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第二章

「これより本艦は、東京湾沿岸部へ降下する。クルーは配置につき、準備を」

 艦内放送を通じて、艦長の威厳あふれる声が響く。

 俺と(ゆう)、そしてルミは一階の任務準備室にいた。この部屋、内装はやはり廊下や他の部屋の例にもれず、高級感にあふれている。設備は、かなり広いロッカールームみたいな部分と、ソファーやマッサージ機、ベッド、そしてドリンクバーなどのリラックスできる部分、大型モニターやホログラムディスプレイなどでミッションの最終確認ができる部分の三つに分かれている。

 俺達は、まずロッカールームに保管してある戦闘服に着替えた。といっても例の脳波増幅装置と防弾チョッキを兼ねているコートを羽織り、手首と肘の間ぐらいまでの長さがある黒い手袋と黒いブーツを装着するだけだが。ちなみに手袋とブーツはミシェルが渡し忘れていたもので、防刃・防弾と、各々の能力に合わせて変形したりする機能があるらしい。

 ところで、気になる点が一つある。着替え終わってから気づいたのだが、この場にいる女性陣のコートがワンピースのようになっている。

 どうやら、もともと着ていたスカートの丈が短いらしい。任務中にけがとかしなければいいが。

 後は装備品の確認。まずはダカホをコートの左袖に付いている専用固定ケースにはめ込む。こうすることによりダカホの操作がラクになるだけでなく、任務中は常時起動させている同時通話機能(俺たちは『無線』と呼んでいる)が便利になる。というのも、コートにダカホをとりつけておくことにより、わざわざダカホを耳に当てることなく通話できる。つまり、通話イヤホンを装着することなく無線の様に使うことができるのだ。

 そのほかにも必要に応じて武器や装備をセレクトするのだが、今はそういったものが開発されていないので、その必要はない。




 さて、地球降下まであと三時間。任務開始まで三時間半か。任務開始まで準備室待機だ。

初任務を成功させるため、任務の確認をしておくか。






地球降下を開始して一時間が経過した。

 俺は大型ディスプレイで任務地やその周囲の状況をリアルタイムで確認していた。ルミは

イス型マッサージ機に座りながらヘッドホンで音楽を聴いていた。

 たまにカラオケとかで一緒に歌うことがあるが、ルミが選ぶ曲は、一言でいえば全て『元

気が出る曲』だといえる。今聴いている曲もそういった曲調のものだろうが、今回は潜入任

務であるから、もう少し落ち着いた曲を聴いてくれるとありがたいのだが。

 (ゆう)はソファーに座ってうずくまっていた。おそらく緊張からだろうが、俺は嫌な予感がしていた。


 なにか、トラブルが起こりそうな気配。


 そう思っていたのも、つかの間。突然優(ゆう)が立ち上がった。その目は見開き、口元が震えている。

「あ……あ……見えなくなる……」

 異変を感じ取った俺が優の方向を振り返ったその時、

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 いきなり叫び声をあげた。

「目の前が見えない! チカチカする!」

 そのほかよくわからない言葉を発していたが、何とか断片的に発している、意味がわかる

単語から推測すると、どうも彼女の昔から持っていた『視野欠損』という症状が現れたらしい。

 しかも、どうやら優の視界のほぼ全域を覆っているようで、優には今現在、ほとんど何も

見えていない。そのせいでパニックになっていると思われる。

 俺はすぐに優のそばに行き、何とか優の興奮状態を収めようとする。

「優! 大丈夫か? しっかり俺の顔をよく見ろ!」

「見えない! あたし、何も!」

 ダメだ、まったく落ち着いてくれない。

 別の手はないかと周囲を見渡してはみたが、ルミがきょとんとした眼でこっちを見ている

だけだった。やはり最年少なだけあって、こういうトラブルの場数を踏んでいないから、ど

うすればいいのかわからないんだろうな。

 艦長はブリッジで指揮をしている。しかも、これから敵地の近くまで接近するのだ。

 ブリッジはピリピリしているだろうし、余計な心配をさせたくない。やはり、ここは俺が何とかするしかないだろう。

 選択肢は二つ。一つは、ミルクなどの鎮静効果が期待できる飲み物を飲ませること。

 しかし、この方法をとるには、食事がのどを通るレベルまで落ち着かせなければ遂行できない。今現在の状況は、明らかにミルクを飲ませることなどできない。別の方法をとらなければ。

