表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第三章

「目標地点に間もなく到着。エージェントは降下準備を」

『了解!』

 艦長の指令が艦内に響くと、俺たちはドックに向かう。

 こういう宇宙戦艦のドッグというと、床や壁が鉄でできていて、何かの工場のような印象を受ける内装を思い浮かべる人が多いだろう。しかしネモのドッグはそうではない。ネモ内の他の部屋や廊下と同様に、どこかの高級ホテルのロビーの様な印象を受ける。

 この空間の中央には、太陽系の模型と思わしきモニュメントが飾られている。しかもこのモニュメント、どういう原理かは知らないが、ワイヤーや棒など支えるものがない状態で宙に浮き、自転と公転を行っている。モニュメントの周りにはソファーとテーブルが配置されており、ところどころに大きめの観葉植物が置かれている。

 これらの調度品の中で、ひときわ異彩を放っているものがある。それはSFに出てきそうな、カプセルみたいなもので、準備室とは反対側の壁一面に並んでいた。

 このカプセルこそ、これから俺たちが使うマシンだ。正式名称は知らないが、どうやら中に入ると転送光線でネモの外に出られるらしい。

 俺たちはこの装置の中に入った。

「みんな、準備はいいか?」

「もち、OK! いつでもいいよ」

「だ……大丈夫、です」

「……だそうです、艦長。いつでもどうぞ」

「了解。転送光線、発射準備」

「ハッシャジュンビカイシ。かうんとだうんヲハジメマス。5・4・3・2・1・0」

「転送光線、発射!」






 一瞬目の前が明るくなったかと思うと、今までいた場所とは全く違う風景が目に飛び込んできた。

 周囲にあるのは、古びた倉庫だった。しかも集落みたいにたくさん集まっている。時刻が深夜であることもあり、かなり怪しい雰囲気が漂っている。

 そんなことより、みんなの様子を確認しなければ。

「みんな、ちゃんといるか?」

「あたしはへーきだよ?」

「な、なんとか」

「よし、みんな無事に降りられたようだな。(ゆう)、現在位置は?」

「え、えっと……目標から1キロ離れた場所みたいです……」

「計画通りの位置だな」

 しかし、この事実を聞いて不満を漏らす者が一人。

「ちょっと、なんでそんな離れたところにいんの? 直接アジトに降りればよかったじゃん!」

 だいたい予想はしてたけど、やっぱりルミが不満そうな態度をとった。なんというか、発想が非常に子供だよな(当然だけど)。とりあえず納得してもらえるよう尽力してみた。

「あのさ、ルミ。いきなり俺たちがアジトに乗り込んだら、敵はどんな反応をすると思う?」

「それは、くせ者がいきなりやってくれば攻撃してくると思うけど……」

「その通り。つまり俺たちにとって不利な状況になってしまうわけだ。そうなったら任務どころじゃないだろ? だから、少し離れた場所に降りる必要があるわけさ」

「うん、わかった!」

 元気よく返事をするルミ。訓練中も薄々感じてはいたが、改めて思った。素直で、いい子だと。

「よし、それじゃあ、任務開始といきますか」






 俺達は、今回の偵察任務地である麻布会のアジト、正面入り口前にたどり着いた。そこは高い(へい)に囲まれ、敷地に出入りする道には、これまた高くて厚い鉄の門でふさがれていた。その奥には3つ連なった五角形の建物のうちの一つ、俺たちが最初に入るであろう建物(一号棟と呼ぶことにする)の入り口があった。

 窓からは明かりがもれている。中に誰かいるようだ。しかし幸いなことに、門にも玄関前にも見張りがいなかった。

 とりあえず、窓から見つからないように近づこう。

「よし、アジトに接近する。窓から見られることを意識しろ」

 (ゆう)とルミはうなずき、俺の後に付いてきた。






 アジトへの接近は無事に成功した。俺達は今、門の真正面にいる。

「よし、門をあけるぞ」

 俺はそっと門へ手を伸ばしてみる。しかし、押しても引いても門は開かなかった。まあ、そうだと思っていたが。

「どうやら、カギがかかっているようだな」

 すると優は不安そうな顔で、

「じ、じゃあどうするんですか」

「俺の今の能力じゃあ、この門を飛び越えることはできないしなあ。でも、ラッキーなことに内側からならカギなしで開けられるからな」

「ど、どうしてそんなことが分かったんですか?」

「ミシェルの報告に書いてあった。外にあるモノなら、かなり詳細にわかるからな。あと、この門の下、右の扉と左の扉の間の部分に、小さい隙間があることが分かった。つまり……」

 俺と優は、ある一人の少女を見つめる。

「え、あたし?」

 そう、この最初の壁を突破するには、ルミの能力が必要不可欠だ。

 ルミの能力、それは自らの身体のサイズを変えること。

 つまり、小さくなったルミを門の内側に侵入させ、カギを開けてもらうのだ。

「――というわけだ、ルミ。やってくれるな?」

「もち、OK!」

 親指を突き立てるサインを出すと、ルミは門に向ってかけ出した。それと同時に、彼女の体躯(たいく)が見る見るうちに小さくなる。最終的に、地面を注視しなければ見えなくなるまで小さくなった。

 しばらくすると、小人と化したルミの姿は、門の隙間に消えた。

 そのことを確認すると、俺はダカホの無線で連絡をとる。

「いいか、ルミ。門を出たら体を元に戻す前に周りをよく見るんだぞ」

「わかってるわかってる」

 わりと元気そうな返事が返ってきた。どうやら心配する必要はなさそうだ。

 それから十秒とたたないうちに、カギの開く音が聞こえてきた。

「カギ、開けたよ」

 門の向こう側から声が聞こえた。

「人影はいるか?」

「大丈夫。いないっぽいよ」

「了解。それじゃあみんな、窓から俺たちの姿を見られないよう、門を抜けたら一気に玄関まで突っ走るぞ」

「りょーかい!」

「わ、わかりました」

「OK。ワン、ツー、スリーで行動開始だ。いくぞ、ワン、ツー……スリー!」

 俺の掛け声と同時に門が開いたが、わずかだった(重かったので)。そのまま俺たちは、玄関に向けて猛ダッシュ!

