第五章 ~戦闘報告 報告者:十朱(とあけ) 優(ゆう)~
お兄ちゃんが知性派の狙撃部隊を押さえるために飛び去っても、相変わらずこちらが優勢だった。ルミなんかまったく疲れる様子もなく、それどころか、かなり調子にのっちゃってるし。
でも、そうやっていられたのも、すぐに終わった。
――ある人物が、来るまでは。
「アニキ! 来てくれたんスね!」
「助けてください、アニキ。あいつら、女子供だてらに強すぎますよ」
「ア、アニキ、そこにいるんですか? 俺、いろんなもんが見えて、全然見えないんスよ」
武闘派の下っ端にアニキと呼ばれた人物は、目を閉じたまま微笑を浮かべ、
「ったく、しょうがねえな~、お前ら。たかが女、しかもまだガキだろーが」
その男は、革ジャンに黒いジーンズというラフな服装、オールバックの髪形、そして手には日本刀。
間違いない。麻布会二大幹部の一翼を担い、武闘派のリーダーを務めており、そして、剣のスペシャリスト、剣 剣造だ。
剣造は、わたし達の前まで来ると、微笑を崩さぬまま目を開き、
「お前ら、意外とやるんだな。うちの若い衆をノ―ダメージで全滅寸前まで追い詰めるなんて。気に入った、お前ら、うちに入らねえか?」
剣造が出てきたときは、正直怖かった。でも、ここは勇気を振り絞って、
「そんなこと、できません!」
「そうだ! なめんじゃねーよ」
ルミのはつらつとした拒否に、ちょっとだけ救われた。
わたし達の拒否に対し、剣造は、その微笑を崩さぬまま、手に持った刀を抜きながら、
「そうか。しゃあねえ。ガキ相手とはいえ、組織を潰そうとする敵だ。全力でひねりつぶしてやるとするか」
この間、わたしはルミを横目で見つめ、
「いい、お兄ちゃんが戻ってくるまで、なんとか持たせるのよ」
「わかった! ねーちゃん」
ルミも目配せして、元気よく返事してくれた。
しかし、次に剣造が放った一言が、事態の深刻さを知らせてしまう。
「ああ、お前らのアニキのことな。ほら、あそこを見てみな」
剣造が指したのは、二号棟の屋上だった。見ると、銃声とともに上空で何かが飛び回っている。
「実はな、あそこに銃造とその手下が何人かいるんだ。あいつ、敵が空を飛んで襲ってくるかもしれないから、なんて言っててさ、鉄砲の煙の吸いすぎで頭がどうかしたのかと思った。だが、実際に羽付けて飛び回ってるんだから驚いたな。で、要は、てめえらのアニキは銃造の相手しててこっちまで手が回らねえってことだ。だから――あきらめろ!」
「きゃっ!」
「うわっ?」
最後のセリフを叫ぶと同時に、わたし達に切りかかってきた。
なんとかよけきれたけど、バランスを崩して転げまわってしまった。
「死ねっ!!」
そしてわたしに狙いを定め、剣を振りかぶった。
「そうは、させない」
わたしは手をかざし、幻覚を見せた。しかし、
「そんなもんは効かねえよ!」
「え?」
どうやら、熟練した剣の達人には勘で居場所が分かってしまうらしい。あわや切られようとした直前、
「ぶっ!?」
剣造が、何かに突き飛ばされ、遠くに飛んで行った。
「大丈夫? ねーちゃん」
「ルミ……」
突き飛ばしたのは、ルミだった。どうやら巨大な張り手で飛ばしたらしい。
ところで、今はチャンスだ。現在、剣造は遠くに飛ばされており、簡単には戻ってこれない。ならば、今のうちに作戦を伝えとこう。とっさの思い付きだけど、あの人には正面からでは勝てそうもないから。
「ねえ、ルミ、よく聞いて。あの人を倒す作戦だけど――」
「はあ、はあ……。さっきはよくもやってくれたな……。ただじゃおかねぇぞ!」
数分後、剣造が息を切らせながら戻ってきた。そして、わたしたちに襲いかかる。
「じゃあルミ、打ち合わせ通りに」
「OK! ねーちゃん」
「死ねやゴラァ!!」
剣造が剣を振り下ろした瞬間、
「危ない!」
――ズバッ!
わたしは、身を呈してルミを守った。薄れていく意識の中、わたしに突き飛ばされ、唖然としているルミの姿が目に映った……。
「さあ、次はてめえの番だ!」
「や……やめて……」
「もう遅えんだ……な……何?」
「す……すいません。実は今の、全部幻覚なんです……」
「は?」
しかし、剣造があっけにとられる間もなく、
「くらえ! 邪暗拳!!」
「え……?」
ルミが元気よく必殺技を叫び、くらわしてやったのは、巨大なゲンコツ(グー)、目つぶし(チョキ)、そしてビンタ(パー)。
どうでもいいことだけど、お兄ちゃんが言うには、ジャンケンをネタにした必殺技って、マンガやアニメではたまにあるらしい。ルミはよくお兄ちゃんからマンガやDVDを借りているから、自分もやってみたくなったんだと思う。
ともかく、ルミが技を撃ちこむと、剣造は見たこともないスピードでぶっ飛んで行き、二号棟にめり込み、戦闘不能になった。
ここで、どうやって剣造を撃破できたかネタばらしをする。実は、剣造が戻ってからすぐに、わたし達が切られるというシチュエーションの幻覚を見せていた。その隙に、わたしは横へ退避し、ルミは小さくなって幻覚であることを気づかれないように後ろへ回り込んだ。あとは、先ほどの様に殴ったりした、というワケ。
戦闘も終わり、お兄ちゃんの様子はどうだろうかと見上げると、赤い閃光が見えた。
「ねーちゃん、あれは?」
「たぶん、お兄ちゃんの方も戦闘が終わって、ボスの部屋に乗り込むんじゃないかな? わたし達も、行ってみよう」