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蒼翼の英雄と白金の勇者  作者: ε-(´∀`; )
第一章 蒼翼の英雄
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第二十話 王女としての矜持(※アルテナ王女視点)

「姫様、お召し物を……」


「ええ、ありがとう」


侍従のメリアが慣れた手つきで私の着ているドレスを脱がしていく。下着のみの姿になり、寒さに思わず吐息が漏れてしまう。

それに気がついたのか、メリアがクスクスと笑った。


「やはり姫様は姫様ですね」


「それはどういうことかしら?」


「いえ、先王亡き後、いえ先王が戦場に出ざるを得ない状況に陥った時から姫様はずっと固いままでしたから」


それはそうです。王族として、次の王として、気を抜くわけにはいかない状況だったのですから。


「あの方達が来てからでしょうか?姫様が再び笑われるようになったのは……」


「そうかしら?」


「そうですよ。姫様の話し相手として五年、侍従として六年を共に過ごした私が言うのですから」


「ふふ、なら確かなのでしょうね」


勇輝様のおかげかしら?あの方の姿は見ているだけで心が躍るものがあります。強者であるが故に、どんな道も自分の思う通りに進んで行けるあのお方。それはある意味、私の目指している場所でもありますから。

目標が出来たというのは、とても嬉しいことでした。あの方達の武勇伝を聞けば、胸が震え、夢を見ることすらできました。この国が窮地を脱し、在りし日の騎士国の姿を取り戻すという夢を。


「本当に、勇輝様には感謝ですわね」


「へ?」


「メリア、どうかしたのですか?」


「英雄様では無いのですか?」


は?と今度は私が首を傾げる番でした。止まらずに動いていた、メリアの着付けの手も止まります。


「なぜ、ツバサ様の名前を?」


「だって姫様、あの方が会いに来ると私にも見せてくださらないような本当に可愛らしい笑みをお浮かべなさるんですもの」


「そうかしら?」


「そうですよ!それにつばさ様が行方不明になったと聞いた時に泣きそうになってたじゃないですか!」


そ、そうだったかしら?あの方は私に敬語を使わないただ一人のお方ですし、ご友人としてはとても良い人だと思いますけれど……。


「はあ、まあご自分のペースで進んでいけばいいとは思いますけれど、早くしなければ手遅れになるかもしれませんよ?」


「て、手遅れ?」


「ええ!私、英雄様の班の真中様と少々交流があるのですが、彼女の話では三塚様が英雄様に焦がれていらっしゃるとか」


そ、そんなことを言われても……。私には、関係のないことですし?……なぜかあまりいい気がしませんね。この気持ちは一体何なのでしょう?

とそこまで考えた時、天幕に侍女が入ってきました。


「姫様、お時間です」


その一言で、先程まで私の中にあった靄や取り払われました。意識が切り替わるようにして、王族としての姿へ。


「メリア」


「はい、こちらを……」


既に着付けは終わっています。メリアも先程までのような気安い態度ではなく、王女の侍従として振舞っています。そして、メリアが恭しく差し出してくる弓を手に取りました。

その弓は、最期の戦いに出る直前、お父様が下さった武具。剣にも槍にも才能のなかった私の、唯一人並み以上に扱えた武器。

腰に矢筒を提げ、天幕を出る。


「メリア、行ってきます」


「いってらっしゃいませ、姫様。ご武運を」









オーリンズの王都、コールドハイスは広大な平原にポツリと存在します。戦禍により疲弊しているとはいえ、未だ活気を讃える美しい街並み。それを支えるのが街そのものをぐるりと囲む外壁です。

この外壁にはその至る所に迎撃用の魔法具が数多に設置され、オーリンズ騎士国最後にして最大の盾として存在しているのです。私は今、護衛の近衛騎士達を引き連れて、その外壁の上から居並ぶ騎士達を見下ろしていました。

四千と三千五百。合わせて七千五百の軍勢。元々私たちは同じ志を持った同士だったのに……。他に道は無かったのでしょうか?

私は自らの疑問に対して答えを返す。


『それはあり得ませんわ。戦を終わらせる為に戦う彼らと、戦を続ける為に戦う私達。相入れる筈がありません』


ーーー何故、こんなことに?


