。腕輪は光を放ち、俺の身体に漆黒の鎧を纏わせる。ところどころに金の装飾が設けられ、その中心にある空洞から全身に向かって透明な管が走っている。
頭の上に乗っていたキョウがスルリとその空洞に入り込む。するとその管にキョウの身体が流れた。そしてそれが背中へと到達するとズバッと音を立てて様々な剣の形をした、八剣四対の翼が生えた。これらは全てキョウの作るあの魔力で作られた鉱石、《魔結晶》が形を変えたものである。この鎧が俺とシャルルの一週間の努力の結晶だ。武器、その他も相当数搭載している。
「ミネルバ、準備は?」
「完璧さね。英雄の坊やのおかげで荷造りが楽になったからねぇ」
ハイネとミネルバがそんなことを言い合いながら騎竜へと乗り込んでいる。ハイネはともかく、ここで数年を過ごしたミネルバも王都へ帰還すると言い出した時は驚いた。
話によると、もともと何時かは帰ろうと思っていたそうなのだ。だが、ここの居心地が良かったため、ズルズルとその機会を先延ばしにしていたのだという。
そして友人のハイネが来て、騎士国の現状を知ったことでその覚悟が決まったのだそうだ。彼女は魔族の侵攻が始まる直前あたりに落ちてきたため、国王がなくなったことすら知らず、そのことを知らせた時は涙を流して悲しんでいた。
それ以降、俺達の武器の試験や模擬戦に散々付き合ってくれた。騎竜を降りても彼女は十分強かった。おかげでいい武器が多数作れた。
「坊や、こっちはいいよ」
「了解。シャルル」
うん、と微笑んで抱きついてくるシャルルをお姫様抱っこで持ち上げた。
「じゃあ、皆。行ってくるわ」
「本当にありがとうございました!」
そして、膝を撓めて全力で跳躍する。それと同時に背中の剣翼が駆動し、その切っ先を地面へと向ける。剣翼から青い魔力が吹き出し、スピードを上げる。重力に逆らい、恐るべき速度で落ちてきた穴を登って行った。幻術の雲を突き破り、視界に空が開けた。
虚無の大穴を抜けると、その上空で剣翼を広げてホバリングし、ハイネ達を待つ。
「久しぶりの空だな」
「うん、本当にね」
「あの時はこっぴどく負けたからな。リベンジしなきゃな」
そう呟くと、シャルルは仕方がなさそうに微笑んだ。
「覚悟はできてるか?」
「私は大丈夫。つばさ君は?」
「当然、出来てるさ」
そうして話しているうちにハイネ達がやって来た。
「英雄殿!戦況が芳しくないそうです!先に行ってください!!」
「は?勇輝がいるのに、か?……まあ、いい。了解した!!後から追いついてきてくれ」
身体を前に倒すと再び翼が駆動し、青い粒子を猛然と放った。一瞬でトップスピードに到達し、凄い速さで景色が流れていく。
この装備は全てキョウによって制御・管理されている。俺とキョウは思考の伝達をかなり訓練し、お互いの思考がほぼロスなしで伝わっている。それにより、俺のしたいこと、動きたいものに合わせて剣翼やその他装備群に魔力を流しているのだ。これは演算速度が桁外れのキョウだからこそできることだろう。
実はこれだけの距離を飛んだのは初めてなのだが、安定しているし魔力残量は腐るほどある。全く問題ないようだ。
「でも皆大丈夫なのかな?」
「分からないな……。少なくとも向こうでは、勇輝が味方に付いた側が負けたことはなかった。ただ、ここは異世界だし、死人が出ない保証は、ない」
そう言うとシャルルは不安げに眉をひそめた。それに笑いかけながら、自分にも言い聞かせるように呟いた。
「少なくとも、あいつが守りたいと思うものが傷つくことはあり得ないさ。絶対にな」
「……うん」
「それに、その状況をなんとかするために今から行くんだ!頑張ろうぜ」
「そう、だよね。頑張ろうね、一緒に」
「ああ」
そしてついに森を抜け、平原が広がった。ここからは全力で行こうか。
