第十四話 地の大精霊
今回はほぼ完全な説明回です。
「大精霊?なんでそんなもんがここにいる?大体、いきなり大精霊なんで言われて納得出来たら、そいつは頭が可笑しい」
「ふむ、道理じゃの。まあ、証明できんことも無いが、どれ。その腕見せてみい」
見せろ、と言いながら腕を取るなよ。老人は腕の傷をしげしげと眺め、顎から伸びた長い髭を撫でる。そして一つ頷くと、その身体から恐ろしいまでの魔力が流れ出した。
アドルフさんや、勇輝ですら比べ物にならないほどの馬鹿げた魔力。圧倒的な威圧感に身体が生物の本能か萎縮しているのを、やけに冷静な頭で感じていた。
老人は人差し指で俺の傷を撫でる。たったそれだけで、変色してしまっていた肌の色が元に戻り、流れ出ていた血液が消え失せた。老人はもう片方の腕も同じように治してしまうとこちらを見てニヤリと笑った。
「どうじゃ?違和感はあるかの?」
「い、いや。全く無い。それどころか体内のエネルギーを消費した感覚すらない……」
「まあ、これ位は人間でも出来んことは無い技じゃがの。わしの知っとる限りで今これに類する技術を使えるのは魔王くらいじゃのお」
「おい、魔王ってどう言うことだ?あんた、魔族なのか?」
「じゃから大精霊じゃと言っておろうに」
自称大精霊は軽くため息を吐き、くるりと背を見せる。
「ほれ、お前さん等のお友達の所に行くぞい。歩けるじゃろう?」
「あ、ああ。三塚さん、行こう」
さっきまでの虚脱感が嘘の様に健康体そのものの身体を起こす。三塚さんは不安げな顔をしてこちらを見つめてくる。
「どっちにしろ、この爺さんには歯向かえないさ」
「う、うん……」
先に立ち上がり、三塚さんの手を取って立ち上がらせる。手を放そうとすると、キュと握りこまれてしまった。途方に暮れて三塚さんの顔を見るも、瞳を潤ませて首を横に振る。どうやら、放してくれる気はないらしい。
ゆっくりと歩き出した爺さんの後をついて行く。上空は白い雲が覆っており、その先は全く見えない。
「ふむ、あの雲が気になるのかの?」
「へ?ああ。曇りなのにやけに明るいなあ、と思ってさ」
「あれはのう、魔法で生み出した幻影なのじゃよ。実際にそこに有るわけでは無いのじゃ。故に、ここは外と同じだけの光が降り注ぎ、雨もしっかり降るのじゃよ。とは言っても?ここが穴のそこで有ることから日照時間は極めて短いがのお」
へえ、と思わず頷いてしまう。確かに、さっき感じただけの魔力が有るならば、その程度どうとでもなるのだろう。
そんな話をしていると、林の外にハイネが立っているのが見えた。ハイネもこちらに気が付いたようで、手を振りながら走ってくる。
「つばさ殿、目が覚めたのですね?この子をお借りしておりました。……そちらの御仁は?」
そう言って手のひらに乗せたキョウを差し出してくる。いないと思ってたら、ハイネと一緒にいたらしい。キョウを受け取り、頭に乗せつつハイネの質問に答えを返す。
「大精霊、らしいぞ?そもそも大精霊が何かとか分からないけどな」
そう。大精霊と聞いて安心出来なかったのにはそれもある。大精霊自体の情報はと言えば、エルフやドワーフの祖先であると言うことだけ。これだけでは敵味方の区別がつかなったのである。
ハイネは驚愕の表情と警戒の表情を同時に浮かべる。それが事実なのか判断し兼ねているようだ。
「ふむ、では行くとしようかの」
「ってちょっと待て!次はどこに行くつもりだ?」
「おお、そういえばお主らは知らなんだのう。ここにはの、ここに落ちて来た人間の末裔が暮らしておる村が有るのじゃ。そこに向かうぞい」
「何ですって!?そ、それではミネルバ・オーレイという竜騎士をご存知ありませんか!?」
