第十三話 無敗の怪物
今回、真ん中に廉太郎視点が入ります。
虚無の大穴。コロン大森林の中心に堂々と存在する奈落への落とし穴。そこに落ちて生きて帰って来たものは、一人としていない。例え飛竜と共に飛び込もうが、その奈落が捕まえたものを離すことはない。
そんな、大穴に投げ捨てられ、飛行手段もない現状、俺達に生き延びるすべは無かった。音穴の端に立っているアドルフさんが瞬く間に見えなくなり、俺たちはその速度を上げながら底へと落下して行く。
熱を持つ両腕と、俺の胴体にしがみつく二人を順に見る。二人とも死にそうな顔で目を伏せている。霞がかった思考の中で、霧を振り払うがごとく生き残る術を模索して行く。
身体能力、魔法、剣。今俺か持つ手札はたったこれだけ。この中でこの状況を打破出来るのは唯一、魔法のみだ。重力加速度によってとんでもない速さになっている俺たちが地面に衝突すれば、いくら俺でも一溜まりもない。故に魔法でどうにかするしか無い。
落下速度を落とす方法……。パラシュートや、落下方向へのエネルギー放射。だが、俺の瞬間魔力放出量では状況を打破するだけの威力では放てない……。
どうする?どうすればいい?キョウに頼むか?いやなんでか知らないが、キョウは魔力を殆ど蓄えていない。精々が十数発の魔法を放つ魔力だけだ。常に魔力ドレインをしているはずなのに、その殆どが吸収できていないのだ。その魔力さえちゃんと蓄えていたら、それこそ街一つ破壊出来る規模で魔法が使えるのに!!
ボフンと雲へと突入し、それを抜けるとそのはるか先に地表が見えてしまった。最早タイムリミットまで十秒も無いだろう。
「何か、何かないのか!これを打破出来るだけの何かは!!」
全力で吼える。こんな所で死ぬ訳にはいかないんだ!!少なくとも、この二人だけは死なせない!!
ーーーポンと、キョウが俺の頭から離れる。
重力加速度の違いでどんどん距離を離されて行く中、キョウが内側から膨らんだ。内側のモノはキョウの表皮を突き破り、どんどんその姿を現して行く。それは、巨大な鉱石だった。キョウにソックリな深い空色の、さっき戦ったリトルフェンリルの五倍は容積がありそうな鉱石。そして何より、その鉱石は俺の魔力そのものだった。
今まで感じたこともないような、莫大な量の魔力。何故そんなものがキョウから吐き出されたのかは分からない。だが、使えるのだと言うならば使わせてもらおう。俺と着かず離れずの距離を維持するそれに触れる。
『魔力よ、地に向けて風を放出し、我らの速度を落とせ』
外部にある魔力を操作しているということは、魔力の瞬間放出量を無視出来るということだ。早口で詠唱を行い、下方に向けて暴風を巻き起こす。ガクンと身体に衝撃が走り、肺の空気が抜けた。急な落下速度減少の反動か……。先にこっち使って正解だったな。
『魔力よ、糸となりて我が意のままに編み上げよ』
この魔法を先に使ってたら肩から先が吹っ飛んでた。アドルフさんと同じように魔法陣から無数の糸が吹き上がる。それらは意志があるかのごとく蠢き、俺の想像通りのパラシュートを編み上げた。その結果、さらに落下速度が減少した。
しかし、地面が近すぎたのか、減速が間に合っていない。それを把握すると同時、痛む両腕を無理に動かして、魔力の糸で編みあげたバールのようなものを壁面へと突き刺した。
「がああああっ!!?」
「つばさ君っ!?」
今まで目を閉じていた目を見開き、三塚さんが驚愕の声を上げる。だが、やはり腕に力が入らず、壁面からバールのようなものがぬけてしまう。今度はありったけの力を込めて、右腕の大剣を壁に突き立てる。刺さったそれはギャリギャリと音を立てながら壁を切り裂いて行く。左腕のバールも再び突き刺してやる。
両腕に無茶苦茶な負荷がかかり、意識に火花が弾ける。もう訳もわからずに叫び声を上げる。何かが俺の手に触れた気がしたが、そこで限界だった。地面の硬い感触を近くすると同時、俺は意識を手放した。
「真中!急げ!!」
「はぁ…はあ……。わ、分かってますよぉ」
「能登っ!!」
叫びながら木々の間を走り抜ける。全力疾走を続けてすでに数分。真中の疲労は限界に達していた。能登に視線で要件を告げてすぐに前を向く。
後ろで甲高い悲鳴が上がったことから能登が真中を背負ったのが分かった。これでまだペースは持つはずだ。能登は辛いだろうが、俺ではそこまでの体力は無い。名瀬では力不足だ。彼奴に頑張ってもらう他無いだろう。
三塚とハイネが来ていないのにはもう気付いている。と言うか、来ないだろうことは分かっていた。ハイネは騎士としての矜恃から、三塚はつばさへの憧れから。つばさ本人はともかく、他の面子はそれを理解していた。
「名瀬!後どれぐらいだ?」
「もうちょい!後20メートル!!」