剣翼に流す魔力量を倍ほどに増やしていく。スピードがどんどん増し、先程まで流れていた景色が、今では見えた途端に背後に置き去り、というレベルになっている。ここまでの速度は飛行訓練でも出していなかったが、理論上は何も問題ない。そして実際何の問題もなかった。
あの日、丸一日かけた道のりを今、数十秒で超えてしまった。見えてきた王都。しかしその様子は普段のものとは全く違う。悲鳴と怒号が響き、空気の張り詰めた世界。思わず唾を飲み込んだ。
「ひでえな……」
俺から見て右側の戦場では、土色の騎士達が互いを砕こうと柄のない剣を振るいあっている。この魔力の感じは恐らくアルフさんの魔法だろう。らしいと言えばらしい魔法だしな。だが、同じ魔法同士が争っているのが気になる。もし相手側にアルフさんの魔法から生まれた魔族がいるなら、アルフさんはそいつに勝てはしないだろう。
ーーー人間の術者が同じ魔法で魔族に勝てることは、絶対にあり得ないのだから。
それに、左の戦場もまずい。戦域全体に夥しい数の糸が張り巡らされている。アドルフさんが戦線に出てきたのだろう。何とか抵抗しているが、それが崩れるのも時間の問題だ。
「まずは姫さんだな」
一旦その場にとどまり、意識を集中させる。魔力を探っているのだ。
この一週間、魔力を感じ、その意味を調べ、変質させる作業をエンドレスで続けた俺達は、こと魔力において鋭敏な感覚を手に入れた。今ならば魔力だけで数キロ先の群衆の中から1人を見つけ出すことなど、造作もない。
「見つけた。外壁の上か」
すぐさまそちらへと急行する。騎士達に囲まれた姫さんはこちらに向かって手を振っていた。スピードを緩め、剣翼を操作して軟着陸を果たした。
「ツバサ様!!」
シャルルを地面に下ろすと同時、姫さんが俺の胸の中に飛び込んできた。シャルルの前だし、慌てて離そうとしたが、その顔を見て手が止まる。泣いていたのだ。騎士達も唖然としている。
いろいろと困り、シャルルを向くと彼女は微笑んでいた。ふぅ、と息を吐き、姫さんの頭を撫でてやる。
「悪いな、待たせちまって」
「いいのです……。貴方は戻ってきてくださいました」
そう言って、姫さんは顔を上げる。
「どうか、この国をお救いください……。私達にはもう、それを成すだけの力がないのです」
「ああ、最初からそのつもりだよ。だから泣き止めって」
長い睫毛についた涙の雫を取ってやる。すると、漸く姫さんは笑顔を浮かべた。
「そうそう。姫さんは笑って立っててやれ。それだけでみんな戦える」
姫さんの身体を離し、剣翼を広げた。青い粒子が吹き出して俺の身体を僅かに浮かせる。
「魔族との戦場が酷いから、俺はそっちに行く。ここにはシャルルを残していく」
いいよな?と視線を向けるとシャルルは笑って頷いた。
騎士達の方を向くと、一斉に跪かれた。その様子に苦笑しつつ、俺は王都上空へと飛び上がった。そのまま戦場に行こうかと思ったが、その戦場にいる彼らがこちらを見ていたので気が変わった。
「一発示してやるか……。『コール・オールウェポン』」
そう呟くと、腰に二つの柄とデカい銃が、足には脛の部分にブレードが、周囲には八つの銀色の球体が、出現した。
そして腰にある銃を引っ掴み、両腕で構える。銃床からはケーブルが伸び、尾てい骨のあたりで接続されている。そこから一気に魔力が流れ込んで行く。すると銃身に仕込まれたギミックが展開し、砲身が伸びた。全長2メートルのソレを、空へと向ける。
「さあ、お披露目だ!!」
引き金を引いた瞬間、とんでもない反動が俺を襲い、姿勢を維持しようと剣翼から魔力が放射される。そして、空に浮かぶ雲をぶっとい光線が突き破り、吹き飛ばしてしまった。
一拍、静寂が場を支配し、次の瞬間、戦場が湧いた。その中で『響け』と呟く。
