第九話 初回討伐遠征(1)
瞬く間に5日間が過ぎ去り、俺たちはその日を迎えた。初回討伐遠征。その一日目だ。
日の出頃に目が覚め、大双剣を掴んで中庭へと出る。軽く準備運動を済ませ、大双剣に魔力を流す。青く染まったそれを構え、この五日間で習ったこと全てを反芻するようにして剣を振って行く。
左の袈裟懸け、右腕を引き付けてガードしながら身体を捻って一回転し、右の横払い。その直後に左の大剣を垂直に振り下ろし、半身になった身体を全身のバネで戻すようにして全力の突きを放つ。
そうして無心になって剣を振るう。俺の剣は左右の大剣の重量を利用しての攻めの剣だ。遠心力による身体のひねりや、その重量による重い一撃を連続して行い、相手のガードをこじ開けて叩き潰す。ただそれだけのシンプルなものだった。
俺の剣技の方向性が定まったというよりは、今の俺には技術が無いためこの選択肢しか存在しない。
攻守一体の技巧を凝らした剣技など一朝一夕で身につくものでは無いのだ。まあ、これからもそうであるつもりはサラサラないが。
暫くして、廉太郎がやって来る。俺は酷使した身体に回復魔法を掛け、パンを食べてエネルギーを補給する。その間廉太郎は素振りや準備体操を行って身体をほぐす。それが終われば、俺たちは相対して剣を構え、何度も何度も模擬戦をする。
廉太郎は今までの培ってきた剣と、新しく学んだ剣の違いに最初こそ苦労していたが、今では完全に自分のスタイルを確立していた。
基本は剣道の正眼の構えをとりつつ、この国の剣術独特の滑らかな剣捌きで相手を翻弄し、相手が切りかかってきた瞬間に返し技で勝負を決める。隙や返し技を決めるタイミングを見抜く良い目が備わっていた廉太郎は、この守りに特化した剣を完全にものにしていた。今では剣技だけならばアルフさんを相手にしても、勝てはしないにしても、負けないレベルに達している。
さらに暫くして、能登や真中さんに名瀬と三塚さんとうちの班の全員が揃った。
能登と名瀬はそれぞれ自分にあった武器を選び抜き、特訓を重ねている。能登は両腕に魔盾と呼ばれるシールドを発生させる魔道具を取り付け、自分の位置を壁役に据えたようだ。
実際、能登のサッカーで鍛えられた足腰に支えられたシールドはなかなか突破しづらい。更にその右足の脛にはブレードの付いた足甲が装着されており、シールドを抜けられたとしても自慢の蹴りが唸りを上げる。
一方、名瀬は短めのダガーを両手に逆手で構えた暗殺者のようなスタイルだ。基本的に敵の急所を狙い、一撃離脱のヒットアンドアウェーという地味に嫌な戦法を取ってくる。バスケで鍛えたフットワークは伊達ではない。
真中さん達後衛陣は魔法の詠唱の練習をしたり、狙撃の精密性を上げるための訓練をしたりしている。
最初は俺と廉太郎だけだったのに、いつしかみんなも集まって来るようになった。それが素直に嬉しく、楽しい。皆、出来るだけのことはやってきた。俺達の間に漂う空気には緊張の色はなく、皆笑っていた。
自信があるわけでも、不安が無いわけでもない。ただ、こいつらとなら大丈夫だという確信があるだけだ。
「うっしゃ、そろそろ時間だな。行こうぜ」
「む、もうそんな時間か」
能登がはしゃぎ、廉太郎が冷静に返し
「あー、疲れた〜!!春ちゃん抱っこ〜」
「あっ、もう!泉美ちゃん暑いよう!」
くっ付く名瀬に、照れる真中さん。
そしてそれをにこにこと見守っている三塚さん。
気負いは無く、気力は十分。俺は抑えきれない高揚感を感じ、口端が釣り上がる。
さあ、出発だ。
何時もの訓練場に集まった俺たちの前には、何台もの馬車が留まっていた。俺たちはこれに乗り込んでコロン大森林へと向かうらしい。
「班ごとに乗り込んだら出発する!各自乗り込み開始!」
アルフさんの声が響き、護衛となる騎士達が馬車に乗り込んでゆく。俺たちもそれに続いて用意された馬車に乗る。
「では、出発する!!」