「ふう……。みんな大丈夫か?」

「はあ……はあ……大丈夫です」

「あたしはへーきだよ」

 短い距離とは言え、まったく息を切らしていない約一名に感心する。まあ、短距離だからみんなすぐに呼吸が整ったんだけどね。

「よし、これから突入するぞ。(ゆう)、幻覚の準備は?」

「いつでも、OKです」






 俺はそっとドアを開けた。最初に目に飛び込んできたのは、狭くて短い廊下だった。壁、床、天井、全てコンクリート打ちっぱなし。

 その奥は、何やら騒がしい。近くまで行ってみた。その空間は五角形になっており、奥に階段がある。どうやらこのフロア丸ごと一部屋として使用しているらしい。置かれている家具と言えば、ボロボロになっている折り畳み式の机やらパイプイスやらが散乱している。それと同じくらい酒の缶やビンが散乱していた。

 なんでこのような状況になっているかは、すぐ理解できた。典型的なチンピラスタイルの方々が大勢いらっしゃっていて、そいつらが酒盛りしていたり喧嘩していたり。このシーンは、まるで……。

「まるで海賊映画みたいだな!」

 というのはルミの意見。確かに酒場のシーンでよくこういうのあるよな。ちなみに俺は、同じ酒場シーンでも西部劇のほうをイメージしていたけれど。


「う……うう……」


 突然、(ゆう)がうなった。その表情は恐怖の色で染まっていた。

 そりゃそうだよな。こんな怖そうな人たちが喧嘩しているシーンを生で見るなんて、優の性格からすればかなりキツすぎる。

 だから、やさしく声をかけることにした。

「大丈夫か、優」

「え……えっと、その……」

「心配するな。出発前にもいったろ、俺たちが、ついてるから」

 そのセリフと同時に、優に寄り添う。

「ハクさん……」

 なんか優の顔が赤くなった気がする。それに隣でルミがニヤニヤしているのも気になる。でも、今はどうでもいいか。優が元気を取り戻せたし。

「どうやら、ここには何もないっぽいな。二階に上がるか」

 優が幻覚をかけ、敵に俺たちの姿が見えないようにしながら階段を目指した。






 一号棟の二階も、やはり打ちっぱなしのコンクリートで囲まれていた空間で、フロア丸ごと使用されていた。しかし一階とは違い、比較的上品なソファーとテーブルが置かれ、壁には様々な銃器が立てかけられている。ステレオからは、格調高いクラシックが流れている。

 部屋にいる人たちも一階のチンピラとは違い、スーツをきっちり着こなしている。まるで外国のインテリマフィアのよう。各々読書をしていたり銃の手入れをしていたりと、過ごし方も一階の連中とは真逆だ。

 ところで、こいつらの話を聞いていると、どうも一階の面々とは仲があまりよろしくないようだ。というか、蔑んでいるようにも思える。

「まったく、一階の連中はうるさくてしょうがありませんね」

「体を動かしてないと落ち着かないやつらですからね。大目に見てやりましょう」

「たとえそうだとしても、少し動かし方を考えるべきでしょう?」

「そういうことを考えられない筋肉バカの集まりですから、言っても無駄というものですよ。まったく、剣造(けんぞう)さんがもう少ししっかりしていただければ、我々としてもありがたいというのに」

 そういうふうに一階の連中の陰口を言い合っていた。

 だが、剣造とは一体誰なんだろう? そう疑問がわいたが、それはすぐに解決した。

 外国マフィアチームの陰口大会に、これまたスーツを着たかなり若い男が会話に加わったのだ。

「あの、一階の方々と我々とではかなり雰囲気が違うようですが……」

「ああ、あなた新人ですね? いいでしょう、説明します。我々麻布会はボス・麻布レオンを筆頭として組織されていることはご存じですね? そのボスには右腕と左腕となる、二人の幹部がいらっしゃるのです。その方々が、(つるぎ) 剣造氏と、その双子の弟でいらっしゃる銃造(じゅうぞう)氏です。それで、この方々に率いられているのが我々、ということになりますが……、簡単に言うと、お二人の方向性が対極に位置しているので、その下である我々も二つのグループに分けられているのですよ。

 剣造氏に率いられているグループは『武闘派』と呼ばれています。一階にいる方々がそうです。彼らは先に手が出るタイプで、我々としてはもっと落ち着いていただきたいものですけどね。ですが、接近戦の戦闘力に関しては評価しています。事実、剣造氏は『剣のスペシャリスト』と呼ばれているほど、剣の腕前は確かですからね。

 一方我々、銃造氏に所属しているグループは『知性派』と呼ばれています。我々をよく見ていただければお分かりになると思いますが、冷静沈着にしてよく考えてから行動するタイプです。あなたも知性派に所属している以上、冷静さを会得していただきたいですね。なお、我々は知略以外にも銃器の取り扱いが上手な方が多く所属しています。リーダーである銃造氏も『銃のスペシャリスト』と呼ばれるほど銃器の取り扱いが上手な方です。なんでも、仕事のときは愛用のライフルを使用しているとか」

なるほど、だいたい組織の様子はつかめた。

 周りの様子を眺めたが、他には何もなさそうだ。ならば長居は無用。

「みんな、三階に行くぞ」

「あのさ、さっきの話、よくわかんなかったんだけど」

 ルミには長すぎてよく理解できなかったらしい。この子に説明するには、シンプルで短く、要点をまとめたほうがいいようだ。

「つまり、麻布会には二人の幹部がいて、それぞれ率いている組織は得意分野が違う。しかも仲が悪いってことさ」

「でも、協力したら、かなり手ごわそうです……」

 不安そうに優が口を開く。

「確かに。実際に過去の組織の経歴を見ると、この二つのグループが協力しなければ成功しないような事件がたくさんある」

「でもでもでも、そんなにうまく仲直りできるもんなの?」

「これは俺の推測だが、どうもボスの強力なリーダーシップで上手く協力体制を敷いているように思う」

「じゃあ、どうすればいいんですか……?」

「なにかしら揺さぶりをかけて、ボスを機能不全に追い込むしかないだろうな。もしくは連絡手段を断ってしまうか。どちらにしろ、偵察任務を終わって持ち帰った情報から考え出せばいいことだ。さあ、上に上がろう」






