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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
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 小説のレイアウトと括弧を統一てみました。

 パソコンの方は見やすくなったと思います。



 ここ、どこだっけ。

 目を開いた俺は、見慣れぬ天井をぼんやりと眺める。

 全身を包む倦怠感も相俟って、覚醒したばかりの頭はまともに動こうともしない。

 肌に触れるシーツが気持ちいい。と、寝返りを打ったところで、違和感を覚える。

 剥き出しの肩。あちこちにガーゼが貼られ、ぐるぐると巻かれた包帯。黄色い肌を覆う、白、白、白。

 ぱちぱちと瞬きをする。それを何とはなしに見ながら思ったことは。


「……脱がされてるし」


 喉に走った痛みに咳き込んだ。







 古代図書館の外は大騒ぎだった。

 燃えていたのは、俺達が居た通路だけではなかったらしい。まだ無事な本の持ち出し、延焼を防ぐ為の消火等々、大勢の職員が右へ左へと動き続けていた。


 その中で、血塗れ煤まみれの俺達の登場である。汚れていたとしても、ソシ・レは目立つ。長い耳のアカデミー職員なんて一人しか居ない。

 黒く染まるソシ・レのローブを見て、悲鳴を上げたのは誰だったか。女だったかもしれないし、男だったかもしれない。

 近付こうとする職員達。不自由な脚で連中とホワイトの間に入った俺は、できる限りの威嚇をした。


 それまで、動いてなければ死ぬんじゃないかと思われるくらい忙しなかった連中が、俺の本気に圧倒されていたのだ。

 状況が状況でなければ、楽しめただろう。だが、その時の俺にとってそんな余裕はなかった。

 アカデミーには裏切り者がいる。手引きした奴がいる。直接の原因は俺でも、そもそも断罪者が来なければこんなことにはならなかったのだ。

 信用できる奴なんて居ない。誰が敵かなんてわからないのだ。俺は手負いで、ソシ・レに至っては意識があるかも怪しい。


「これに」


 触るな。俺が獣人であるなら、毛を逆立てていただろう。それは、精一杯の虚勢だった。

 その場の空気が、凍り付いたように動きを止める。少し離れた場所では慌ただしい雰囲気が流れているだけに、この状況は異常であったといえよう。

 その空気を破ったのは、一人の老人だった。


「君がショーかね」


 炎で色は判別しにくいが、青いローブに恐らく金糸で刺された刺繍。俺の剣呑な眼差しを受けても、その老爺は一向に気にした様子もなく、こちらに近付いてくる。

 慌てたのは、寧ろ周りの方だ。口々に、老爺を止めようと制止の声を上げる。それらに視線を向ければ黙る程度のものではあったが。

 その中で、聞き逃せない言葉があった。


「学長」

「如何にも。私が、アカデミー学長ドミレドだ」


 また耳長っぽい名前の奴が出てきた。

 ……学長ということは、一番偉い奴だよな。なら、裏切り者の可能性は……限りなく低いと言えるだろう。

 しかし、ないとも言い切れない。この男が信用に値するか。興味がなかったから、学長の評判なんて知らない。

 思考を巡らす俺に、ホワイトの声が届く。


「その人は、信用していい。俺を中に入れたのは、その人だ」


 その言葉に、学長の顔を見詰める。

 瞳に穏やかな光を湛え、何も言わずに俺を見る老爺。深い皺が刻まれた目尻は、僅かに下がっている。

 ……信じた方がいいのだろう。だが、ホワイトに助けさせたことは、信じきる理由にはならない。

 逡巡する俺に、また別の声が掛かる。


「死ぬぞ」


 冷たい声。それ以上に冷たい内容に心臓が跳ねる。その衝撃を振り切り、ぎ、と視線を向けた先に居たのは、一人の男。

 ソシ・レに負けず劣らず美しい男だ。奴の髪が金糸なら、こちらは銀糸のような銀髪。


