第十話 初回討伐遠征(2)
アルフさんと、このキャンプに駐屯する騎士さん達との綿密な打ち合わせが終わった後、俺たちは直ぐにテントに潜り込んで眠りに着いた。
興奮で少し眠りにくかったが、初めての旅と言うこともあって精神的に疲れていたのかぐっすり眠ることができた。
翌朝、いつも通りの時間に目を覚ますと、案の定まだ起きている者はいなかった。のそのそとテントを抜け出し、外に出る。丁度日が出るところだったようで、朝日が山々の間からのぞくのが見える。
これから生き物を殺しに行くというのに、なんとも清々しい朝だった。
「やれる事を漏らさずやる。いつも通り、それだけだよな」
頬を両手で叩くと朝の湿った空気にパンと音が弾けた。
ぼんやりと朝日を眺めていると、他のみんなも起き出したらしく店との中からガサゴソと音がしている。草の上から立ち上がり、ズボンをはたいていると能登と廉太郎が出てきた。
「おっす、よく眠れたか?」
「まあまあってとこだな。まっ、お前らの訓練に付き合い始めてから朝早くても余裕だしな」
「……良い心がけだ」
すると能登はキョロキョロと辺りを見回した。
「名瀬達は?」
「まだだな。起きてはいるみたいだけど」
そう言って女子用のテントを見やると、そちらから物音や話し声がしている。それを見て能登が大きく溜息を吐く。
「全く、今日が何の日か分かってんのかねえ?早くしろっての」
「おいおい、女子の方が色々準備あるししょうがないだろ?」
「だってよう……」
まだ文句がありそうなのが見て取れる。まあ、はやる気持ちがあったり、緊張でイライラしていたりするせいもあるのだろうが。すると、黙っていた廉太郎が口を開く。
「能登、モテんぞ?」
「それは嫌だ!」
能登はそう叫ぶと速攻で口を閉じて直立する。現金な奴だなあ。と言うか、廉太郎が能登の扱いに手慣れてきているな。まあ、面白いからばっちこいだが。
それから数分して女子がテントから出てきた。その際に真中さんが「遅くなってすいません」と謝ったのだが、能登が「女子だし仕方ねえっしょ」とか言っていたのには腹が立った。なので、廉太郎と二人で両脇に一発ずつ入れておくことにした。
「よしゃ、行こうぜ!」
と声をかけて昨日説明された集合場所へと向かう。昨日入ってきた門とは反対側の門の外だ。既にC班は集まっているようで、ペチャクチャと話をしていた。
C班は長野を中心とした近接戦闘を得意とするグループだ。まず班長の長野からして賞底で敵を殴りつつ、隙を見て投げ飛ばすといったスタイルである。他の班員も多かれ少なかれ近接戦闘の手段を持っていて、ウチの班とは違って完全分業は図っていないようである。その分エキスパートはいないものの、応用性があり、班同士で模擬戦をする時はなかなか侮れない相手だ。
目があったので、長野に挨拶をしに行く。
「長野、早いな」
「まあ皆、あまり眠れなかっただけよ。私達は勇輝君や貴方ほど荒事に慣れているわけでは無いの」
「いや、俺も慣れたくて慣れた訳じゃないからな?いっつも彼奴に巻き込まれてた恩恵?反動?だし」
「あら、その割りにはいつも楽しそうじゃない?」
「否定はしないけどさ……」
長野はその長い黒髪を左手で払い、腕を組む。
「まあ、今回は貴方も巻き込んだ側なのだから、責任を持ってもとの世界に戻してなさいよ?」
「ああ、もちろん分かってるさ」
「心配している訳ではないの。あの人がいるしね」
長野がちらり、と俺の後ろを見る。するとそこには女子を周りにくっ付かせた勇輝がやってきていた。思わず納得して頷いてしまう。
するとこっちが見ていることに気が付いたのか、勇輝が寄ってきた。