 三階には誰もいなかった。物音も何もしない。人の気配が、ない。

 このフロアには部屋がたくさんあった。そのうちの一つの部屋に入ってみた。

 部屋の中央にはテーブルが置かれており、それをはさんで向かい合うようにソファーが置かれていた。その周りには観葉植物や、書類を保管しているガラス戸付きの棚もある。

 総じて、居心地がいい。

 俺は棚にあった書類に目を通していた。すると、

「ねえ、ここ、なんの部屋?」

 俺のコートを引っ張りながらルミが尋ねる。

「どうも応接間みたいだな。ほら、この書類に取引先が」

 見ていた書類を(ゆう)とルミに見せる。

「あの、何が書いてあるか、全然わからないんですけど……」

「ああ、たぶんこれは暗号で書かれているみたいだな。よし、ダカホの暗号解読機能で読んでみるか」

 俺はダカホを操作し、暗号解読機能を呼び出す。ちなみに、この機能もコートに装着さえしていれば、機能を呼び出すだけで自動的に解読した文字が見える。

「なるほど、いろいろな取引先がいるんだな。たとえば、この『(マー)(ボー)商会』は香港(ほんこん)マフィアだし、『チチェン・カンパニー』は、メキシコの麻薬組織っぽいね。

 麻薬の種類は……『ゴッド』が大麻、『コーラ』がコカイン(けっこうストレートだな)、『ホームズ』がアヘン、『アーミー』がモルヒネ、他にもいろいろ……。

 それと値段だが、この『ピーナツ』っていうのがそうらしい。1ピーナツ=1億円」

 しかし、ピーナツて。ロッキード事件のときに使われた隠語じゃないか。なんだかこの部分だけでもすぐにばれそうな気がするが……。

 (ゆう)とルミもこのことに気づいて突っ込むんじゃないかと思ったが、

「1億円単位で取引があったんですか?」

「すごすぎるなー」

 普通にスルーだった。

「えっ? みんな、この『ピーナツ』っていう隠語に聞き覚えがない?」

「えっ、別にそんなことはないですけど……」

「もしかして、むかし何かあったのか~?」

 困惑や疑惑系のリアクションが返ってきた。

 そりゃそうか。みんなの年じゃロッキード事件なんて知らないか。俺もその世代じゃないけど。

「帰ったら『ロッキード事件』で検索しろ。すぐ出てくると思うから。さあ、他の部屋も調べよう」




 他の部屋も調べたが、だいたいどこも同じ感じだった。まあ、取引の実態が分かっただけでもいいか。

 俺達は四階に進むことにした。






 四階には、フロアいっぱいにパソコンが置いてあった。人は少ない。しかも残っている人は、全員サラリーマン風だった。

 しかも、そいつらがたまに発するセリフと言ったら、『これでラストだ~』とか『今夜も遅くなるのかな』とか、完全に残業中のサラリーマンだった。

 俺たちは、とりあえず起動中のパソコンに接近してみた。改めて言っとくが、今の俺たちは優の幻覚能力で、サラリーマン連中には姿が見えない。

「あっ、数字がいっぱいだー」

「これって、もしかして……経理、ですか?」

「そのようだね。意外としっかりした組織なんだな。一階の連中とギャップありすぎ」

 そして、あるアイディアを思いついた。

 まずダカホをコートから取り出し、操作する。すると、ダカホの先端からUSBコネクタが出てきた。

「何を始めるんですか?」

 (ゆう)が興味津々に尋ねる。

「ダカホにハッキング機能があったことを思い出してさ。今はハッキング因子を送り込んでる。そうすれば、ネモからいつでも簡単にハッキングできる。つまり情報が筒抜けになるのさ。しかも、このパソコンが組織のパソコン全てとつながっていれば……」

「いろんな情報が手に入れられる、というわけですね」

「そゆこと」

 そうこうしているうちにハッキング因子の送信が終わり、俺はダカホをコートに戻す。




 このフロアの捜査が一通り終わったので、俺達は次の階に行くことにした。このフロアには階段がなく、代わりにエレベーターがあったので、そこに向かった。しかし……。

「あれ、おかしいな」

「どしたの?」

 不思議そうな様子でルミが尋ねる。

「スイッチがないんだ」

「あ、ここにカードリーダーがありますよ」

 優が指差した先には、確かにカードリーダーが。

「ダカホの電子ピッキング機能であけちゃいますか?」

「いや、やめておこう」

「えー、なんでー?」

 明らかに不服そうなルミ。

「この一号棟のフロア構成、というか役割がだいたい分かった」

「本当ですか」

「ああ。まず、一階と二階に戦闘員の休憩所を設ける。こうすれば二重の守りになる。

 次に、三階に応接室、四階に経理と、重要な情報の保管室を配置する。そうすれば、たとえサツのガサ入れがあっても、一階と二階の、二重の守りで情報や客をどうにかできる時間が稼げるからな。

 つまり、この構造は、上に行けばいくほど組織にとって大切なものがあるということだ。ということは、最上階にあるのは……」

「ボスの部屋、ですね……」

 神妙な面持ちで言葉を返す(ゆう)

「断言できないが、その可能性が高いな」

「だったら、なおさら行かなきゃだめじゃん」

 まあ、確かにそういう考えもあるよね。でも、どうしても行けない理由がある。

「ルミ、周りをよく見てみろ。組織の人間がいるじゃないか。しかも、このエレベーターは明らかに限られた人間しか使えないんだぞ。そのエレベーターが、誰もいない(ように見える)はずなのに動くってことは……」

「そうか! 怪しまれちゃうね」

「ご理解いただけて、どうもありがとう」

 どうしても行きたくない理由、それは周りに怪しまれてしまうからだ。このことをルミに理解してもらえて、とてもありがたい。

「これからわたしたち、どうしましょう?」

「すぐ右に連絡橋があるな。二号棟のほうに行ってみるか」











 二号棟、と俺たちが呼ぶことにした建物は、三つ並んだ建物のうちの真ん中に位置している建物だ。ミシェルがリークした衛星写真によれば、一号棟と同じく五角形をしている。四階建てで、窓が全面にわたって、ない。一階に出入り口らしきドアがある。一号棟とは四階にある連絡橋で連結していた。