『俺は、《英雄》八坂つばさだ!!国軍も国民も、降伏派の連中も、全員刮目してろよ。今からお前らの見たがってた、
ーーー希望っていうのを見せてやる』
戦場から、そして王都の街から絶叫が響き渡った。銃にもう一度魔力を流して短くし、腰に戻す。
「さ、やりますか!!」
俺の周囲をクルクル回る銀球を引き連れ、王都東の戦場、その最前線へと飛び込んで行く。銀の甲冑を着た騎士団へと迫る土色の騎士達の前へと降り立った。
それと同時、剣翼が背中から分離して浮かび、その切っ先を土の騎士へと向ける。俺も腰の柄を握った。
「行くぞっ!!」
走り出しながら腰の柄を抜刀する。するとビームサーベルの如くその先から光の刀身が伸びてゆく。だが、その長さも形もビームサーベルどころではない。それは十数メートルにも伸びた光の大剣だった。
両手に持ったそれを、クロスさせるように思いっきり振り切る。圧倒的な膂力に物を言わせた神速の斬撃は、その威力を存分に発揮した。円周上にいた土騎士全てを三つに引き裂いたのである。
背後の騎士達から歓声が湧き上がり、それに再びの一閃で答える。たった4回の斬撃で、土騎士はその数を半数にまで減らした。俺の周りには崩れて土に戻った騎士たちのみが残る。
「おら、来いよ」
感情のないであろう騎士達は、目の前で仲間が潰されたというのにそのまま突っ込んでくる。それに対して俺は光の大剣を2メートルほどに固定し、敵に向かって駆け出す。それに合わせて剣翼が散開。一足早く敵を切り刻み始める。
俺も即座にその中へと飛び込み、剣戟の嵐の中で踊り狂う。光の大剣と剣翼の前に、一切の反抗も出来ずに土騎士達が沈んでゆく。一振りごとに数体を切り裂き、次の獲物へと進んで行く。
そしてその数分後、あれほど銀の騎士達を追い詰めていた土騎士は一体残らず駆逐されていた。呆小山のように積もった土の上で佇む俺に、騎士達が呆然と視線を向けていた。
「この戦場は勝利も目前だ!!騎士達よ!俺に続けえええっ!!!」
『うおおおおおおおおっ!!!!!!』
大剣を掲げて雄叫びを上げ、息を吹き返した騎士達と共に戦場を走る。目に付いた土騎士を片っ端から切り捨て、その先にいるであろう勇輝達の元へと。
そしてそれから五百は切ったかと思った頃、ついにその姿が目に入る。長い白髪をたなびかせ、ロングソードを振るうその姿。
「勇輝っ!」
「つばさっ!!」
その背後へと忍び寄っていた魔物を一刀両断し、その横へと並ぶ。
「遅かったじゃないか?」
「悪いな。パワーアップに手間取ってたんだ」
そう会話しながら、俺が魔物の足を切り捨て、勇輝がその首を飛ばす。
「いいねいいね。やっぱりつばさは凄いよ!”今の僕”じゃ絶対に勝てないところまで登って来てくれる!!流石僕の相棒だ!」
「って言ってもお前直ぐに抜いてくじゃないか」
「それでも、負けるかもと思わせてくれるのはつばさだけだよ」
「そりゃ光栄なこって。じゃあお前もさっさと本気出せ。今回は先約があるからさ」
悠長な会話の中でも剣戟は一切止まない。俺と勇輝の剣はまだまだ湧いてくる土騎士を屠り続けている。
その中で、勇輝は楽しそうに笑う。
「そうか、なら真面目にやるとするよ『飛斬』」
言下、勇輝が剣を振るうと光の軌跡が走り、その延長線上にいる全てが切り払われた。
「やっぱ手抜きしてたか。どれだけが死人になったと思ってる?」
「ん〜、僕の勘が大丈夫って告げてたんだよ」
「大丈夫?」
意味がわからなくて聞き返すと、勇輝は衝撃の一言を放った。
「うん。あの光の柱、多分転送の魔法だと思うんだよね」
「は?それってーーーーーーッ!?」
疑問の声を上げようとして、結局その先は聞こえなかった。なぜなら、ついに辿り着いた大きな魔力反応の地点。
そこには悲しげな二人の少年と、倒れ伏すアルフさんがいたのだった。