「何の話してるの?」
「何でもねえよ。それより勇輝、お前森の中でまでイチャイチャすんなよ?」
「イチャイチャなんてしてないって。つばさこそ、気を付けてね?」
「わぁってるよ。ったく」
そう返すと、勇輝にくっ付いている女子達が威嚇するかのように俺を睨んでくる。犬だったらガルルとか言ってそうな感じだ。
「お前の周りの女子達はなんでこうも俺を敵視するかねえ?」
思わず疑問を口に出すと菖蒲がキャンキャンと噛み付いてくる。
「下民ごときが勇輝様に心配してもらうなど、100年早いのですわ」
「いや、俺お前らより勇輝との付き合い長いんだが?」
俺の言葉に今度は他の女子が声を上げる。
「そこなんですよ!つばさ君は勇輝君と仲がよすぎるんです!!思わず心配になっちゃうくらい!」
「おい、なんの心配だコラァ!!」
「だってだって、勇輝君の話にはいっつもつばさ君が出て来るんですよ?」
その女子の言葉に全員が何度も頷いている。
「いや、辞めろってそんな裏事情……。俺は、俺はノンケだ!!」
思わず長野の方を振り向いて同意を求めるが、ついっと目をそらされてしまった。集まった皆が爆笑するが、俺としては全くもって納得できない一幕だった。
皆にからかわれること数分。アルフさんがやってきたことによって場が静かになる。それを見計らってアルフさんは口を開いた。
「それでは諸君。これより森へと突入する。各班、昨日の先導者について森へとはいること。
また、緊急時は空に赤い光球を打ち上げること。これは徹底してもらおう。それを見た巡回の騎士が向かうことになっている。諸君等の実力を考えると早々怪我を負うとは思えんが、気をつけるように。以上」
「「「「はいっ!!」」」」
気合の入った返事をして、俺たちはそれぞれの先導者の所に向かった。ハイネは点呼をとった後、直ぐに森の方へと近づいて行った。徐々に緊張感が襲ってくる。
森の中は薄っすらと霧が張っており、見通しはあまり良くない。森の木々は日本のものを思い出させるような広葉樹で、その風景もやや似ていた。時折目の端に映る青や紫などの毒々しい色をしたキノコが唯一異彩を放っていた。
危険がある森の中と言うことで辺りを警戒していると、薄い霧の向こうにやけに大きな影が見えた。ハイネが片手を上げて俺たちをを止めさせた。
全員に緊張が走る。急いで各々の武器を抜き、あるいは構えをとった。影に動きはない。まだこちらに気づいていないのか、それとも隙を狙っているのか。
ハイネは右手を前に出して素早く詠唱を行った。
「強風よ、霧を払え」
瞬間、猛烈な風が巻き起こり、影の周辺の霧をまとめて吹き飛ばした。俺たちはじっとその姿を見つめるが、あったのはドデカいキノコが倒木に生えているだけだった。思わず安堵の息が漏れる。が、それも直ぐにハイネの言葉で吸い込むこととなった。
「皆さん、構えてください。魔物です」
魔物?植物系の魔物がいること情報収集班の情報で知っていたが、とてもそうは見えない。いや、大きさだけで言えば間違いなく化け物級だが、微動だにしないせいでそれも違うように思えてくる。
「いいですか?何か布を顔に当ててくださいね。あと、武器はちゃんと握っていてください」
その言葉に皆が口にハンカチを当てる。すると、ハイネは足元の木の枝を拾ってそのキノコに向かって投げつけた。枝は放物線を描いて見事にキノコの傘に落ちる。その瞬間、ボファッと音を立ててキノコから紫色の粉が噴出する。更に、そのキノコの上から緑色をした物が凄い速度で落下し、木の枝を掴んで再び上へと消える。