 俺たちはまさに今、その連絡橋におり、二号棟に移っている最中だ。

 二号棟に侵入するとき、誰かいるんじゃないかと思って身構えてはみたが……、

「誰もいないみたいですね」

 優の言う通り、人の気配がない。

 フロアを見渡してみると、部屋がいくつもある。部屋のドアには、プレートがかけられていた。

香港(ほんこん)、ニューヨーク、ケープタウン、北京、上海(しゃんはい)……世界中の都市の名前が書かれていますね」

「あたし、ニューヨークってのに入ってみたい!」

「そうだな、とりあえず入って調べてみるか」

 俺たちは、扉を開けて中に入ろうとしたのだが……扉が、開かない。

「どうも、カギがかかっているみたいだな。ダカホの電子ピッキングはカードリーダーみたいな電子キーじゃないと効かないし」

「じゃあ、どうすんのさー」

 この難題を解決してくれたのは、やはり(ゆう)だった。

 優はダカホをいじった後、

「あの、今、『X線眼(エックスレイ・アイ)』を作動させたんですけど」

「ああ、確か目を近づければ透視できるってやつか。それじゃあ、やってみて」

 優はうなづくと、扉に顔を近づけた。

「何か見えるか?」

「ええと……ダンボールの山が見えます。あと、ちらほら白いものが入った個袋の束も」

 白いものが入った個袋か……。それって、つまり、

「おそらく、ヤクだな。ダンボールの中身も同じものが入っているとみて間違いないだろ」

「ってことは、麻薬の倉庫ってこと?」

 ルミの答えは……まあ間違いではないのだが。

「半分正解。でも、ルミは扉のプレートの事を見落としている」

「あの、外国の街の名前が書かれたプレートの事?」

「あ、わかりました。つまりここは、輸送先ごとに商品を保管している、仕分け部屋ですね?」

「正解だ、優。ただ、少し補足すると、このフロアには外国の地名しか書かれていない。つまり、外国向け専用のフロアであって、国内向けは、また別のフロアにある、と考えた方が自然だな」

 この後、透視機能で四階の部屋を全て調べたが、やはりダンボールとヤク袋の束が置いてあった。俺の推理は十中八九、間違いないと思う。




 四階の捜査を終えた俺たちは三階へ向かうため、階段に向かっていた。

 その途中、俺はあるモノに気づいてしまった。

「なんだ、これ」

 それは、壁だった。しかし、ただの壁ではない。

 縦長の長方形型に切れ込みが入れてあり、上部には出っ張りがある。俺はそれを下へ押してみた。

 すると、なんとその長方形が下にさがり、外の景色が視界に飛び込んできた。

 しかも、ガラスなど外界と隔てているものが、何もない。

「おお、すごいな、これ!」

 仕掛けに心躍っているルミ。

「なんなんでしょう、これ……」

 不思議そうに見つめる(ゆう)

 二人のリアクションは対照的で、見比べると面白い気もするのだが、偵察任務中の身としては後者のリアクションが望ましい。

「窓、とは少し違うようだな。そうだとしたらこんな凝った作りにしなくてもいいし、それに開けてすぐ外の空気が入る構造なんておかしい」

「ですよね……。何が目的なんでしょう?」

 この疑問を解決してくれたのは、この場にはいないけれども状況を全て把握している、あの人だった。

「ちょっといいかしら」

「あれ、艦長? どうかしましたか?」

 そう、ネモで指揮をとっている、我らが艦長である。

「その不思議な作りの窓、おそらく狙撃窓だと思うの」

「狙撃窓、ですか……」

「そうよ、ハク。その窓から銃身を出して、狙撃するの。そうすれば、上から侵入者を有利に攻撃することができるわ」

 かなり恐ろしい設備だな……。もし知らずに襲撃していたら、この設備によって確実に命を落としていたかもしれない。

「なんにせよ、襲撃するにはかなりいい情報になりましたね」

「ええ。それに、外から見た狙撃窓の構造も判明したわ。これでネモから狙撃窓の数と位置を特定できる。みんなは三階に向かって」

『了解!』






 俺たちは三階にたどり着いた。

 そこの間取りは四階と変わらなかった。ただ、四階と違うことがあった。

 もちろん、俺の推理通り、部屋のプレートが東京とか名古屋とか、日本の地名になってはいた。しかし、今、俺が問題視しているのは……、

「くっ、人が多い……」

 そう、とにかく人出入りが激しいのである。

「わたしたちの事なら、相手に見えてないはずですけど……」

「大丈夫、(ゆう)の方に問題があるわけじゃない。今、俺が問題にしているのは、道の狭さだ。これだけ狭いと、どうしても組織のやつらとぶつかってしまう。そうなると、怪しまれるからな」