俺たちの乗り込んだ馬車は動き始め、やがて城門を抜けて街一番の大通りを通って街の外壁の前までやってきた。10mはありそうな門が音を立ててゆっくりと開き、奥の景色が見えてくる。
普段は外壁の上からしか見ていなかった草。そこに馬車でとはいえ踏み出したことにどこかウキウキしている。自分の世界が広がる感覚をここに来てから何度も感じているが、今回は格別だった。
その余韻に浸りつつ、随伴として乗っていたハイネの方を見る。
「んで、連絡事項とかはあるのか?」
「ええ。王都からコロン大森林までは半日ほど掛かりますので、その間に森の歩き方や、出て来る魔物などの説明をさせていただきたいと思います」
その言葉に全員がハイネの方を向く。
「我々はこのままコロン大森林の手前にあるキャンプまで行きます。到着がおそらく夕方になると思われますので、そこで夜を越します。その翌朝、すぐに支度を整え、森の表層部に突入します」
「キャンプ、ですか?」
真中さんが手を上げて質問をする。
「ええ。かなり大きな野営場となります。元々、森の魔物が街の方に出て来るのを防ぐための討伐隊が使っているものですから、頑丈な柵が張り巡らされ、安全が確保できます。
あそこの騎士達は腕は良いのですが、少々凝り性でして。拡張を繰り返したせいでキャンプとは名ばかりの、ほぼ村みたいになっていますよ」
「おお、まるでつばさみたいな人達なんだな」
「おいどう言う意味だ能登ぉ」
「言葉通りだろう。普段からつばさはやり過ぎなところがあるからな。戦闘班でも石を詰めた鞄を背負って、更に重量増加の魔法までかけてランニングしてるような奴はお前しかいない」
俺のツッコミに、廉太郎が笑いながら返す。廉太郎の言葉にキョウを撫でていた三塚さんがギョッとした顔でこっちに視線をよこす。
「だってさあ、適正化と回復魔法さえあれば基礎的なスペックは上げ放題なんだぜ?やるっきゃないっしょ?」
「それでもやり過ぎだよ!身体壊したらどうするの!」
「えぇ?回復魔法があるって。適正化かかってからほとんど毎日夜更かししてたらあんま寝ないで良くなったし」
実際、今ではかなりの重量を背負って走れるし、睡眠時間も一日2、3時間で十分になった。俺たちの一番のチートって、魔法とか現代知識とかじゃ無くて適正化だと思う。
俺の返答にハイネさんが溜息をつく。
「教える側にもなって欲しいものです。毎日少しずつ膂力が上がってきて、剣を受けるたびに腕が痺れるんですよ?」
「いやいや、こんだけじゃまだ勇輝には勝てんよ」
「……あの方を好敵手に据えられるのがまずおかしいのですよ」
まあ、そうだろうな。何せあいつ、初めて剣を握ったその日にアルフさんと模擬戦して勝っちまったんだから。最初こそ押され気味だった癖に、直ぐに剣の腕が上がって次第にアルフさんを圧倒し始めたんだから目も当てられない。
この国で最強の称号を持っていたアルフさんを倒したことで、今の最強は勇輝だ。
その勇輝に勝とうと言うのだから、此方も鍛えるしかない。俺がアルフさんを下せたのは、身体能力を上げてある程度剣技を身につけてからだった。膂力と持久力、そして手数にものを言わせて勝利をもぎ取ったのだ。しかし、勇輝と模擬戦をしたら良い線はいったものの、結局戦いの中で成長した勇輝に叩き潰されてしまった。彼奴はそういう、無茶苦茶なやつなのだ。
「話が逸れてきたな。俺のことは置いといて話戻そうぜ」
「そうですね……。ええっと、森での注意点なのですが、森の奥には決して踏み込まないでください。虚無の大穴に落ちてしまうことだけはあってはなりませんので」
「虚無の大穴?」
「ええ。森の中心部に存在する王都を丸ごと飲み込めるほど巨大な穴です。真円を描いており、その淵はまるで何かに削り取られたかのようにツルツルなのです。下を覗いても深い霧が立ち込めていて底が見えません。
数年前、一人の龍騎士が相棒の翼竜と共に突入したことがあるのですが、そのものが戻って来ることはありませんでした。そんな事実もあり、一度落ちたら二度と戻って来れないと有名なのです」