それが何なのか分からず、キノコの上を見上げる。そこには、体長1.5mくらいの蜘蛛が一匹佇んでいた。その全身は自衛隊の迷彩服のような彩りで、見事に木の葉に紛れていた。そいつは直ぐに木の枝を捨てると、葉の茂みの中へと消えた。
ハイネはこちらまで届き始めていた紫色の粉を先ほどの要領で吹き飛ばした。
「もう布を外しても大丈夫ですよ」
ハンカチを外した皆から重い息が漏れた。中々にショッキングなシーンだった。虫嫌いには辛い映像だろう。
「魔物ってのキノコじゃなくて上の蜘蛛のことだったのか……」
「きっしょ〜っ!!春ちゃん、私鳥肌立っちゃった」
「私もだよ。凄かったね、シュッてなってびよーんって」
擬音まみれだが、まさしくその通りだ。ほぼ無音で飛び降りてきて、帰りは素早く糸の張力を使っていた。
「あのキノコは触れると毒を軽い神経毒を噴出するんです。上の蜘蛛はそうして動きの鈍った獲物を捕まえて食べる訳ですね。近づかなければ危険が無いですが、逆に言えば知っていなければ除けられません」
「興味本意で何でもかんでも触るなってことか?」
「そうですね。ついでに、あれの駆除もして行きましょうか。キノコは魔法で簡単に燃やせます。多分蜘蛛が数匹落ちてくると思うので、応戦してください。
また、戦いの途中で他の魔物が寄って来ることもあるので、警戒は怠らないようにお願いします」
「了解。皆、いいな?
まずは真中さんが炎の魔法でキノコを焼いてくれ。蜘蛛が落ちてきたら、能登と廉太郎で足止め。名瀬が好きを見て攻撃。俺は後衛二人守るから、二人は全体の援護を頼む。
情報班のレポートはしっかり読んでるよな?昆虫系の魔物の弱点は間接部。甲殻が硬い奴が多いから要注意だぞ。あと、多足型は手数の多さにも気をつけろよ」
「おっしゃ!初戦闘は蜘蛛か!廉太郎、頑張ろうぜ!」
「ああ」
「春ちゃん、オープニングショットだね!」
「うん、私頑張るね!」
皆やる気は十分なようだ。アルフさんのさっきの言葉もあるのだろう。あの人がお世辞を言わないのはこの一ヶ月でよく知ってるしな。
「つばさ君、お願いします」
「おう、二人は何が何でも守るから、落ち着いて狙ってくれ」
三塚さんにそう返し、真中さんに視線を向ける。真中さんは頷いて、詠唱を行った。
「炎よ、玉となりて直進せよ」
1mくらいの大きさの魔法陣が出現し、即座にその効果を発揮する。そこから発せられた炎は球の形をとってキノコへと真っ直ぐ進んでいく。それは数秒もかからず着弾すると、キノコの生えている倒木ごと激しく燃え上がった。
ブスブスと煙が上がり、緑色をした蜘蛛が三匹落下してきた。それらは音もなく着地するとこちらに向かって走ってくる。
そこに向かい真中さんが牽制の魔法を放ち、その進行を遅らせる。するとすぐさま廉太郎が前に進み出て一匹と戦い始める。襲いかかる四本の脚を巧みに躱し、いなし、弾いてゆく。
一方、遅れて二匹が能登のところまでやってくる。それを持ち前のフットワークで避けつつ、時折シールドを発生させてその態勢を崩して行く。そこへ名瀬が切り込み、一体の前足を中程から切り飛ばした。そこから能登と名瀬は手負いとなった一匹を集中的に狙って行く。真中さんは時折風の魔法を放ち、牽制を行っている。
その奥で、廉太郎が大きく振り下ろした蜘蛛の前脚を切り飛ばしたのが見えた。よく見るとその蜘蛛には攻撃できる脚が一本しか残っていない。後はトドメを刺すだけと言った様子だった。それに気を抜いてしまったのかどうなのか、一瞬だけ廉太郎の剣閃が緩む。その瞬間だった。蜘蛛がその口から白い物、おそらくは糸を吐き出したのだ。
廉太郎は回避行動を撮った物の、左脚が地面に接着され、上半身だけで応戦している。そして、蜘蛛の連撃に耐えきれなくなり、剣を取り落としてしまった。蜘蛛が残った脚を大きく振り上げる。