名瀬が探査魔法を繰りながら返事を返してくる。近いな。何とか間に合ったか……。
そこから数秒して、開けた場所に出た。辺り一面の木々はなぎ倒されており、十数人の騎士や魔法使いが倒れている。どれも目立った外傷がないあたり、勇輝が圧倒したんだろう。なぎ倒された木々の中心にいるあたり、間違いあるまい。
「勇輝っ!!」
「廉太郎!つばさはっ!?」
「アドルフ・ガーヴィと交戦中だ。ハイネと三塚がそれに着いている」
勇輝はその端正な顔を苦々しげに歪める。
「勇輝、つばさの指示だ。他の班と合流し、王都へと戻れ。魔族が侵攻を開始した可能性がある」
「魔族だとっ!?」
此方へと駆け寄って来たアルフが怒鳴り声を上げる。それに頷きつつ、言葉を返す。
「アドルフは自らを降伏推進派だと言っていた。つばさはそれを聞いて魔族侵攻が始まったことをほぼ確信しているようだった」
「むう、それが本当ならば確かに魔族の侵攻は始まっているのだろう。でなければそもそもこのタイミングで此方を潰しに来る必要が無い」
それはそうだ。完全に武装している今より、街に出ている時や、城にいる時に襲撃した方が余程暗殺は容易い。実際、今までそれをしなかったということは、そのトリガーを引くだけのきっかけとなる事件があったことを示している。
「早く、早くつばさを助けに行かないとっ!!」
全身を怒りに震わせながら勇輝が吼える。しかし、アルフはそれを止めにかかる。
「勇者殿!今は王国の危機なのだ!」
「僕は王国のことなんてどうだっていい!見知らぬ人達より、僕はつばさを助けたい!!」
「〜〜〜ッ!?」
まあ、普通の神経だろう。俺だって出来ることなら今すぐにでもつばさを助けに行きたい。だがーーーー
「ふざけるなっ!!」
「廉太郎……?」
「彼奴が、つばさが、何故残ったと思っている!城で待っている皆を助けに行く時間を稼ぐためだろうが!!」
俺の怒声に誰もが声を出せないでいた。
「城にいる奴らは戦う力を持っていないんだぞ!俺たちが守らないで誰が守ると言うつもりだ!」
「それは……でもっ!!」
「お前の親友はそんなにも弱いのか!!無敗のお前を倒そうとしている彼奴は、お前のライバルは、お前に守られることしかできないようなやつなのか!!優先順位を間違えるな!大事なのは、全員で帰ることだ!」
「………」
「いいか?俺達は彼奴が戻って来る場所を守ってなければならない。そのために、王都を守れ。今全員が生き残るために必要なことをしろ」
痛いほどの無音が辺りを支配し、木々を撫でる風が葉を揺らす。その中で口を開いたのは勇輝だった。
「ごめんね、廉太郎。忘れてたよ」
「ああ」
「つばさは強い。僕と一緒にいろんな経験をして来た」
「ああ」
「僕のライバルは、僕以外には絶対に殺せない。負けて地に這いつくばっても、必ずまた立ち上がってくる。そして最後には必ず勝者として二本の足でたっている。僕は無敵なら、つばさが最強だ」
「ああ!」
「皆を、助けに行こう」
「ああ!!」
そう。つばさをを知る奴はみんな言うのだ。勇輝の横に立てるのは彼奴だけだと。生涯無敗の怪物と共に戦える人間だと。つばさは、強い。
「久々だけど、ちょっと全力を出そう」
言下に勇輝の魔力が膨れ上がって行く。本人にその気はないのだろうが、漏れ出た魔力が可視化出来るほど濃厚なオーラとなって全身を覆っている。まるで白金色の力の塊のようだった。
『身体強化』
たったそれだけで、勇気だけでなく、その場にいる全員が強化を施される。
『魔力よ、僕の仲間は何処?』
言葉と共に森全体を覆うかのような巨大な魔法陣が出現し、少しの間だけ輝いて消える。
「見つけた『来い』」
5メートルほどの魔法陣が構築され、そこから無数の白金の腕が伸びて森の中へと消える。そしてわずが十数秒でそれらはここまで戻ってきた。その手の中にC班と引率の騎士を掴んで。
彼等を下ろした途端、魔法陣と白金の腕が消え失せる。たった二音の詠唱でこんな現象を起こせるなんて、やはり勇輝は怪物じみている。その立ち姿は堂々と、そしてその目には力に満ち溢れている。
「皆、王都に危機が迫ってるみたいだ。残留組が危ない。すぐに戻ろう」
そう言う勇輝から誰も目が離せなかった。例えさっきまで王都よりつばさを優先していたとしても、今はそこに迷いが一切ない。ただ目的のために力を尽くすと、そう態度で語っている。そんな様子に全員が惹きつけられていたのだ。
そしてそんな時、こいつが必ずハッピーエンドを引き起こす事を誰もが知っていた。
「行くよっ!」
『おうっ!!』
「つ……さ…ん!つば…く……」
ん?誰だ?寝かしといてくれよ、このまくら寝心地がいいんだ……。……ってあれ?この感触、どっかで味合わなかったか?