恐らくは昨日話していた虚無の大穴に飛び込んだドラグーンのことだろう。その問いに、爺さんはしっかりと頷いた。ハイネは詰めていた息を吐き出し、もう一度大きく吸った。
「ミネルバは私のかつての戦友なのです。保護をありがとうございました」
「別段、保護をしているという訳でも無いのじゃが。……まあよいか。早う行こう」
そう言って爺さんは足を穴の中心に向けて動かし始める。そちらに村が有るのだろう。それにしても、この大穴は本当にデカイな。王都丸ごと一つ入れてまだまだ敷地が余りそうな具合だ。村が中心にあるとしたら、結構遠いかもしれないな。
案の定、それからかなりの時間歩き通して漸く建物らしきものが見えてきた。そこまでくれば後は早い。村の中に入ると何人もの住人が興味深そうに此方を見ては、その先を歩く爺さんに気付いて深々とお辞儀をしている。
その様子から少なくとも、この爺さんが悪逆非道の輩だとか、そう言ったことは無いことが分かった。普通に接する分には安心出来る相手だろう。
村の中心に近づくにつれ、真っ白な枯木が見えてくる。純白のそれは枯木で有るにもかかわらず、酷く美しかった。そしてその下にはポツンと丁寧な造りの小屋がある。小屋と言うよりは社と言った感じだろうか?小屋そのものからも清廉な雰囲気が滲み出ている。
爺さんはその小屋の扉を開き、中へと入って行く。俺たちもそれに続いて中に入る。中は日本の和室を思い出させるような造りだった。爺さんが上座にある座布団に腰掛けると、畳の上に座布団が出現する。その現れ方が、正しく滲み出ると言う風で、思わず目を見開いてしまった。おっかなびっくりそこに三人揃って座る。
「ふむ、では客人達よ。何か聞きたいことはあるかの?」
色々と聞きたいことはあるが、まずはこれからだろう。
「爺さんは、俺たちの敵なのか?」
「わしは誰の敵でも無いの。誰しもの味方であり、隣人である」
即答で帰ってきた言葉に頷いて見せる。そもそもここで嘘を付く必要性が無い。
「じゃあ、大精霊ってなんなんだ?」
そう聞くと今度は意地悪そうな笑顔を浮かべる。
「この質問からは対価を頂こうかのう?わしも暇な身じゃて。退屈しのぎにはちょうどよかろうて」
その言葉にイラッとして怒鳴り声を上げそうになる。時間がなーーー
「時間ならまだまだあるぞい?魔族が王都に着くまで残り一週間。丁度今、王都では勇者がお主らの仲間を救出し終えたところじゃ。降伏推進派は派閥の人間を王都から引き上げさせ、ガーヴィ家の領地にて軍を結集するようじゃな。そちらとの開戦も一週間近くは掛かろうて。
そもそもじゃ。あの勇者なら兎も角、お主が行って何が出来るのかの?またあの小僧に負けてしまいよ。お主の知らぬことを知るわしに、何か聞いていかんので良いのか?」
余りに図星を的確に刺して来られ、言葉がつっかえる。
「……何故そんな情報を持ってる?」
「わしが大精霊じゃから、としか言えんの。まあ、ここまではサービスじゃ。ここから先はお主らが質問をする毎に、わしからもお主らに質問をして行こう。ちゃんと話してくれればわしも、真実を話すと誓おうでは無いか」
ではーーー、と前置いて、爺さんは最初の質問を放り投げてくる。
「そちらの世界にいらっしゃる神はどのような方なのかの?」
「は?え、ちょっと待ってくれ。俺とこの子が異世界人だと知ってることに今更驚きはしない。だけど、そんな事でいいのか?」
「ふむ、わしは暇潰しじゃと申したはずじゃが?」
おいおい、この爺さん本気で暇潰しするつもりなのか?いや、大精霊と言うからにはこの世界の神様と何か繋がりがあってもおかしくはない。ならこの質問も可笑しくはないのか?