ふと浮かんだ疑問に今度こそ失笑が漏れてしまいました。己のことながら、愚かでなりません。


「私が、私が弱かったからに決まっているでしょうっ!!」


彼らもお父様がご存命であった時は、まだ私達の勝利を捨ててはいなかった。しかし、お父様がいなくなり、私が王の代理に座った時。彼らに疑問が浮かんだのでしょう。


ーーーあの王ですら敵わなかった敵に、王女が勝てるのか?と。


そう、全ては私の責任。彼らに道を示すことも出来ず、関係のない人達を巻き込むという選択を犯した私の。


「だからせめて、残ってくれた彼らにだけは示さなければならないのです」


王族の矜持を、その行く末を。


両軍はじりじりと距離を詰め、衝突まであと数十メートル。何らかの切っ掛けがあれば、この均衡は崩れ去ります。

ならば、その号砲を私が放ちましょう。愛する臣民を、殺す覚悟をもって。左手に持った弓を構え、腰の矢筒から一本の弓を引き抜く。矢を弓につがえ、渾身の力を込めて弦を引いてゆきます。そして、その詠唱を。


『高き者達に届かぬこの身。されどそこへと至るため、私は私の積み上げたもの全てを捧げましょう。

その身は届かずとも、せめてこの一矢は天上に至るように。さあ行きなさい、私の代わりに。全てを射抜いて、ただ高みに』


これまでこの矢にコツコツと込めてきた魔力、そして私自身が持つ魔力。その全てを解放し、攻撃力へと転換させる術式。詠唱の時間短縮を完全に放棄し、威力だけを追求したもの。その威力はお父様をして、瞬間的にならば最強の威力を持つと言わせしめました。

そんな一矢を、民に向け、放った。


ギュアッ!!!!


普通の弓ではあり得ない音を立てて、光を纏った矢が放たれました。それは恐るべき加速を持って爆進し、空に光の尾を描いてゆく。

そして、それが放たれてから降伏派の軍の先頭を歩く騎士に着弾するまでの僅かな時間。空気が凪いだように静まり返りました。そして、それが破られた時。そこにはただ惨劇のみが残りました。


「ああっ、……ごめんなさい……ごめんなさい」


私の放った矢は、先頭の騎士数人を余波でまとめて弾けさせました。余波のみで、人が潰れ、ひしゃげて行くのです。矢に貫かれた者は原型すら残さず消滅。それでも矢は止まらず、軍勢の隊列を縦断するかのように突き進み、果てには軍勢の向こうへと抜けて地面へと着弾。大きな爆発を起こしました。

何十人が亡くなったのでしょうか?もしかすれば、死者の数は百にも登るかもしれない……。そう考えた瞬間、両手がガタガタと震え始めました。初めてこの両手を血で濡らし、そしてその血は愛する国民のもの……。この罪は、きっと消えることは生涯あり得ないでしょう。


「王女殿下……」


「いえ、だい、じょうぶです。私が、決めたことですから」


心配して近寄ろうとした騎士を言葉で止め、震える右手で同じく震えている左手を無理やりに抑え込む。そうです、今は震えてなどいられはしないのです……。

震える声で最後の魔力を振り絞った拡声の呪文を唱え、最後の一押しを。


「全軍、突撃ぃいいいい!!」


『うおおおおおおおおおっ!!!!!!』


『うわああああああああっ!??!?!?』


突然起きた惨劇に全てが静止していた戦場に私の声が響き渡った次の瞬間、味方からは怒涛の咆哮が、敵軍からは悲鳴が轟きました。


そこからは、ひたすらに混戦が続きました。離反したと言っても騎士国の騎士である降伏派は、私の魔法に”次”がないことを悟るや、一気に盛り返してきたのです。そうなってしまえば戦力は互角も同然。

銀の騎士達が死力を尽くすその光景に、私は寒気を感じていました。同時に、異世界よりの客人の皆様がここにいらっしゃらないことに安堵の感情も。彼らはもし万が一のことがあった時、民衆を守るために王城の警備として着いていてくださいます。

そして、私の背にする魔族軍との戦場からは地響きと轟音が絶えず轟いています。先ほどは小さな太陽かと思うほどの炎弾が、緑色のシールドに阻まれていたのが見えました。あれは恐らく勇輝様のお力でしょう。それでもその前の攻撃で何百もの光の柱が空に昇っていったのもまた、目にしました。