「じゃあ、どうすんの」

 それが分かってたら苦労はしない。




 しかし、様子をうかがうこと数分、俺はあることに気付いた。そして、決断を下す。

「強行突破するぞ」

 この発言の直後、優とルミは、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。

「えっ、そんなことしていいんですか?」

「さっきと言ってること違うじゃん。なんでそんなことゆーの?」

 口々に疑問を投げかけられる。

 でも、この作戦が成功する根拠があった。

「いいか、二人とも。やつらを見てみろ。特に足元。ふらついてるだろ?」

「ほんとだー。みんな酔っ払いみたいだなー」

「あっ、わかりました。あの人たち、半分寝てるような状態ですね」

 優とルミは、合点がいったようだ。

「その通り。おそらく、やつらもクスリを飲んでいて、ラリってるんだろ。そうなるとこっちにとっては好都合。多少ぶつかったとしても大して気にされないだろ」

 ただし、あまりにも頻繁にぶつかると怪しまれる。そういうことは最小限にとどめなくては。

 そういうわけで、ルミには小さくなって俺のポケットに入ってもらうことにした。

「その前に一つ質問」

「どうした、ルミ?」

 突破プランを説明し終えた直後、ルミから質問が。

「ガサ入れはしなくていいのか?」

 あー、なるほど。確かに、上の階でやったことをこっちでもしなきゃいけないんじゃないかって思ってるんだな。

 でも、今の状況ではそのような暇はない。それに、上の階とこの階を比較すれば、別に調べなくてもいい。

「ルミの言うことももっともだ。でもね、今の状況だとガサ入れできる余裕はないんだ。それに、この階は上の階と似ている」

「そうか、わかった! ここは日本向けの麻薬貯蔵室だっていうのがアキラカだから、ガサ入れする必要がないんだ」

「その通り」

 わかってくれて安心した。俺はルミの頭をなでてやる。なんか少し嬉しそうな顔をしていた。

「さあ、作戦開始と行くぞ」

 その言葉に二人はうなずいて答えた。




 まず、ルミが俺に向かってダイブすると同時に小さくなり、俺のコートの左ポケットにストンと収まった。

「準備はいいか、ルミ」

「こっちはOKだよ」

「よし。振り落とされたりしたら、すぐに連絡するんだぞ」

「ラジャー!」

 うん、とてもいい返事だ。こっちは心配なさそうだ。

「優、絶対に俺の手を離すんじゃないぞ」

 そう言って俺は、優の右手を握りしめる。

「は……はい」

 なんだか優の顔が少し赤い気がする。もしかして、任務前に出たあの症状がまだ治まってないんじゃなかろうか。しかし、ここまで来てしまっては後戻りできない。俺に出来ることは、優に注意を向けることぐらいか。




「よし、じゃあ行くぞ!」

 そのセリフと同時に、俺は優の手を引っ張り、向かいにある、二階への階段を目指す。

 途中、何人かの組織員にぶつかったが、直後に聞こえてきたセリフと言えば、

「ありゃりゃりゃりゃりゃ」

「う~~~~ん、ヤクのやりすぎか~~~~~?」

「ヤラレチャッタ」

 というような、侵入者と接触したことに気づいてなさそうなセリフであった。

 余談だが、三人目の組織員が言ったセリフ。あれ、確か最近クロスオーバー系のアクションゲームのおかげで再び有名になった、レトロゲーム主人公の超有名なセリフだと思う。ということは、(やっこ)さん、ファミコン世代か?






 俺たちは階段を駆け降りた。すると近くに印刷紙の束が山積みになって置かれていたので、すばやく移動してひとまずそこに隠れることにした。

 とりあえず、まずはルミを元に戻してやらないと。俺はポケットからルミをそっと取り出し、地面に置く。

「ルミ、大丈夫か?」

「ちょっとふらふらするけど、なんとかだいじょぶそうだよ」

 そういうことなら、しばらくここにいて様子を見るか。

 二人にその方針を伝え、了解を得た。

 このフロアは一号棟四階と同じように、パソコンがずらっと並んでいる。一号棟四階と違うところと言えば、パソコンを使っている人間が多い。また、一階と三階への出入りが多い(出入りしている人間は、全員ヤバそう)。そして、決まって一階から上がってくる人間がパソコンユーザーから何かの紙を手渡されている。

 そのときのやり取りが聞こえてきた。

「お前の今週の割り当てだ。商品とって、さっさと行って来い」

「わ~ったよ~。わ~ったから、そんなでけえ態度とるんじゃね~よ」

 なるほど。このやり取りを聞いて、一発で分かった。

 つまり、ここのフロアの役割は、

「商人への指示室ってことか……」

「えっ?」

「つまり、ここは商人にどこで、どのくらい商品を売りさばくかを命令する場所ってことだ。ということは、俺たちが三階で会ったヤバそうな人間は、自分の担当分の商品を取りに来た商人らしい」

「あ……あと、指令書みたいなのを受け取ってる人って、一階から来ている人だけですよね? それって、つまり……」

(ゆう)が考えているとおりだ。間違いなく、一階は商人の待機室ってとこだろうな」

 しかしこの発言を聞いて、好戦モードに移行しそうなのが一人。

「じゃあさ、さっさと乗り込んでやっつけよーよ!」

 ネモクルーの中でも快活な少女、(しゃく)() ()()である。さっきまでポケット酔いしていたのに、もう治ったとは。少し驚いた。

 話が横道にそれるのはそれくらいにして、確かに、麻薬が世間に流れてしまう前に武力行使でとめるというのも理解できる。ただ、今回の任務は、施設襲撃に備えた情報収集が目的なわけでして。

 それに、今攻撃を仕掛けでもしたら……。

「ルミ、今襲撃したら、俺たちは護衛に囲まれて、最悪死ぬのがオチだぞ」

「でもさ、ユウの幻覚があればダイジョウブじゃない?」

 予想していた答えが返ってきた。

 確かに正論ではある。しかし、それでもルミに自重を促さなくては。

 そこで、ある作戦を決行することにした。

「あのな、ルミ。実は、ミシェルから極秘情報が入ってるんだ」

「なになに? ゴクヒジョウホウって」

 よし、うまく食いついた。思った通り。

 ここで一気にたたみかける。

「どうも麻布会は新商売に手を出そうとしているらしくてな。その商売に使う品のサンプルが、このアジトの一番奥にある三号棟にあるらしいんだ。だから、ここで騒ぎを起こしたら、決定的な証拠を隠滅されちゃうかもしれないぞ」

 ……ごめんなさい、ウソです。

 本当の理由は、(ゆう)の能力が不完全なために、騒ぎが起きればすぐに見つかる危険があるからだった。

「うーん、そういうことなら」

 なんとか真の理由をごまかしつつ納得させることに成功したようだ(しぶしぶっぽい気もするけど)。

 そのすぐ後、優が泣きそうな顔で俺を見つめる。

「あの……わたし、そんなに役にたたないんですか……?」

 この子にだけは隠しきれなかったようだ。

 でも、能力が不完全なのは俺も一緒なわけで。

「能力が不完全だからっていうのが本当の理由だ。でも、それは俺やルミだって同じ事さ。だから、お互い助け合わないと。それに……」

「それに……?」

 ここで、俺は優の目を見つめ、

「役に立つ、立たないの人間関係でいたくない」

 この言葉を聞いた(ゆう)は、一気に顔が明るくなった。ただ、同時に顔が赤くなっているのも気にはなるが、一応良しとしておくか。ついでに言うと、ルミが不敵に微笑んでるのも気になる。




 さて、このフロアでやり残したことと言えば……、

「あのパソコンにハッキングしたいな……」

 一号棟四階のパソコンにはハッキング因子を入れておいた。しかし、そのパソコンがこの施設内でネットワークを構築していなければ、組織のコンピューター全部に侵入することはできない。

