第四章
俺はネモの医務室に担ぎ込まれた。
すぐに検査と治療が始まった。やはり、右ふくらはぎからスネにかけて命中しており、骨をかすめていた。ただ、幸いなことに弾は貫通していて、体内には残っていなかった。
治療は驚くほど簡単なもので、包帯を巻くだけだった。ただこの包帯、地球にあるそんじょそこらの包帯とは違う。インビー製の包帯で、この包帯には身体の組織の再生を促す薬が塗りこまれているらしい。
なので、翌日の昼頃には日常生活が難なくこなせる。三日もすれば包帯がとれ、訓練や任務もできるようになるらしい。
で、翌日。みんながお見舞いに来てくれた。
「意外と元気そうじゃない、ハク」
「恐縮です、艦長。それより、ネモは今どこにいるんですか」
「東京湾沖の海底よ。ここなら、アジトの様子も手に取るようにわかるしね」
艦長はあまり心配せず、明るい表情だった。
ただ、それとは対照的に優とルミは暗い顔というか、何か申し訳なさそうな感じだ。
「優、ルミ、もしかして俺が撃たれたことに責任を感じているのか?」
『………』
うつむいたまま、黙っていた。
「その態度、図星だな」
「別に気にすることないわよ。ハクの判断は正しかったんだから。もし違う判断を下していたら、誰かが死んでたかもしれないんだから」
「で、でも」
艦長の慰めに反論しようとした優だったが、
「いや、俺は優たちに気にかけてくれるだけでうれしいよ」
それを制止し、今の率直な思いを述べる。
その後、沈黙が流れた。
これ以上の沈黙には耐えられない。なんとか話を振るか。
「いい機会だから、ちょっと昔話をしようか。みんなも知ってると思うけど、俺は宙に浮く感覚に陥るときがある。で、そのことをしゃべったんだよね、小学生の時。それから、俺はからかいの的になった。おかげで人間関係が作れなくなって、ずっと一人だった。両親も仕事柄、家にいることが少ないし。正真正銘、一人ぼっちだった。そのせいで二次元世界に逃げ……戦略的退避してしまった。
それでさ、ミシェルの誘いに迷っていただろ? あれ、漠然と何かを恐れていたんだけど、その時は何が怖いんだか分らなかった。でも、今考えてみると、その恐れているものの一つが、みんなといい関係を築けなかったらどうしようってことだったんだと思う」
ハッキリ言うと、ほとんど思い出したくもない黒歴史だ。でも、とっさに言いだしたこととはいえ、なぜか撤回したりやめたりする気にはならなかった。
「でも、結果的に、そんな心配はする必要はなかったんだなぁ。いや、むしろミシェルに感謝すべきなのかも。こうして大切に思える人が三人もできたんだから」
言いたいことを言い終わると、今度は優が話し始めた。
「わたしも、ハクさんと同じです。実はわたし、チェアーへは小学生の時転校してきたんです。その理由は、幻覚です。小学生の時の私は、今よりも頻繁に幻覚を見て、そしてそのたびに床を転げまわったり、叫んだり……。それで、周りから白い目で見られて、とうとう学校にいられなくなって……。でも、転校したところで一人であることには変わりありませんでした。ですから、みんなの役に立てれば、だれかとつながりが持てるんじゃないかと思ったんですけど……わたし、何やっても不器用ですから、失敗しました」
優のやつ、俺達の役に立たないといけない、なんて強迫観念じみた考えを持っていると思っていたが、そういうことだったのか。
続いてルミが、
「あたし、みんなに大きくなったり小さくなったりできるよって言ったら、ウソツキ呼ばわりされたんだ。さすがにヤバい! って思って何とかしようとしたけど、どうにもならないところまで来ちゃってたんだ」
あの子の元気な姿の裏には、そんな過去が……。
最後に艦長が、
「私は、そんなことはなかったわ。物心つく前から首が長くなる感覚はあったけど、それが当然だと思っていて。だから、わざわざ話すこともなかったから。でも、家庭は違っていた。昔っから両親が家にいないことが多かったし、それに母も……。それと、私が育ててきたといってもいい弟が非行に走ってしまって。その結果が、今回の事」
なんだ、なんでこんな短期間でここまで絆が強くなるものかと思っていたけど、その理由がようやくわかった。あと、病気以外に感じていたシンパシーも。
みんな、同じような経験をしてきて、それを直感的に感じてたんだ。
「俺、思うんだけど、もうここまで似たような過去をたどってきたら、他人に思えないな。なんというか、その――家族、みたいな? それとも、年の差を考えれば『兄弟』と言った方が正確かな?」
あれ、なんかみんなくすくす笑ってる。変なこと、言ったか?
「なるほど、兄弟、ね……。これから、そういうことにしましょうか。ねえ」
「賛成ー!」
「わ、わたしも……」
「あなたはどうなの?」
なるほど、そういう受け取り方はしてないようだ。それに、兄弟の様に接するって、別に悪くはない。
「俺に否定する理由はありません」
「じゃあ決まりね。これからは兄弟の様に接すること。もちろん、兄弟間で敬語とかは禁止ってことで。これは艦長命令です」
「わかった! これからよろしくね、にいちゃん、ねえちゃん」
「あ、改めてよろしくおねが……いや、よろしく。ルミ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「俺からも。優、ルミ、姉さん」
「フフ、よろしくね、みんな。あ、でも、任務中は『艦長』ね」
……そこだけは譲らないんだな。
「あ、そうそう、忘れるところだったわ。はい、ハク」
艦長から紙の束を渡された。
「これは……?」
「さっきミシェルから連絡が届いたのよ。訓練中や今回の戦闘データの解析が終わって、ハク専用の装備の設計ができたって」
「なになに? ちょっと見せてよ」
「わ、わたしも……」
優とルミが脇から覗き込んできた。二人とも、かなり興味津々だ。
「わあ、きれい……」
「まるで、天使だ!」
……天使、か……。
俺にはあまり、似合いそうもないな。
「なんでも、風の制御を助ける装備らしいわ。空も飛べるって。これで戦略に幅が出るわね」
「そう。それはいいんだが……」
「なにか不満でも?」
別に機能に不満はない。ただ、気に入らないというか、俺の倫理観にそぐわない点が……。
「そのデザイン、変えられないのかな?」
「まあ、まだ開発に着手していないみたいだし、今から連絡を取れば間に合うと思うけど……」
「だったら、すぐに連絡を取る。ちょっとカラーリングの変更を申し込むから」