どんな原理かはわかっていませんが、それが魔族やそれに与する魔物達に殺された際に生ずるものであることは周知の事実。こちらの戦場にいる騎士の方々には外壁で見えなかったでしょう。しかし、もし見えていたのなら、士気の低下は避けられないものになっていたのは間違いありません。


思考を巡らせていたその時、背後と前方から強力な魔法の発動を感じました。


「来ましたわね、アドルフ様」


次の瞬間、戦場に白い糸が濁流のように広がっていきました。

あれがアドルフ様の『魔弦』……。遠近どちらでも対応可能で、一対多の戦場において無類の強さを持つ魔法。それが大地から空まで、まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされていきます。

高い切断力を持つその糸に触れれば、鎧ごと切り裂かれることになるでしょう。騎士達も糸を断ちながら進んでいます。しかしそれでも、極細の糸が不可視の斬撃として騎士達を襲います。何人も、何十人も、何百人もが同時に倒れていく様は、最早戦争とはとても呼べない光景でした。


「四柱の一人。あれ程の力を持っていながら……」


「姫さまっ!!」


取り乱したかのように走ってくるのは、侍従のメリアでした。しかし、普段は清潔で白いエプロンが、今は血に染まっていました。


「メリアッ!?どうしたのですか?」


「ああああ、アルフ様のぐ、軍が、半壊しました……」


「ーーーッ!!」


齎されたのは最悪の報告。私はその場に崩れ落ちたメリアの身体を調べていきました。そして怪我がないことに気づき、ほっと吐息を漏らしたところで気が付いたのです。そのエプロンに、血の手形が付いていることを。

恐らくは、誰か兵士の血。そしてその人物がいないということは……。軍の半壊という言葉が漸く実感を伴って頭に滑り込んできたのです。


「メリア、他には?」


「げ、現在アルフ様と勇者様が魔族を食い止めています。報告によれば魔物の殲滅は終わったのですが、敵魔族が、その……《騎士団(カヴァリエール)》を使ったと……。今現在、敵の総数は千を超えているようです」


メリアの言葉に目を見開きます。《騎士団》の魔法がなぜ魔族に?

いえ、それより先に援軍を……、しかしこの状況で回せる戦力など!!


逡巡している間にも眼下では騎士達が次々と倒れてゆきます。そして天に昇る光柱の数も次第に増え続けています。

こんな状況で、どうしろと?


「姫様!」


「王女殿下!」


「指示をお願いします!!」


周囲の人たちは口々に私へ指示を問う。でも、私にはそれに答えられる物が無い。

迷い、迷い続ける。その中で、突如としてその場に声が響いた。


『ほほ、お嬢ちゃん。儂を使えば良いのではないかの?』


「ゴルト、どの……?」


『儂を出せば、アドルフを伸すのは無理でも、この戦自体を終わらせることはできるのは分かっておるじゃろう?』


「ですがそれはーーー」


『多くを殺すことになると?』


否定をしようとして、結局口を噤んでしまいました。何故なら、事実その通りだったからです。此の期に及んでまだ、私は降伏派の人々を殺すのを躊躇っていたのです。

その感情も、市井の者であれば当然のことだったのでしょう。しかし、私は王族なのです。不穏分子でしかない彼らは排除しなければならない。この感情はあってはならないものなのです。


『お嬢ちゃんや、優しいのは良いと思うが、優しすぎるのでは何も得られませんぞ?』


「分かって、います……」


そこまで言われ、漸く覚悟が決まりました。


「ゴルト殿、しゅつーーー」


『ふむ、お嬢ちゃん。どうやら儂の出る幕ではなくなったようじゃ。上を見てみなされ』


「……あれは一体?」


透けるような青空に、なお輝く蒼の光。キラキラと光の粒子を散らして、ソレは翼を広げて空を裂いてきます。


「綺麗……」


『おお、おお!!あの少年、これほどのものか!』


少年……?まさかっ!!


「つばさ様!!」


漆黒の鎧に蒼の翼。姿は変われど、この魔力の色は間違いなく、彼のもの。

視界が潤み、前が見えなくなってしまう。それでも、不思議な確信とともにはっきり思ったのです。


「ああ、これでみんな救われます」










ーーーーーそう、英雄(ヒーロー)は遅れてやってくる。

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