第十二話 魔弦
意識を闇に手放そうとした瞬間、キョウから敵意を持った存在が近づいてきていることが伝わってきた。それは今までキョウととってきた念話、若しくはイメージの受け渡し合いにおいて最も強烈な印象を叩きつけられた。
一瞬で意識が覚醒し、取り落とした大剣を右手で掴んで立ち上がる。
「皆っ!武器を抜くんだっ!!」
「え?」
三塚さんが呆然とした様子で声を漏らす。だが、今はそれに構ってはいられなかった。俺の言葉に即座に反応できたのは、ハイネと廉太郎だけだった。他の皆は唖然として俺を見ている。
「はやくしろっ!!」
俺がもう一度叫ぶと、今度こそ慌てた様にそれぞれの武器を構える。俺の左手はまだ動かない。無理に武器を握ろうとしたら、腕の皮膚全てが裂けたかのような激痛が走り、再び落としてしまう。木々の間から鎧をきた者たちや、ローブをまとった者たちが現れたのはそれと同時だった。
こちらを囲む彼らは全員が武器を抜いている。明らかな敵対行動である。そして、何かに気付いたのか、ハイネが叫んだ。
「貴方達、第二魔導騎士団?どういうつもりですか?答えなさい!!」
「……」
襲撃者達は何も答えない。と言うか、第二魔導騎士団?それってーーー
「私の指示ですぞ、ハイネ・アイスボルン上等騎士殿」
ゆったりとしたローブに身を包んだ小太りの男が、ゆっくりと木々の間から進み出てくる。その人は、俺の方を向いて足を止めた。
「つばさ殿、私は言いましたな?どんな犠牲も厭わないと」
「アドルフさん……」
アドルフ・ガーヴィ。第二魔導騎士団団長、宮廷魔法使い第二位。俺に魔法を教えてくれた張本人であり、この一ヶ月で友人と呼べるほどに仲良くなった人。
何時もは柔和な笑みを浮かべていたその顔には、引き締まった戦士の顔が浮かんでいた。暖かな陽だまりのような暖かさを持っていた魔力は今、まるで業火のような熱を湛えている。その圧力で俺は悟る。この人は完全に敵であり、戦いになれば他の皆では敵わない。寧ろ、全員でかかっても危ないかもしれないことを。
「先に宣言しますぞ。私共は魔族への降伏を求める一派の者。つばさ殿、そして勇者殿には悪いとは思いますが、その命貰い受けますぞ」
「そうか……。非戦派だったのか、アドルフさん」
そうとだけ言って一度肺に溜まった空気を全て吐き出し、大気を一気に吸い込んだ。
「それがこの街を守る方法?」
「どうでしょうな?私はただ、それが最善と信じて行動するのみですぞ」
「なら、仕方ない」
戦うしか、無いよな。右の大剣をアドルフさんに向ける。キョウも俺の頭の上へと乗る。それと同時に魔法陣が幾つも空中に浮かび上がった。
「あ、一つ質問いいか?」
「なんですかな?」
「殺害対象は?」
俺の言葉に皆が声を上げるが、無視してアドルフさんを睨み続ける。
「つばさ殿と勇者殿。以上二名のみですぞ。残りの者達は旗頭にはなり得ませんからな。誘拐した上に、邪魔になる可能性がないもの達をわざわざ殺す必要もないですからな」
「そりゃよかった。キョウ……!」
瞬間、アドルフさんも含むの敵兵士の頭上に魔法陣が現れ、重力によってその身体を縛り付ける。さらにその身体に粘性の液体が降り注ぎ、完全に行動不能にする。しかし、アドルフさんは即座に解呪の魔法を使ってそのどちらも効果が発揮される前に消し飛ばしてしまった。
「さすがですな?」
「アドルフさん仕込みだからな」
アドルフさんの言葉に軽口で返す。事実、両方ともこの一ヶ月の間にアドルフさんから習った魔法だった。
最後に皆の方を向く。
「いいか?皆は勇輝と合流して城に戻ることだけ考えろ。ここでアドルフさん達が攻めて来たってことは魔族側とコンタクトが取れてるんだろうさ。いつ攻めて来てもおかしくない」
「つばさ君はどうするの?」
「誰かが止めなきゃだろ?」
不安そうな三塚さんにそう言って笑いかける。しかし、誰も納得するはずもなく、特に廉太郎が厳しい目で此方を見てくる。
