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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
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 知らない内に20000PV超えていました……!

 ありがとうございます!


 私は。

 ぽつりと呟かれた言葉に、視線を向ける。ソシ・レは、どこかを見ていた訳ではない。まるで、思っていたことが口から零れて、しかも落としたことに気付かない、そんな表情だった。


「薔薇が嫌いだ」


 そうか。どこかで聞いたことのある響きに、頬が緩む。

 ただただ美しい青年に、少女と見間違えそうな程に美しく愛らしい面影が重なった。




 あれからどれだけ経った。

 無理に起き上がろうとするから、クッションを背中の後ろに詰め込む。

 喉が張り付きかけて声が出せなかったソシ・レに、嫌がるのを無視して水差しの吸い口を含ませてやった。流石に窒息は嫌だったのか、大人しく飲んだのを確認してから、机の上に戻す。

 そして出てきた第一声がそれだ。一応俺は挨拶をしたというのに、何と礼儀を知らない耳長だ。それを言ったら鼻で笑って俺だけだとか言われそうなので黙っておくが。


「俺が起きてからは三日」


 その前は知らん。あの騒動の説明をされている時に聞いたような気もするが、どうでもいいから忘れた。

 無視できないことがあるならまだしも、自分が知覚していない世界なら、ないのと同じことだ。死んだ後の世界に興味があるか?


 この三日間、時折何があったかを訊かれることはあったが、基本的には自由だった。自分の家だというのに、学長は殆ど見ない。吸血鬼共々忙しいらしい。

 家の中は自由にしていていいと言われていたので、書庫に籠ることが多かった。


 でかい家の中でもかなり大きな室内には、本がたくさんぐへへへへ……と思ったものだが、殆どが全く理解できない専門書である。テンションが下がったのは言うまでもない。

 それでも、多少は理解できるものもあった。夜族に関係するものや、入門書、それに小さな棚の中に入った絵本達。何もせず、ただただ本の世界に旅立って過ごす時間は好きだ。


 それでも、ずっとこのままで居る訳にはいかないし、そのつもりもなかった。

 俺はオパリオスに向かうべきなのだ。あの男が既に居なかったとしても、何らかの情報はあるだろう。そして、それは早ければ早い程確かなものになる筈だ。


 だから、傷が癒えたら出ると決めていた。それでもう動けるようになったから、最後に耳長の間抜けな寝顔でも見ようかと思ったのだ。……即起きたが。


 唇を僅かに開いて息を吐き出す横顔は、やはり細くなっている。顔の作りがクールビューティー系なので、細くなり過ぎると怖さが出てくるのに。

 マジでお前は豆を食え。カロリーも栄養価も優れているぞ。見舞いには果物の詰め合わせが多いみたいだが、あのチョイスは体力と食欲の落ちている病人の水分と栄養補給を狙っているからか。

 でも普通に、一人で食うには多いと思うのだが。そして日保ちもしないと思う。そのせいか、大体見舞い客がすぐ食っているイメージしかない。


 とはいえ、何も用意もしていない俺が言う資格はないか。見舞いなんてしたことないからなー。

 自慢にはならないが、大怪我をして、けれども死なずに臥せるような繊細な知り合いは俺も含めて周りに居ない。簡単に治るか、そうでなければ死ぬかだからな。

 さて、耳長には何をやればいいのか。


「花の鉢とか?」

「嫌がらせか」

「既に寝付いてるなら関係なくね?」


 切り花にするより、鉢の方が長持ちしていいじゃないか。どうせ暫くはベッドと熱愛状態になるんだろうし。

 花が落ちても、茎も葉も残る。緑とか土とか好きだろお前。結構気の利いた品だと思っている。


「やっぱ薔薇か」


 今の時期にも咲くものは、正直あまりいい花は咲かない。涼しくなってからの方が綺麗に咲くので、蕾の内に落とされているものが多いだろう。でもまあ、ない訳でもないし。

 見舞いの花としては相応しくないかもしれないが、仲がいい奴にも薔薇以外の花なんて滅多に贈らないから、空気を読むのは妙に気恥ずかしい。

 いつも誰かにやっているのと同じでいいだろう。そう思って出た発言に、耳長が俺を見た。


「――私は」


 そして、冒頭に戻るのである。







「色は目に煩い。匂いは無駄に強い。そうして人を誘き寄せておきながら、手を伸ばすとその棘で手当たり次第に刺してくる」

「ほう」

「だからといって放置しておけば、四方八方に茨を伸ばし、気付くとこちらの土地まで侵攻してくるところも嫌いだ」


 如何に自分は薔薇が嫌いかを語るソシ・レは、間違いなくご機嫌斜めである。血行が良くなったからか、血の気の失せていた顔が人並み程度にはなった。

 きっと脳内麻薬が大盤振る舞いされているんだろうなぁ、と頬杖を着く。視線の先には、耳長の顎の下が見えた。結構新鮮な角度である。


「観賞用なら、棘少なめなのもあんだろ」

「そこまでできる程に身を守る刺に囲まれながらも、野生の薔薇に接がなければまともに育たないところ弱さも不愉快極まりない」

「まあ、葡萄よりは弱いみたいだが」


 大農場なんかでは化学的に精製された肥料や農薬なんかも使うが、それが手に入り難い地域や昔ながらの製法に拘るところもある。

 そういった場所では、葡萄と似たような病気に掛かる薔薇を、指標代わりに植えておくそうだ。薔薇がやられたら葡萄も似たような病気に掛かるってことらしい。まあ、その効果には疑問もあるが、雰囲気が出るので俺自身は嫌いではない。