ふぅん。まあ、今回は表層部しか入らないらしいから問題はないだろう。とはいえ明らかなフラグっぽさが有るのも確かだ。気をつけるに越したことは無い、かな。
「了解了解。それで、どんな魔物が出てくる?特徴は?攻撃方法は?注意するとこも教えてくれ」
「は、はい。そうですね。まあ、スライムは脇に置くとして、まず魔狼でしょうか。皆様なら相手になりませんが、大きな群れを作るので、その点には注意が必要です。攻撃方法は噛みついたり、その爪で引っ掻いてきたりします。
有効な手段としては頭を潰すこと、ですね。そうすれば牙は使えませんし、確実です。他には群れのリーダーを倒すと、足止めに残る個体以外は逃げて行きますね」
結構頭が良いんだな。群れとしての行動が合理的だ。
「他にはーーー」
ハイネの魔物の解説はそれからしばらく続き、そのあとは皆思い思いの時間を過ごすのだった。
キャンプに着いたのはもうすぐ日が沈む、という頃だった。キャンプ場は丸太を連ねて作られた柵に囲まれており、その所々には穴が空いている。そこから兵士が魔法や弓を放つらしい。しかも柵は堀を隔てて二重になっており、その堅牢さがうかがえる。
キャンプ場の中心あたりには大きな物見台があり、ライトの魔法で辺りを照らしている。その直ぐ横には大きな建物があり、何本もの柱に支えられた高床式だ。さりげに鼠返しなんかも着いている。恐らくは食料庫だろう。その前には二人の兵士が立っている。
そんなキャンプ場に、名瀬が思わずといった感じに声を漏らす。
「これはすっごいねー。火の魔法でも使わないと落とせそうに無いよ」
「おい、なんで落とし方考えてんだ」
なんて会話をしていると、直ぐにキャンプ場の中心に着いた。そこは厩舎なんかの有るところで、御者の人が馬を連れて行く。ハイネの「降りましょう」という声でぞろぞろと馬車を降りると、丁度勇輝達の班も降りてきたところだった。
勇輝は俺と目が合うと、手をブンブンと振りながら寄ってきた。
「よう、そっちはどうだった?」
「楽しい旅程だったよ。アルフさんの話もためになったし。これなら戻っても森の中で迷子に成らずに済むよ」
「ああ、あの時の話か。懐かしいな」
半年くらい前、暴漢に襲われた所を勇輝に助けられた財閥の令嬢がいた。案の定彼女は勇輝に惚れてしまい、それに怒った令嬢の父、つまり財閥の会長様が勇輝となぜか近くにいた俺を誘拐して富士の樹海にすてたのだ。
お嬢様のSPの人からお茶をもらったら急に眠くなり、目が覚めたら森の中なんて、もう二度と味わいたく無いものだ。あの時は勇輝の勘に頼って何とか樹海を抜けきることができた。
その後、何だかんだあってお嬢様はうちの高校に編入してきたのは良い思い出だ。ちなみにその彼女は今では勇輝と同じ班で細剣使いをしている。
「でもあれはあれで面白かったよね」
「そんなこと言えるのはお前ぐらいだよ」
しかもちゃっかり会長とも仲良くなって、ピンチになるたびにいろいろ融通を利かせてもらってるんだよなあ。本当にデタラメなやつだ。
するとそこへ当の本人がやってくる。黒髪ロングの姫カット。見てくれは文句無しの美人だが、騙されてはいけない。
「あら、下民じゃないですの。何の話をしてらして?」
開口一番こんなことを言う毒舌高慢女だからな。
「おい菖蒲、いい加減下民って呼ぶのは辞めやがれ」
「ふん、貴方なんて下民で十分ですわ。そんなことより勇輝様、アルフさんが全班に招集をかけていらっしゃいますわ。行きましょう」
「うん、分かったよ。ごめんねつばさ。先に行くよ」
そう言って勇輝は班の女子達と去って行った。勇輝の班は勇輝意外に男子がいない。はたから見ると完全にハーレムである。というか、実際その通りなのだが。
それを見送った後、班のみんなに声をかけて俺たちもアルフさんのところに向かうことにした。