第七章
俺達のやり残したこと、それは作戦会議中に俺が提案したことだ。
俺が提案したこととは、今回の任務完了条件だ。その条件とは、『芙橙 翔を連れ出し、麻薬と決別させること』。つまり、艦長の弟を連れ出し、薬物依存の治療をさせればいいわけだ。なお、治療施設はミシェルが用意してくれるらしい。
で、麻布会襲撃の直後、ネモのドックに戻った俺たちは、すぐに艦長と連絡を取った。
「艦長、こっちは全員戻りましたよ」
「了解」
「それで、最後の仕上げ、忘れてませんよね?」
「大丈夫。すでにミシェルからデータが送られてきているわ。あの子がどこにいようが、すぐにわかる」
「そ、それで、これからどうするの」
「もちろん、すぐに連れ戻すわよ、優。今、あの子がいる繁華街に向かっているわ。それで――みんな、最後まで力を貸してくれる?」
何をいまさら。俺達の答えは、決まりきっているじゃないか。
「とーぜん、OK!」
「わ、わたし、最後まで協力するから」
「この期に及んで何を言い出してる。俺たちは、兄弟だぞ」
「――ふふ、それもそうよね。改めて聞いた私がバカだったわ。よし、それじゃあみんなはそのまま出撃準備を。今回は私も出るわ」
この時の艦長、たぶん弟になんて話しかけたらいいかわからなくて、緊張してたんだと思う。でも、さっきの会話で、少しはほぐれたんじゃないかな?
その後、目的地に到着し、俺達4人は転送光線で地上に降りた。
そこは、人でにぎわっている繁華街の路地裏で、同じ繁華街とは思えないほど人気がない。
その中で、妙な煙が立ち込めている場所を発見した。
近づいてみると、数名の人が集まっていた。全員、典型的な不良っぽい姿をしている。そして、その活力みなぎりそうな服装とは対照的に、顔は青ざめていて、生気がなく、うつろな目をしているし、身体が細っている。一目で麻薬中毒者であることが分かった。
「なんだ、てめぇら」
「なんか用でもあんのか、あぁん?」
「さっさと消えろ!」
などと騒いでいるかと思うと、こちらに向かって近づいてきた。
「あぁぁ……」
やはり、このような状況、優には少しキツイかもしれない。
「優、俺の後ろにぴったり張り付いてろ」
「う、うん」
優は俺の後ろでしがみついた。これなら、少しは心強いだろう。
……さて、ヤク中どもには言葉で言っても無理っぽいので、実力行使と参りますか。
「ルミ、やれるな?」
「いつでもダイジョーブ!」
そして、宣戦布告もなしに、近づいてくる敵を突風で右側の壁に叩きつけた。ほぼ同時に、ルミは巨大な平手打ちで、俺とは反対方向の壁に叩きつけた。
――残ったのは、あと一人。一番奥に座りこんでいる人物。黒いツンツン頭、緑のTシャツと一般的なデザインのジーンズを履いている。
「……艦長、見つけた」
「――わかった。少し待ってて」
艦長が、その男の前にズイッと出て、目線を合わせた。
「……姉貴」
「翔、こんなところにいたのね」
その男は、艦長から『翔』と呼ばれた。つまり、この人物こそ、艦長の弟で、俺達の初任務の元凶である、芙橙 翔なのである。
「ねえ、翔。あなた、もう薬は、買えないわよ」
「何を言ってんだ、姉貴は! 金ならまだ……」
「お金の事じゃない。さっき、あなたが買っていた販売元は、もうつぶれたのよ」
「嘘だね」
吐き捨てるように言った。
「まあ、信じる信じないは別にして、これだけは言える。こんな生活してたら、あなた、いつか死んじゃうのよ? それに、お父さんやお母さんも……」
「母さんなんて、もういねえよ」
母さんがいない? それって、いったいどういう……。
「姉貴も知ってるだろ? 俺達の母さんは、もう死んだんだ、交通事故で!」
なるほど、だいたい読めた。つまり、艦長のお母さんは交通事故で亡くなり、その後お父さんが再婚したってところか。そういえば、艦長も以前、そのようなことをほのめかしてたっけ。
そうなると、前に話していた家庭に問題がっていうのも、はじめて聞いた時以上に想像がつく。たぶん、艦長も新しい家族に不安を感じていたんだろう。結局、艦長は馴染めたけど、弟さんの方は馴染めずに薬への道に走ったってところか。
「血のつながりなんて関係ない! 私の後ろを見て。みんな、兄弟みたいに接してくれてるわ。お兄ちゃん、お姉ちゃんって、呼び合ってね」
「じゃあ、そいつらと仲良くやれば?」
中毒者とはいえ、いい加減腹が立ってきた。ルミのみならず、優までもが敵意に満ちた目をしている。できることなら実力行使に出たい。
……が、ここは艦長の事を信じて、グッと我慢。
「いい、翔。よく聞いて。あの小さい女の子は、自分より年上で、実力も上の相手に怯まず戦いを挑んだ。そこの陰に隠れている女の子は、気が弱いのに、勇気を出して戦ってくれた。その子の前にいる、黒い翼が生えた男の子は、銃弾を受けて、傷つきながらでも戦った。
なんでこんなことができるか、わかる?」
「………」
翔は、黙ったままだった。
「――私の、ためよ。元々、私がお願いしたことから始まった。何度か、やりたくなければ手を引いていい、みたいなことを言ったけど、いつも即答で協力するって言ってくれたわ」
「ふん、どんな手を使ったんだ?」
ちょっとこれは、さすがに俺も我慢できそうにない。実力行使に出ようとした直前、
「ちがうわ。私達は、お互いの事を気にかけているからよ。だから、誰かが困ってたり悩んでたりすれば、力になる。家族って、そういうもんでしょ? 血のつながりなんて、関係ない」
「………」
はじめて、翔が艦長の事を正面から見つめた気がする。そして、
「さあ、お父さんとお母さんに元気な姿を見せられるように、頑張ろう? 私も、力になるから」
「姉貴……」
翔は、差し出された艦長の手を、しっかり握った。
俺には、翔が自分の意思で、家族と正面から向き合おうとしていると感じられた。