 嫌いだ。と呟くソシ・レに、殆ど水の入っていないコップを渡してみた。落としはしなかったものの、震える手の中で水は暴れている。寝ていて握力が落ちただけの問題でもないだろう。


 潰れてしまった利き手は、切り落とすしかなかったそうだ。


 それを聞いた時、勿体ないな、と素直に思った。それと、どうせ捨てるのなら俺にくれれば良かったのに、と。

 勿論、人肉嗜好カンニバリズムはないので、ちゅーちゅー吸うだけだ。死んだ腕ではいつもの味とはいかないだろうが、それでもこいつの腕なら美味いだろう。

 ……でも、知らないところでそんな勝手をしたら、精霊術が飛んでくるか。深く吐いた息が、残念さを現しているのか安堵なのかはご想像にお任せします、なんちゃって。


「お前が、さ」


 俺のことを嫌いなのは知っているよ。

 言葉にして、金色の頭に手を伸ばす。洗えていないから多少ぺっとりしているが、体臭が酷くないのは草食だからか。まったく、俺とは正反対の生き物である。いや、俺の身体が臭いとかそういう訳じゃないぞ。


 お前は、助けなんていらなかっただろう。自信はあったし、それだけの実力もあった。若くても、集落の中では優秀な部類であったというのは、森に居た頃耳にした。

 例え、全力を出して、それでも足りないのなら殺されても構わないと思っていたのだろう?惨めにも奴隷に落とされるくらいなら、人間相手とはいえ、殺された方がマシだ、と。

 なのに俺が手を出した。助けなんていらなかったと突っぱねるのが一番簡単で、そして一番正当であったのに、お前は割り切れなかったんだよな。

 負けず嫌いだから。


「俺は、兎は嫌いじゃないぞ」


 見た目は可愛いし、肉はまあまあ美味いし、剥いだ毛皮も使い道がある。鳴かないので静かなのにぷうぷう鼻を鳴らして甘える姿を見ると、もふもふの腹に指先を埋めて見たくなる。何の話って?リアル兎の話だよ。

 こっちの耳長にそんな真似できる訳がない。見た目はまあいいし、血は美味いが、しょっちゅう毒は吐くし、甘さなんてないし、無駄な肉がないから固そうである。

 草食動物の癖に、捕食されるどころか返り討ちにする方が似合う。寂しいと死んでしまうような繊細さもない。


 こんな可愛いげがない兎は嫌だ。

 でも、この強かさは嫌いじゃない。


「森に戻れよ」


 助けなんて求めていなかった。勝手に手を出された。それでも、借りは借りだ。

 昔々押し付けたそれは、見事に返された。

 森には、やるべきことはないのかもしれない。それでも死ぬよりはいいじゃないか。大好きな緑や土に囲まれる生活の何が不満だ。

 言ってから、しまったと思った。戻れよ、なんて言って、こいつが反発しない訳がない。と思っていたのだが。


「そのつもりだ」

「……そっか」


 予想外の台詞に、一瞬思考が止まった。

 いや、結果的には良かったのだが、何だろう、この……寂しさは。

 こいつが森に戻ってしまえば、多分、もう会うことはない。サフィルスは大きい街だから行くことも多いが、耳長族の森なんて用事でもなければまず行かない。

 そして、用事などある訳もない。


 だって、俺とこいつは無関係なのだから。


 視線を落とす俺に、耳長の言葉が続く。


「少なくとも、こちらの腕が使い物になるまではな」

「……うん?」


 何だその言い方は。それでは、まるでリハビリが終わったらまた出てくるみたいじゃないか。

 首を傾げた俺に、眉を寄せるソシ・レ。何か思い当たったのか一瞬戻った眉は、先程以上に顰められる。


「二度と森から戻らないとでも思ったか」

「だって」

「貴様には私が一体幾つに見えている」


 何故いきなり歳の話に。口から出ていきかけた言葉は、強い視線に封じ込まれる


「もう、一人でも森を出られるし、どこにだって行ける。貴様は必要ない」


 私は私の思う通りに生きる。

 だから貴様も、好き勝手に生きていろ。


 酷い。言い方が酷い。必要ないのは知っているが、それは本人を前にして口に出すことか?

 ジニーならもっと優しいのに。俺の一番の彼女は、自分の手の中にあるもの全てが一番であった。俺を一番にしてくれた。

 こいつが、俺を一番にすることはないだろう。森の民、自分大好き耳長族の一番は勿論自分だ。


 ベッドの空いている場所に掌を着く。そこを支点に身体を伸ばし、顔を寄せる。

 緑の目の中に映る、餓鬼みたいな顔をした吸血鬼が、目を弓形に細めた。

 唇が吊り上がる。


「なら、また貸しでも作ってやるか。コミュニケーション能力の低い耳長には敵も多そうだし」

「人間夜族を問わず敵に回す半吸血鬼が抜かすな。下らないことで死にかけるのはどうせ貴様だろう」


 図書館でのことを持ち出されて言葉に詰まる。……お、俺はお前と違って繊細だから、ナーバスになることもあるんだよ!

 反論しようと目の前の顔に意識を戻すと、緑の目が瞼に覆われていた。ソシ・レ?と呼び掛けても、返事はない。

 背中に冷たいものが流れたが、呼吸が乱れている様子はない。心臓が鳴らす鼓動も、十分に力強い分類に入るだろう。お休み三秒とか、お前どこの眼鏡っ子だよ。

 少しだけ幼く見える寝顔に、眉を下げた。




 何百年経とうとも、きっと俺達の関係は変わらない。






 ご覧頂きましてありがとうございます。これでサフィルス編は終わりです。

 次からは夜族が増えます。

 それにしても長かった……メモだと五行で済んでいるのに何故こんなことに……。

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