うっすらと目を開くと、視界いっぱいに涙を流して俺の名前を呼ぶ三塚さんが入ってくる。俺が目を開いたこに余程驚いたのか、目を見開いて固まってしまっている。
「お、起きた!大丈夫!?」
「ああ……、ここは?」
「虚無の大穴の底、だと思う……。ハイネさんが今、周囲の偵察をしてくれてるよ」
そうか、徐々に思い出して来たぞ。あの時、負けちまったんだったか。取り敢えず、王都に戻らなきゃな。
「腕の方は大丈夫?一応回復魔法を何度かかけておいただけど」
「ああ、なんとか、な。動かすことぐらいはできそうだ。まだ剣は振れそうにねえけど」
この虚脱感はそのせいか。これだけ大きな怪我だったんだし、体内のエネルギーを殆ど使い切ってるわけだ。じゃあまずは栄養補給か。
「悪い、三塚さん。食べ物ってなんかあるかな?」
「えっとね、カバンに詰まってた干し肉とか、乾パンみたいなのなら結構あるよ。水もあるから暫くは持つと思う」
「こうなると三塚さんが一緒にいてくれたのは僥倖だったな」
パーティーの食糧や水、道中で集めた素材なんかは、容量拡張と重量軽減の魔法がかけられたバッグを持つ彼女が管理していた。それはつまり七人分の食糧を三人でわけられると言うことだ。備蓄は大凡一週間分ほど入っていたはず。単純計算でだいたい二週間分の食糧は確保できてるわけだ。
それまでにここを脱出出来るかどうか。いや、あの巨大な鉱石を使えば出るだけならばどうとでもなるだろう。キョウとあの鉱石が見当たらないが、この大穴のどこかに、それもそう遠くないところにいるはずだ。そもそもキョウが勝手に離れることに三塚さんが気付かないこともないだろうし。
だが、それでアドルフさんや魔族の進撃を止められるのか?アドルフさんは今の俺では太刀打ちできない、圧倒的な強者だった。
それに比べて俺は身体能力にものを言わせた技術もクソも無い力押しの戦法。アドルフさんやそれに比肩する戦士が三人いてようやく魔族軍を押し留めることができていたという。その中でも最強の国王が抜けたのだ。その穴を俺たちだけで埋めることが出来るのか?
「なるほどな……。この疑問がアドルフさんが抱いていたものか」
もちろんアドルフさんが言葉に出した時点で意味は分かっていた。だが、あれだけの差を見せられた今は、それより深く実感している。だとしたら、強くならなくてはならない。
勇輝がいれば、全てが丸く収まるかもしれない。だが、それに甘えていられるようなら、あいつのライバルなんてやっていられない。
アドルフさんが俺を認められるほどに、誰よりも強くなりたい。今度は三塚さんやハイネを守れるくらいに。そんな事を強く、強く思っていた。
「ほお、今度は面白い者が降りて来たのう」
「へっ!?」
足音も、気配も、魔力も感じさせず、不意に俺たちの目の前に現れたその老人は、心底楽しそうな笑顔を浮かべ、俺達を見下ろしていた。
「あんた、何者だ?」
「ん?ワシ?大精霊じゃがどうかしたかの?」
空気が、凍った。