頭の中で若干のパニックを起こしつつ、自分の知ることを語って行く。俺たちの世界では神の実在は確認されてないこと。あくまで神話上のキャラクターだと言うのが一般人の味方だと言うこと。神は国や地域によって千差万別で、日本には八百万の神なんてものもあること。神の他に仏などと呼ばれるものがあること。
我が家は宗教家でも何でも無い一般家庭だったもので、そう言った知識は少ないものの、知る限り、思いつく限りを話した。
俺が話し終えると、爺さんは軽く頷いた。
「やはり世界によって様々なものじゃのう。さて、お主らの質問は大精霊とは何か、じゃったのう。それを語るにはまずこの世界の成り立ちから話さねばならんのう」
そう言って、爺さんは何処か遠いところを見るようにして語り出す。
「人の語る神話より遥か昔、世界の狭間を当て所無く彷徨っていた神は、”完全なるモノ”を見つけたのじゃ。中に何も無く、ただ白い物が全てを塗りつぶす無限を。それは美しく、整然としており、神はそれをただただ見つめておられたそうじゃ。
しかしある日、神はとある衝動を覚えられた。『この”完全”を自分に染めてしまいたい』とな。そして神はその甚大無比なる力を使い、”完全なるモノ”を歪めたのじゃ。そうしてまず生まれたのが大地と水、そして空気じゃ」
「まあ、何処にでもありそうな話だが、それの何処に大精霊が関係あるんだ?」
「お主、”完全”な物に、何かが入る隙間があると思うのかの?いや、そんな物は決して無かったのじゃよ。先ほども言ったじゃろう?『歪めた』とのう。歪みと言うのは、必ず何処かに反動が来る物じゃ」
ん?まさか、その反動とやらがーーー
「そう、わしら精霊と呼ばれる物じゃよ。神が施して行った”創世”その歪みの結晶が、わしら精霊。中でも最も大きな創造であった大地、大気、水の精霊を総じて大精霊と呼ぶ。わしはこの中の大地の大精霊じゃ。
気の赴くままに創造を繰り返した神も、遂に自らの行いがただ悪戯に歪みを生むだけだと気が付いた。しかしそれでも、神はこの世界を愛していた。故に、最後に自らに似せて植物を生み出し、わしら精霊に似せて人を作りたもうた。そして、植物の反動でスライムが生まれ、人の反動で獣が生まれたのじゃ」
なるほど……。スライムが植物の反動で生まれたと言うなら、動物達がスライムを危険な対象に見ないのも理解出来るな。根本的に魔物じゃあ無かったってことか……。頭の上のキョウを見やり、そんなことを思った。
「ん?ちょっと待て。じゃあ一体魔物は何処から来た?魔族は?」
「ほお、気が付いたのかの?ではわしも質問しよう。お主の世界の動物のことを教えてくれんかのう?」
それからまた動物の話を続け、爺さんが納得したと頷いたので口を閉じる。すると爺さんはそれに応えるかのように話し始める。
「神はの、人に二つの物を教えたのじゃ。意思と、魔力を扱う術の二つをのう。わしら精霊も意思を持つモノであったため、なかなか習得は早かったのう……。
魔力とはこれ即ち神が世界を歪めるのに使った力そのものじゃ。これを操り、世界に干渉するのが魔法と言うわけじゃ。神と比べると遥かに程度の低い物ではあるが」
だが、と爺さんは続ける。
「いくら規模が小さくとも、魔法は世界を歪めることであった。使えば使うほど、その魔法の規模にあった歪みが蓄積され、やがて一つの形となって産み落とされるのじゃ」
「それが、魔物だってのか?」
「その通りじゃ。魔物は生物であるが故、生殖によって数を増やすことも出来、どんどんと数を増やしておる。それと同様に食物連鎖で数を減らしてもおるがの。