「お前は、その男を死なせたいのか?」

「お前」


 ――吸血鬼。


 そうであると、本能が認めた。思わず開き掛けた唇を引き結ぶ。

 俺の様子に、男は小さく頷いた。

 青いローブを来たその男は、以前見掛けた吸血鬼だろう。その時は会釈をして擦れ違ったが……。


「その男が死ぬのは、私もつまらないからな」

「ミドは素直じゃないなぁ」

「私を耳長のように呼ぶのは止めて頂きましょうか、学長」


 嫌そうに言う男。何だ、ツンデレか。吸血鬼なら珍しくもない。

 吸血鬼をからかいまくった学長はこちらを見ると、周囲に聞こえないよう、声を潜めて言った。


「君が『子供狩り』、だね」

「……だとしたら、どうする」

「からかっている場合ではありません。お前も、牙を向くな」


 含みのある言い方に、老爺を睨み付ける俺。それを窘める吸血鬼が、まるで常識人みたいになっているのが納得いかない。


「ああ、すまない。実は、ソシ・レと私は友人で」

「耳長にダチが居る訳ねぇだろ」

「その気持ちはわかるが、落ち着け。友人かはともかく、学長は奴の恩師だ」

「……恩師!?」


 恩師って……アカデミーの?

 そうすると、この老爺は軽く見積もっても百才以上ということになる。それにしては背筋も伸びているし、滑舌も悪くない。

 打ち込む物があると若く見えるということはあるが、それでもこれはないだろう。混血か?


「君のことは、ソシ・レから聞いたんだよ。ソシ・レは君に憧れているみたいだね」


 思いもしないことを言われ、言葉が出なかった。にっこり笑う老爺に、他意はなさそうである。憧れている?

 誰が?ソシ・レが?誰を?俺を?

 ない。絶対ない。ありえない。


「ボケてんだな爺」

「うん?でも彼が森を出ようと思ったのは、君が居たからなんだろう?」

「違う」


 俺が居た方が外に出やすかったのかもしれないが、あいつならその内一人でも出ていただろう。出ていたのが、五十年早いか遅いか、その程度の違いだ。

 即答した俺に、皺に埋もれた目を丸くした老爺は、笑いを噛み殺す。意味がわからない。

 むっとした俺に気付くと、笑い混じりの謝罪をしてきた。


「いや、すまない。聞いていた通りだったから」


 意味が、わからない。


「その人は変人だ。……だから、信じてもいい」

「どういう理屈だ」


 やっぱり、意味がわからない。

 息を吐く。その際に喉を走る痛みに咳き込み……若干涙目になりながら、老爺を睨む。


「ソシ・レを助けられるのか」


 笑い混じりの顔が、真剣な表情に変わった。

 視線が交差する。


「私は、死なせたくない」

「なら死なせるな」


 あれが死んだら、お前を殺してやる。







 そこまでは覚えている。が、それがどうしてこうなったのかがわからん。

 手当てはされているようなので、少なくとも安全ではあるのだろう。だからといって、安心はできないが。


「腹、減った」


 うっすらと割れている腹を撫でる。勿論縦にだ。筋肉は欲しいが、六つに割れるのは見た目が悪いからいいや。

 こんな薬だの布だのより、血でもくれれば簡単に治るというのに、気の利かない連中だ。半吸血鬼とバレていないならそれでもいいが、吸血鬼がいる時点でそれはない。


 ……ソシ・レは。顔を腕で覆う。噎せ返りそうな薬のにおい。ソシ・レはどうなったのだろうか。

 俺が戻ったから。戻って、ヘマして、呆けていたから、あんなことになった。

 あいつの自業自得と言うのは簡単だ。俺はあいつが来るなんて思わなかったし、助けて欲しいなんて言わなかった。あいつが勝手にやったこと。俺に責任はない。

 でも。腕を顔に押し付ける。


 怖いな。怖い。ソシ・レが死ぬのが怖いのか、俺のせいだから怖いのかはわからない。でも、怖い。




 溢れ出した心が、じわりと滲んだ。






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