「死ぬ気じゃないだろうな?」
「まさか!こんな事も超えられなくて、勇輝の馬鹿を超えられるかって話だよ」
「だが……」
「おいおい、廉太郎。待っててくれてるんだ、早く行け」
「信じるからな?」
廉太郎は悔しそうに頷き、皆の先頭に立って走り出した。能登と名瀬、真中さんがそれに続く。ハイネと三塚さんは走り出しはしなかった。二人を見つめると、順に口を開く。
「私は、貴方の護衛ですので」
「ここでお別れは嫌だから」
その言葉に反論を返そうとすると、パンッと音後弾け俺の口を噤ませた。
「残念ながら時間切れなのですぞ。これ以上は作戦に支障を来たしますからな。『魔力よーーー」
言うや否や、アドルフさんは詠唱を始める。どうやら本当に時間切れのようだ。最悪でも俺が死ぬだけと思っていたのだが、想定外のとこで枷が付いちまったな……。そこで思考を止め、意識を切り替える。
まずは詠唱を止める!
大剣を引きずるように駆け出し、横殴りの一撃を叩きつける。しかし、アドルフさんはその体型からは想像もできないほど軽やかなステップでその攻撃をよけ、詠唱を完成させる。
ーーー糸となりて我が身体を操れ』
攻撃を警戒してその場を飛び退くが、その気配はない。詠唱を聞いた所だと、身体の操作?思考が巡るうちにアドルフさんは次の魔法を奏でて行く。
『魔力の幹よ、裂けよ、裂けよ、裂けよ。裂けて糸となり、我が意のままに舞え!』
空中に浮かんだ三メートル近い魔法陣から夥しい数の糸が溢れ出る。木漏れ日を反射してキラキラ光るそれらは津波のように俺たちへと向かってくる。
「悪い!『身体強化』!!」
即座に三塚さんの腰をつかんでその場を大きく飛び退く。元の世界なら金メダル間違いなしのジャンプ力を発揮するが、それだけではやり過ごせなかった。
俺と同じく宙へと逃げたハイネとこちらの二方向に糸の波が別れて迫ってくる。飲み込まれる直前と言う所で木の枝を蹴って波を避け、地に足が着く三塚さんを下ろして大剣をふるう。切り落とされた先の糸は大気に消え、切られた側はそこからさらに伸びてこたらに追尾してくる。
それを数度切り落とした所で追撃は止んだ。しかし、糸の幹がバラバラに解れて森中に散って行く。それを見てこの魔法の真価、と言うか本当の使い方が分かった。
「鋼糸とか、ロマン武器もいいとこだなあ、おい!!」
空中に走る煌めきに合わせて剣を振るうと、かすかな手応えと共に大気に魔力が溶けたのを感じる。不可視の攻撃か……。エグいな。
しかもこの立地。糸を張り巡らせるには有利に過ぎる地形だ。
とにかく移動して開けた場所にでる!!
「三塚さん!背中にしがみついてくれ!」
「はいっ!!」
何度か迫り来る糸を切り裂きながらそう叫ぶ。三塚さんは俺の首に手を回し、しっかりと俺にしがみついた。それを見計らい、糸の少ないほうへと駆け出す。
「ハイネ!開けた場所にでよう!」
「了解!!」
俺の言葉に即座に返事を返し、ハイネも走り出す。魔力の感知に最大限の意識を注ぎ、迫る糸の斬撃を回避、あるいは切り落とし、森の奥へと進んでいく。
だが、それを黙って見ていてくれるはずも無い。シャアアアッと音が走る。思わず後ろを振り向けば、アドルフさんが空を飛んでいた。いや、空中に張り巡らせた糸の上を滑っているのか。かなり早い。
アドルフさんは時折飛び跳ねては別の糸に飛び移り、猛スピードで此方を追ってくる。すぐ横まで彼が迫ってくると、糸によって作られた槍や、その影に潜ませた不可視の斬撃が襲ってきた。
「クソッ!!」
吐き捨てつつ、キョウに魔法陣を描かせる。即座に現出した魔法陣がその効果を発揮しようとした瞬間、無数の糸が魔法陣を切り刻む。バラバラになった魔法陣は空気へと解けて消える。
「む、無茶苦茶だ!!」
なんなんだよあのチート性能は!どうしろってんだ!!