じゃが、それでは済まん者達もおる。取り分け大きな魔法によって生まれた歪みは、精霊と同じく人と似た、正確には大元の我ら精霊に似た姿形を持って生まれてくるのじゃ。それが、魔族。この魔族達は人よりも我らに近い存在であるが故、生殖と言う物が無いのじゃな。つまり、増えるのは人が甚大な規模の魔法を使った時のみじゃ」
この言葉に待ったをかけたのは、騎士であり、魔物を討伐する立ち位置にいるハイネだった。
「では、私達が魔法を使い魔物を狩ることは無意味だったと言うのですか!?」
「ふむ、それは誰にも分からんじゃろうのう。わしからして見れば、人も魔物も、植物も獣も精霊も、大地も水も大気も、この世の神を除く全ての物が等価値に過ぎんのじゃ。強いていえば、根本が同じ物であるが故にその体積によって変動するとしか言えん」
「そんな……」
それは、そうなのだろう。この世界の創世から知っているこの爺さんにとっては、全てが等価値に違いない。
「じゃがまあ、少なくともお主がそれを後悔しておらねば、それで良いのではないか?」
「……後悔は、しておりません。例え一時のこととはいえ、少なくない人々を救えた。偽善であると言われようとも、それは私の誇りです」
「ふむ、それは重畳じゃ」
爺さんはそうやって軽く笑うと、三塚さんの方を向く。
「お嬢さんは何かあるかの?」
三塚さんは俯き、少し考えるかのような仕草をする。
「魔物や、魔族の方は何故人を襲うのでしょうか?」
「おお!そこに気付いたのかの?いい視点を持っておるのう」
爺さんは何度も頷くも、笑ってこう言った。
「それは、お主らで確かめた方が良いじゃろうなあ。それはきっと、お主らのその先を左右することである故。ただ、これだけは覚えておくとよかろう。魔物も魔族も、決して人を憎んではおらん。彼等はお主らを愛しておるのじゃよ」
「愛しているんですか?」
「そうじゃ、愛しておる。どうしようもないほどにお主らを深く深く愛しておるのじゃ。それを胸に刻み、彼等を知ると良い。きっと、全ての見方が変わってくる筈じゃ」
それから暫くの間質疑応答を繰り返した後、俺は最重要案件を三つ聞くことにした。
「爺さん、さっきあんたが使ったあの魔法……。あれは何なんだ?」
「ふむ、もう大分話も聞いたからの。此方からはもう良しとしようのう。
そうじゃなあ、魔法が神がこの世界の内枠を形作るために使った力だと言うことは覚えておるかの?」
「ああ。完全な一つだった世界に、区切りを与えて存在を確立させたってことだろ?」
「その通りじゃ。じゃが、それは事実と少し違う。正確には、”完全なるモノ”の一部に意味付けを行ったのじゃよ。
例えば大地。星々を形作る物。全てを支えるもの。最初はこんな大枠が。次第にいろいろな鉱石、マグマ、重力、そう言った物が付加され、完成したのがーーー」
爺さんは床を指差して示す。
「水も、大気も、この世に存在する森羅万象、その全てが魔力によって莫大な量の意味ーーこの場合は情報と言った方が良いかのーーを与えられて存在しているのじゃよ。
そして、それに干渉するのが魔法であるからして、人の体調を整える程度、魔力の直接操作さえ行えるならば誰にでも出来るのじゃよ。問題は人では限られた素養を持つ者しかそれが出来ぬこと。そして、下手に弄り過ぎると他の情報まで連鎖的に乱れて存在が瓦解する可能性があることくらいじゃな」
「こっわ!俺そんなことされてたのか!?」
「わしは人が作られるその様を見ておったのじゃぞ?その程度何のこともない」
それはそうなのだろうが、流石に死ぬ可能性があるなんて聞かされたら怖いだろ。というか、怖い。
それはさておき、次の質問に移る。
「じゃあ、俺らに掛かってるこの適正化の限界ってどの辺なんだ?」
「む?」
「え?いやだからさ、俺らに掛かってる適正化の限界だって」
「お主にかけられておるのは適正化などではないぞ?」
「は?」
それは正しく青天の霹靂だった。