 そのような事態を想定し、このフロアのパソコンにもハッキング因子を送り込みたいのだが……。

「その必要はないわ、ハク」

 艦長からの通信だ。その必要がない、ということは、つまり……、

「麻布会は、組織内にネットワークを構築していた、ということですね」

「その通りよ。実際にコンピューターに侵入できるのにはまだ時間がかかるけど、ネットワークの解析はすでに終わっているわ」

「なるほど。で、どういう感じでつながってるんですか?」

「組織内すべてのパソコンよ。ボスのパソコンにもつながっている。少なくとも、正確な間取りだけは入手できそうね」

 建物の構造はわかっちゃうのか。ということは、

「艦長、俺たちは帰還ですか?」

 今回の任務は、アジトの内部構造の調査が目的だ。それが手に取るようにわかるようになるってことは、任務終了ってことだよな。

「いえ。あなたたちには、アジト襲撃に関する、見取り図と双璧をなす重要な調査をお願いしたいわ」

「重要な調査!?」

 明らかにわくわくしている、といった感じのルミ。

「それは、武器の調査よ。どのような武器を保有しているかはわからないわ」

 たしかに、武器や兵力の調査って大事だよな。そういうことなら、任務続行する意義もある。

「了解しました、艦長。我々四人は、これより武器の保有を主目的として、調査を続行します」

 そして俺たち三人は、一階へ向かうのだった。




 一階は……ヤバそうな煙が立ち込めていることとラリっている売人がちらほらいる以外には特筆すべきことはない。なので、三号棟方面の扉を開けて、さっさと退散することにした。











「なんだ、こりゃ……」

「あ……」

「おー、すげー」

 リアクションは様々ではあるが、そろって驚いていることに変わりはなかった。

 それもそのはず。三号棟一階に入ったとたん、俺たちの目に入ってきたのは、大量の拳銃類だった。

「なんなんでしょう、この部屋……」

「武器庫、という線が無難だな」

 しかしこの後、この建物が本当に武器庫であるかが疑問になってきた。






 三号棟は、やけに人が少なかったので、スイスイ先に進めた。

 だが、俺はある法則を発見してしまう。どうも階層が上がるにつれ保管している武器が大仰になっている気がする。

 最初は拳銃、次にライフルやショットガン、アサルトライフルと続き、最後の四階ではロケットランチャーやミサイルランチャーが置かれていた。

 ここまで来ると、もう麻薬組織の武器庫というレベルではないな……。




「いかがでしょう、我が麻布会の新商品の数々は?」




 後ろから声がした。

 振り返ると、二人の男が並んでいた。どちらとも長身だ。一人は黒髪オールバックで、革ジャンと黒ジーンズをはき、左手には日本刀を持っている。もう一人は、茶色い長髪で、黒いスーツを着ている。手には、アサルトライフル。

 アサルトライフルを手にしている男がしゃべりだした。

「そこにいることは分かっているのですよ。どのような手口を使っているかは知りませんが、監視カメラの眼はごまかせていないようですからね。ちなみに、カメラの映像は私のケータイから見られるようになっていますので」

 ふっと見上げると、確かに監視カメラがあった。

 これは……かなり痛いミスだな。(ゆう)の今の能力だと、カメラに念写するくらいたやすいことなのに。

「ご、ごめんなさい、ハクさん。わたし、監視カメラに気づけなくて」

 うつむき加減に話す優。

 優は自分の責任の様に感じているが、それは俺の責任でもあるよな、この場合。

「それは俺も同じことさ。人の目を気にしすぎるあまり、監視カメラの事を忘れるなんて、初歩の初歩をすっかり忘れていた。初めからそのことに気づいて注意してやればよかったんだよな」

「ねえ、これからどうするの……?」

 ヤバ気な空気であるのを読んだか、いつもの元気が失せているルミ。

「連中は、俺たちが侵入しているのを知ってて泳がせたんだ。絶対に何か仕掛けてくる。ということは、俺たちは後手に回されたってことだ。後手には後手なりの勝負をしなきゃならない」

「あたしたち、しんじゃうの……?」

 まずい、ルミの生気がなくなっていく。この状況での士気の低下は死へと直結してしまう。何とか勇気づけてやらねば……。

「優、ルミ。俺は、後手は後手なりの勝負をしなきゃならないと言ったが、逆にいえば後手の戦いをすれば、勝つことはできなくても生還はできる。言ってる意味、わかるよな?」

 こくん、とうなずく二人。

「俺は約束する。ここにいるみんなを、必ず、生還させる」

 二人に生気が戻ってきた。

 その時、艦長から連絡が入った。

「いい、みんな。今、退路を検討中よ。後少し時間がかかるから、その間……」

「時間を稼げってんですね。了解」

 まあはじめっからそうするつもりだったから、ノープロブレムか。

 では、作戦開始と行きますか。






 時間を稼ぐ最良の方法は、会話にある、と思う。もちろんこれには話術に卓越していなければならないが、戦闘による時間稼ぎよりは安全だ。

それに敵が優位に立っているということは、敵に心の隙ができている可能性もある。そこをつけば、いい情報を漏らしてくれるかもしれない。

 ということで、まずは会話できる環境づくりだ。そのためには……、

(ゆう)、幻覚解除だ」

「えっ、でも……」

「どうせバレてる。だったらこんなことしても無駄だからな。大丈夫、俺を信じろ」

 多少動揺したものの、優は幻覚を解除してくれた。あの長身二人組の後ろにいた子分軍団から驚きの声が。

「おお、本当にいやがった」

「どんな手品だよ、それ」

 そのような歓声を沈めたのは、やはり茶髪&長髪の男だった。

「みなさん、静粛に。これからお客様をおもてなしするというのに。さて、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。私、麻布会の幹部をやらせていただいている、(つるぎ) 銃造(じゅうぞう)と申します。お見知り置きを」