俺は糸を吐かれたときから駆け出していたが、微妙に届かない。そう思った時だった。空中に四つの魔法陣が連なり、そこを猛スピードで弾丸が通過する。それは瞬時に蜘蛛の脚の関節部に着弾すると、脚を根元から吹き飛ばした。バランスを崩した蜘蛛は前のめりに倒れ、それを俺の右の大剣が両断する。
「大丈夫か?」
「ああ、助かった」
廉太郎に声をかけ、人と靴を燃やさないと設定した炎で糸を燃やすと、俺は直ぐに三塚さんと真中さんのところへと戻る。
廉太郎は直ぐに戦線に復帰し、残りの2体を三人係で倒しにかかった。俺はあの弾丸を放った三塚さんに労いの声を掛けた。
「三塚さん、流石だな。見事に脚だけ吹き飛ばしちまうんだもんな」
「えへへ、間に合ってよかたったぁ」
「凄いなーシャルちゃん。私も頑張るね!光よ、収束して貫け!」
真中さんの人差し指から出たレーザーは発射されたその瞬間には蜘蛛の胴体を貫いていた。流石、1秒に世界を七周半回るだけの速さだ。魔法を放った瞬間には終わっている。欠点としては、攻撃範囲が恐ろしく狭いことぐらいだろうか。周囲の光を集めるために、一瞬だけ辺りが暗くなるし。
致命傷を負った蜘蛛は直ぐさま名瀬によって脚を切断され、能登の渾身の蹴りによって頭が弾け飛ぶ。その間に廉太郎も名誉挽回とばかりにもう一体の蜘蛛の頭部を切り飛ばした。
戦闘の終了に空気が緩み、ハイネさんが声を前衛の三人に労いの声を掛けながらこちらへと戻ってこようとする。
「あー、全員そこでストップ」
急な言葉にビクッと全員の動きが止まった。その中で俺は一歩だけ後ろに下がり、上から降ってきたそれを左右の剣で十字に切り裂いた。
「ま、気は抜くなってことで」
それは四匹目の蜘蛛だった。それが四つに分かれて体液を垂れ流している。皆が驚愕の表情を浮かべる中、俺が種明かしをしてやる。
「いや、俺の頭の上にいるキョウが気付いてたからな。飛び降りてくるタイミングと場所さえわかればどうってことねえよ」
「十分にデタラメだと思いますが……」
ハイネが呆れたようにため息を付いた。これじゃ貶されてるのか褒められてるのかわからないな。
「おおう、俺たちが手こずったのにたった2撃かよ」
「まあ、大剣でこいつらの甲殻を切れるのはさっきでわかってたし。相性の問題だよ」
そんなことより、だ。
「廉太郎、気を抜いたな?」
「ああ、すまん。自分一人で十分に捌けていたことに油断していた」
「三塚さんにお礼言っとけよ」
「無論だな」
廉太郎はそう言って三塚さんに頭を下げにいった。ふう、と一息つくと今度はハイネが寄ってきた。
「キョウちゃん、凄いですね。あの蜘蛛は気配が読み辛くて有名なのですが」
「まあ、な。一応索敵用の魔法も躾といたし。でもなあ、まだこいつの力がわかんないんだよな。直接聞いても、モヤが固まるようなイメージしか湧かないしさ」
最近、若干の意思疎通ができるようになった愛スライムことキョウだが、その情報は曖昧な物が多かった。さっきだって、”上に何かいる”と”来る”というイメージだけだったし。
「空を飛ぶことだけじゃないんですか?」
「いや、なんか違うみたいなんだよ。それは副作用?的な物らしい」
「副作用、ですか?本当に謎なんですね……」
不評を受けたと思ったのか、頭の上でキョウがへにゃりと申し訳なさそうにしている。それを撫でてやりながら、皆を眺める。怪我は全くないようで、全員ピンピンしている。
「うし、少し休憩したらまた進むぞ!」
初戦闘はクリアしたが、今日という日はまだ長い。俺たちは森の中を更に進んで行くのだった。