 もうひとつの選択肢は、彼女を物理的に包み込み、安心感を与える方法である。

 それは、つまり――俺が(ゆう)を抱きしめることである。

 ハッキリ言って、できればそんな手段は避けたいと思っていたが、他に有効な手立てを思

いつけず、四の五の言っている暇がなかったわけで。

「……悪い、優」

「……えっ!?」

 ――作戦決行。

 すると、優は静かに目を閉じ、その体を全て俺にゆだねてくれた。

 このチャンスを逃さず、次の一手を打つ。

「ルミ、悪いけど、ホットミルクをとってきてくれるか」

「……わかった」

 ルミはいまいち状況がつかめていないようだったが、一応俺の言うことを聞いてくれたようだ。

 ルミがホットミルクを持ってきてくれたのと同時に、優をソファーに座らせる。

「ルミ、これ飲んで少し落ち着け」

「は、はい……」

 だいぶ落ち着きを取り戻したようだ(顔が少し赤くなっているのが気になるが)。

「任務準備室、いったい何があったの?」

 艦長からの艦内通信だ。どうやらさっきの異変に気づいて連絡してきたらしい。

 余計な心配かけまいと事後報告にしようと思ったが、そうもいかないようだ。

「実はですね、艦長――」

 俺は艦内内線を通じ、先ほど起こった出来事を説明する。

「事情は分かったわ。では、優を医務室に搬送し、検査を受けさせなさい。場合によっては任務から離脱してもらいます」

「……できれば、そういう結果にならなければいいんですがね……」






 俺は(ゆう)を三階の医務室に連れて行き、検査を受けさせた。

 検査時間は、本当に特別な症例でもない限り数十分で終わるらしい(これもインビー星科学の成せる技だろうか)。

 ちなみに医務室はかなり広く、今入った診察室のほかにインビー星でも高度なレベルに入る手術室や医薬品倉庫、入院施設まである。なお、内装はネモの他の部屋とは違い、白を基調とした、地球でもよく見る病院みたいな雰囲気だった。

 優の検査は十分程度で終わった。

 医務用(メディカル)コンセイユの説明によると、初任務に対する緊張でストレスが増大した。その結果、激しい視野欠損に見舞われた、ということらしい。

 俺としては優の健康も心配だが、同時に気になる点が一つ。

「任務は、参加させられますか?」

「すとれすヲ取リ除ケル手法、モシクハ人物ガ必要デス。後ハ本人次第、トイウトコロデショウ」

「面会は?」

「可能デス。コチラヘドウゾ」

 俺は入院施設へと通された。そこには、暗い表情でベッドに横になっている優の姿があった。

「やあ、優。すっかり元気になったみたいじゃないか」

 俺はあえて明るい表情と口調で声をかけてみた。

「……ハク、さん……」

 急に泣き出して俺に抱きついてきた。

 そのあとの優は、錯乱状態とは違うオーラをまとった、言葉にならない声を発していた。

 ただ声を聞いているだけではよくわからないが、二週間という期間でありながら毎日過ごしてきた俺なら、何を言いたいかよくわかる。それは艦長やルミも同じことだろう。


「嫌なんだよな、足手まといになるのが」


 特に訓練中に感じ取ったのだが、どうも優は仲間の足手まといになるのを極端に嫌う傾向があるように思った。おそらく過去に何かあったんだろう。機会を見て聞いてみたい。

「俺は、優の事を足手まといになんて思ったことは一度もない。それは多分、艦長もルミも同じだと思う」

 少し、落ち着いてきたかな?

「優は、俺やルミ、それに艦長も持っていないものをたくさん持ってるじゃないか。優が気づかなくても、俺は知ってる。言葉ではよく言い表せないけど、いつかは優もそれに気づくんじゃないか? それにこの任務、優がいなくちゃ成功しない。これは確実に言えることだ。もし(ゆう)が失敗しても俺やルミがカバーする。それが仲間だろ」

「ハクさん……」

 (ゆう)の表情が明るくなってきた。よし、あと一押し。

「だからさ、涙を拭いて、俺たちの力になってくれ!」

「は、はいっ!」

 優の完全復活。いや、成長が果たされた。






 その後、医務室でのあらましを艦長に説明した。艦長は優の任務参加をOKしてくれたので、俺と優の二人で準備室に戻った。

「あ、お帰りー。どうだった? 初デートは!」

 部屋に入って早々、ルミの冷やかしを受けた。ルミって意外とそういうことに興味があるんだな……。

「は……初っ!?」

「優、からかってるだけだから気にしなくていいよ」

 それから三人で談笑や敵地周辺の様子の観察、そして最終調整を行った。

 俺たちの初任務は、もうすぐだ。


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