続いてもう一人のオールバック男が、

「俺は麻布会幹部にしてこの銃造の双子の兄貴、(つるぎ) 剣造(けんぞう)だ。よろしく頼むぜ」

 なんと、一号棟二階で話していた、二人のスペシャリストではないか! ハッキリ言って、こんなところで会いたくなかった。潜入任務中の身としては、かなり厄介だから。

 艦長、今回の退却は、一筋縄ではいかなそうですよ。

「まあ、こちらとしてもいろいろ聞きたいことはあるのですが、まずはそちらの自己紹介をお願いします。こちらも自己紹介をしたのですから、そちらもやっていただくのが礼儀というものでしょう」

 銃造(じゅうぞう)がニコニコ顔で話しかけてきた。この男、笑顔の裏にとんでもないプレッシャーを感じる。

 しかし、こちらとしても臆するわけにはいかない。人間二人の命を預かっているのだから。

「残念ながら、職務上こちらの正体を明かすことはできない」

「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」

 半ばキレ気味に剣造(けんぞう)が怒鳴ってきた。やはり武闘派のヘッドだけあって感情的になりやすいようだ。

「まあまあ、兄さん。どうせ後でゆっくり話を聞く機会を設けますから、落ち着いてください」

 剣造を収めたのは銃造のほうだった。さすがは双子だけあってこういうことには慣れっこなのだろうか。だが、このやり取りを見て思ったのだが、仲が悪いのは部下同士だけで、リーダーはそうでもないんじゃないか?

 だとすれば、厄介だ。たとえ組織のボスを押さえたところで、こいつらが率先して協力するとなると、組織壊滅作戦は困難を極める。

 まあそのことは後回しだ。今はこの窮地を打開しないと。

「ところで、さっき『新商品』、とか言ってたが、それはどういう意味だ?」

 なんとか会話を成立させるため、俺はさっき銃造が言っていたことについて質問してみる。

「ああ、そのことですか。実はボスが武器売買に着手する、と宣言しまして。そのサンプルとして保管しているのですよ。この辺の重火器の弾薬はまだないのですが、そのほかの銃器類であれば、いつでも使用可能です。

 ついでに申しますと、最初は試験的に、我々と懇意にしてくださっている組織の方々向けにセールスします。確かもう何件か契約成立していましたっけ。それでですね、それらの反応が良ければ、いろいろなツテをつたって大々的に売りさばきます。例えば、アフリカの紛争地帯に輸出するとか」

 ――なるほど。こいつら、戦争を食い物にする、グリーンカラーになろうっていうのか。

 だとすると、ますます生きながらえさせておくわけにはいかなくなった。

 そのためにも、まずはネモに生還し、一刻も早くこいつらをぶっ潰す戦略を立てねば。

 ちょうどその時、艦長からの連絡が。

「みんな、おまたせ。退路の構築が完了したわ。このアジトの東側、二号棟と三号棟のちょうど中間にある壁に向かって!」

 しかし、退路を表示しているダカホを見た途端、優とルミがありえないといった表情で、

「ちょ、まってよ! こんなところ通るの?」

「艦長さん、本当にやるんですか……?」

 確かに、普通に考えればありえないルートだ。だが艦長は、

「これはハクの能力があればこそできるのよ。私はハクがやれることを信じてる。だから、みんなもハクの事を信じてあげなさい。ハク、約束したでしょ。必ず生還させるって」

 このセリフに突き動かされたのか、二人は『はい』、と返事をした。

「ハク、絶対に全員で生還しなさい。これは命令です」

「言われなくても、わかってますって」




「おい、誰としゃべってんだ?」

 俺たちのやり取りが滑稽に見えたのか、剣造がいぶかしげに話しかける。そりゃそうか。一般的な地球人にとって、電話を耳に当てることなく、かといって通話用イヤホンを使うことなく通信できるなんて、誰にも想像できないよな。

 それを可能とする俺たちの姿を見れば、誰だって『残念な人』という印象を受けるだろう。

 それはさておき、そろそろ撤退せねば。

銃造(じゅうぞう)さん……だっけ? さっきのあんたの説明を聞いて、ある結論にたどり着いた」

 銃造は眼を少し見開き、

「ほう。是非お聞かせ願いたいものですね」

「それは……なおさらこの組織を放ってはおけないってことだ! 俺は、戦争が、大っきらいなんだよ!」

 それを聞いた銃造は嘆息し、

「ふう……。新商品について質問された時、私は、もしや顧客になりうる組織の調査員なのではという希望的観測をもったのですが……、そうではないようですね。そして、もっと賢い結論に辿りつけるものだと思っていましたのに」

 そういうと、銃造は指を鳴らした。

 すると、二号棟への連絡橋からたくさん組織員が現れた。そいつらは刀を持っていたり、銃を持っていたり。明らかに武闘派と知性派の混成部隊だ。

 俺たちはあっという間に取り囲まれてしまった。

 剣造(けんぞう)が高らかに宣言する。

「お前ら、やれ! ただし、殺すなよ。そいつらには、後でたっぷりインタビューする予定があるからな!」

 そして、様々な雄たけびとともに、組織員が襲いかかってくる。




(ゆう)、ルミ、俺にしっかりつかまってろよ」

 優とルミに俺の腹部を抱きしめさせる。

「さて、今の技術でどこまでやれるか」

 俺は腕をサッと降る。

 すると、

「うお!」

「なんだ、風が!」

「ダメだ、立てない!」

 突然突風が吹き、襲ってきた連中を次々に吹き飛ばす。壁にたたきつけられる者、連絡橋から下へ突き落される者など、被害は様々。




 なぜこのようなことになったかというと、答えは簡単。俺の能力を応用したからだ。

 俺が訓練中に発見した、能力の応用。それは、サイコキネシスで「空気を動かす」ことだ。

 前にも言ったが、今のおれはせいぜい30キロのものまでしか動かせない。これでは大して

攻撃に使えるわけがない。しかし空気であれば、30キロとはいえその量は膨大だ。しかも、空気は流体だから、俺が動かした空気のほかに、その周りの空気もつられて移動してしまう。結果、俺の能力の限界以上に空気が動く。こいつを猛スピードで敵にぶつければ、十分凶悪な武器となる。

 しかし、これはこれで欠点がある。実は、動かすのが流体であるがゆえにコントロールが難しい。だから、加える念力のバランスを少しでも崩すと……、

「きゃあっ」

「ハクのえっち! スカートめくったりして」

 と、このように、二人の少女のスカートを、コートごとめくってしまったりする。実は訓練中にも何度かこのようなことが起こっており、そのたびに何度も土下座して謝った。

 ついでに釈明すると、この機に乗じてスカートの中をのぞく、なんてことは一切やっていない。気流のコントロールに必死で、そんな余裕はないからだ(だからと言って余裕があれば見ていた、というわけでは決してないが)。