必死に右腕を振るって糸を切り落とし、蹴りで槍を薙ぎ払う。だが、攻撃は一向に止まない。俺もハイネも次第に足が止まり、遂には再び向かい合って剣を振るうしかなくなってしまった。
三塚さんも背中からおり、銃で槍を迎撃しているが、完全に手数が足りていない。三人とも少しずつ少しずつ怪我を負い始めている。このままではジリ貧だ。徐々に後退はしているものの、終わりの見えない戦いに心が折れてしまいそうだ。
「やはり、駄目ですな」
不意に、アドルフさんの声が響く。
「貴方が私を倒せるほどに強くなれたならば、私は貴方に託そうと思えたのですぞ。しかし、現実は甘く無かったのですな。その前に、魔族進軍の報が届いたのですぞ」
なら、皆で一緒に戦えばよかったじゃ無いか!心の中でそう叫ぶ。
「この国は、陛下とアルフ殿、ゴルト殿、そして私の全員が戦場に立つことでなんとか戦線を維持してきたのですぞ。故に、陛下の抜けた我々に、戦線を維持するだけの力はないのですぞ」
「それでも、勇輝も俺もいたはずだ!」
「いかに勇者、英雄であろうと、一ヶ月では陛下の代わりを務められるほどに強くなれはしないのですぞ。実際、貴方は今私に敗北寸前……。これで魔族に刃向かえば、この国は滅びるしかないのですぞ」
「だが、勇輝はーーー」
ーーーアルフさんに勝っている!
しかしアルフさんは俺の思考を読んだかのように答えた。
「あの日、アルフ殿は身体強化以外の魔法を一切使っておられませんでしたぞ。彼は私の『魔弦』と同じく、オリジナルの魔法を駆る男。あれが本領なわけでは無いのですぞ」
魔弦、おそらくはこの糸の魔法のこのとだろうが、アルフさんにもこんな奥の手があったのか……。
「確かに勇者殿は異常な存在ですぞ。だが、断じて、断じてそんな不確定要素に頼るわけにはいかないのですぞ!!」
アドルフさんは吼える。
「宮廷魔法使いとして、魔法師団長として、そして何より、アドルフ・ガーヴィという一人の戦士として!!私には民を守る使命がある!!守りたいという意思がある!!
誇りを捨てて地に這いつくばろうと、売国奴の誹りを受けることになろうともっ!」
言葉の間にも止まらなかった攻撃が更に勢いを増して降り注いでくる。幾百と視界を埋め尽くさんばかりの槍を切り続け、段々と意識が遠のいで行くのが感じられる。極度の疲労と、左腕に走る痛み、そしてアドルフさんの決意に揺らぐ意思が、徐々に闘志を蝕んでいるのだ。
そして、その時はやってくる。弾き損ねた槍が右腕に突き刺さり、地面へと縫い付けたのだ。
「ぐああっ!!」
「つばさ君!!」
糸が巨大な鎚を生み出し、俺へと横殴りの一撃を叩きつける。何度も地面をバウンドし、一本の木に当たって止まる。
三塚さんが走り寄って来る。視界の端にハイネの姿も見えた。二人とも、俺のことを揺すっている。2人を安心させようと立とうとするも、混濁する意識がそれを許さない。
ああ、ここで終わりか……。どこか遠い所でそんなことを思う。
「これで終わりですぞ。せめて、仲間とともに逝ってくだされ」
ぐるぐると、糸が俺たちに巻きつき、ふわっという感触とともに何処かへと投げ飛ばされる。俺にしがみつく二人の、その先に見えたのは地面にぽっかりとのぞく、暗い暗い虚ろだった。