 ともかく。

 トラブルはあったものの、前方の敵を退け、後方の敵を吹き飛ばして退路の確保ができたので、急いで二号棟への連絡橋へ向かわねば。

「みんな、退却するぞ」

「ちょっとちょっと! さっきのこと、あやまってよ!」

 ルミのやつ、まだスカートめくったことを根に持ってるのか。確かに落ち度は俺の方にあるが、そんな暇はないわけで。

「確かに俺が悪いけどさ、後でいいかな? とにかく今は逃げないと」

「わかった。約束だかんね」

 ……これ、フラグ成立でいいんだろうか? なんか微妙な気はするが、安心した部分もある。

 例の幹部二人組に見つかった時、ルミは生気を失いかけていた。しかし、今はいつもの調子が出ている。

 これなら、生存できる。

「さあ、おしゃべりはこれまで。退却するぞ」




 俺たちは二号棟への連絡橋の、ちょうど中間地点で左に向く。

「ここだね」

「ここ、ですね」

 真剣な面持ちの少女たち。

「ああ、ここから飛び降りて、一気に指定ポイントまで駆け抜けるぞ」

 そう、俺たちは今からダイブし、艦長から指定された、アジトの敷地の東側にある壁までショートカットコースで向かうのだ。

 普通ならば、大けがは免れない高さ。それでも、安全に飛び降りれる確証がある。

 俺の、能力を使えば。

「……足音が聞こえる。もう迷ってる時間はないみたいだ」

 俺は二人を交互に見つめ、

「俺を、信じてくれるか?」

「もっちろん!」

「ハクさんの事を、信じます」

 なんとなく答えはわかっていたが、確認が取れて安堵。

「よし、それじゃあ行くぞ」

 優とルミを両脇に抱え、そして脚を連絡橋の手すりにかけ、

「はあっ!」

 一気にダイブ! そして、

「風、来い!」

 俺の能力で上昇気流を起こし、落下速度が緩んだ。




そして――軟着陸。

 ダイブは成功した。これも、俺の事を信頼してくれたみんなのおかげだと思う。

 さて、後は指定ポイントまで走るだけだ。




「艦長、目標地点に到達しました」

 ダイブ後、俺たちは難なく目標地点である壁の前まで到達した。

 追っては来なかった――というより、建物の中でまだ『早くしろ』とか『追いかけろ』とか聞こえているあたり、あまりにも考えられないことをやってのけたからすぐさま対応できていない、と考える方が自然か。

 ならば、今のうちにできるだけ引き離しておきたいところだ。

「了解。こっちの準備はできてるわ。みんな、少しだけその壁から離れて」

 せっかく到着したのに、離れろとはどういうことだろう?

 だがすぐに真意が分かった。艦内で発したと思われる、艦長の命令が聞こえてきたおかげで。

「ダルチガス、発射!」

 『ダルチガス』――それは、ネモに配備されている、水中だろうが空中だろうが宇宙だろうが、ありとあらゆる場所で使用可能な万能ミサイルのこと。しかも、一度に数十発も発射できる。まさに、ヴェルヌの小説『悪魔の発明』の悪役の名を冠するのにふさわしい兵器。

 つまり艦長は、壁を破壊して退却させようという魂胆なのだ。

 艦長による発射命令から数秒後、上の方から空を切る音が聞こえてきた。

 そして――轟音。

 その後、しばらく煙で何も見えなかったが、すぐに見えるようになった。そこにあったのは、崩れてガレキと化した壁の山。

「そこから脱出し、回収ポイントへ向かって」

「了解。(ゆう)、ルミ、先に出ろ」

 俺がしんがりを務めて二人を先に行かせる。潜入地から脱出する際、弱いやつを先に出し、強いやつが最後に出る。これが定石だ。

 この場合、一番強いのは三人のうちだれかということになる。優は、そもそも戦闘系の能力ではないので、真っ先に離脱させるべき人物だ。そうなると俺かルミのどちらかということになる。

 戦闘力はどちらも甲乙つけがたいのだが、敵にばれて追われている状況である場合、どれだけ大人数を相手にできるかで決まる。そうすると、極端にいえば空気を全て武器にできる俺が最後に脱出したほうがいい、ということになる(なりより、一番年長だし)。

 二人が脱出した後、俺もガレキを登っていた。

 ガレキの頂上付近に到達したとき、突然後ろから


「逃がしませんよ」


 その声と同時に――銃声。

 そして、俺のふくらはぎに、何かが貫通したような感覚が。

「……っ……」

 直後、ガレキの向こう側に転がり落ちてしまった。




 しかし、こんなところで立ち止まってはいられない。こんなところで倒れていては、すぐにやられてしまう。

 そうなれば、艦長の命令やルミとの約束を、守れなくなってしまう。

 だから、俺は走った。

 脚の負担は、大してかけないようにした。念力を体にかけ、飛び跳ねるように走った。そうすれば脚への負担が軽減するどころか、歩幅を稼ぐことができるので、すばやい移動につながる。




 追手を振り切り、(なんか敷地外に出た時点で追うのをやめた気もするけど)回収地点へたどり着いた。そこには、すでに(ゆう)とルミが着いていた。二人とも無事に脱出できてよかった。

「あ、ハクさん、さっき銃声が……っ」

「どうしたの、ハク!? あしから血が……」

 徐々に青ざめる二人。

 見ると、俺の脚から出血していた。やはり、撃たれていたか……。

「どうやら、ガレキを乗り越えた時に撃たれたっぽい」

 簡単に事情を説明する俺。

 しかし、少女たちは終始声を出さなかった。……いや、出せなかった。

「そんな暗い顔すんなって。別に命にかかわるところじゃないし。それより艦長、早く回収を」

「わかったわ。ドックに搬送準備をさせておくから、すぐに医務室で治療をするのよ。転送光線、発射!」

 こうして、俺達はネモに無事回収された。そして俺は、医務室に担ぎ込まれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