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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
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 異常に長い階段を上る。

 一応他に敵が待ち構えていた場合に備えて、俺が先だ。階段は一本道だし、来る時にも通っているので大丈夫だろう。今回は盾もあるし。

 行きとは違い、二つ分の足音が反響する。


「結局、一連の事件は教会の仕業ってことでいいのか?」

「そのようだな。その女がべらべらと喋っていた」


 その殆どが理解できなかったが。俺の担ぐ聖女の視線を向けて言うソシ・レ。

 内容に関しては御愁傷様、としか言い様がない。どうせ何か一言話すたびに、神が何やら使命が何やらとか付けていたのだろう。連中は頭お花畑だから、その形容詞がないと言葉じゃないと思っているんだよ、多分。


 それにしても、随分思いきった真似をしたものだ。

 これまでだって、秘密裏に探りを入れることはあっただろうが、こんなあからさまに殺人を行ったことに正気を疑う。

 隠している物が物だからアカデミーも公にできないと思ったのか?人が死んでいるのだから、ある程度の説明責任はあるだろうよ。全ては語れないにしても。


「大陸教で何かあったのかな」

「一通り調べさせているが、上がってくる報告はどれも可能性の範疇だ」


 お前、学校の教授だよな?特務機関のエージェントとかじゃないよな?いくらアカデミーが特殊な機関とはいえ、それはこいつの仕事じゃない気がする。

 休みとか取れているのだろうか。部屋でごろごろしているソシ・レが想像できない。


「まあ、身体には気を付けろよ」

「……何だ、いきなり」


 別に、と返そうとして……異臭を感じた。

 神経が研ぎ澄まされる。皮膚を僅かに撫でる風。有機物の焦げる臭い。

 眉を寄せる。燃え残りの臭いではない。

 確かにあの部屋は燃やしたが、小人が消火している筈だ。一人では無理だった?いや、あんな状況であったとはいえ、それならそうと言うだろう。


「どうした」

「燃えてる」


 立ち止まった俺に問い掛けるソシ・レ。簡潔に返した言葉は、その目に剣呑な光を宿させた。


「程度は」

「今も燃えているのがわかるくらい。……急ぐか?」


 向けられた視線が是を伝えてくる。聖女を落とさないよう担ぎ直し、階段を一段飛ばしで駆け上がる。螺旋階段でなければ飛んだ方が速いのだが、この狭さでは仕方ない。

 上がっていく内に、強くなる臭い。煙に押し出された空気がこちらに逃げてきたのか、風も強くなったきた。足音の合間に、ぱちぱちと繊維が爆ぜる音。燃えている、間違いなく。


 じんわりとした暑さを感じながら、部屋との境に立った俺が見たのは。


「ちょー……燃えてるし……」


 ごうごうと唸りを上げながら燃える部屋に、俺は呆然と呟いた。

 ……ええと、消火し損ね?原因、俺?いや、実際に燃やしたのは小人……でも燃やせと言ったのは俺……。



「これは」

「はいすみませんー!」


 後ろから聞こえた声に肩を跳ねさせる。しまった。反射的に謝ってしまったが、断罪者のせいにすれば良かったのでは。

 突然謝られたソシ・レは目を丸くしていたが、直ぐに顔を引き締めると、部屋の中に視線を戻す。

 ……あれ?バレなかった?いつものように、適当なことを言ったとでも思ったのだろうか。適当人間で良かったー!


「行く手の火は消す。走れ」

「消火しないのか?」

「火の精霊が暴走しかけている。これだけ広がっているなら、応援を呼んだ方が確実だな」


 えっ、マジで?まさかそんなやばい状態になるとは思ってもいなかった俺は、自分の仕出かしたことに遠い目をする。

 熱気が髪を煽るのに背中に冷たいものが流れているのは、恐らく気のせいではない。バレたら絶対に怒られる。

 決めた。とりあえず知らぬ存ぜぬを通して、ボロが出る前にさっさとサフィルスを出よう。


「いくぞ」

「了解」


 ばしゃり。大きな水球が現れて弾けた。


「って、あっつぅ!?蒸されてる蒸されてる!」

「黙って走れ」

「蒸し風呂状態ぎゃー!」


 部屋の温度なんて知るかとでも言うように冷たい声が、後ろから聞こえる。だから何でお前平気そうなんだよ。

 いやまあ、考えてみれば確かにそうだよな。殆どが木材や本の為、焼け石に水、という程酷くはない。だが、部屋全体が燃えている中で必要最低限の火を消したところで、室温がそう変わらないのも、また当然だ。

 冷えた空気は直ぐ様火元に潜り込み、燃え上がった熱気は空白地帯に流れる。そして中途半端に残った水分が俺達を襲うと。……暑いっす。


 転がる木片を蹴り飛ばし、ほぼ炭と化した本を踏み抜く。特に部屋の半分、俺が倒した本棚の方は、重なった棚が燃えて崩れて酷い有り様になっていた。

 壁際を沿うように走っているので、火も足元も悪くない方であると思う。俺一人なら、最悪最短距離を突っ走って後で皮を剥いでもいいが、ソシ・レがいるのでその手は使えない。


 熱で血管が拡がり、身体中の毛穴が開いているんじゃないだろうか。服が肌に張り付く原因は、湯気なのか汗なのか……って後者ですねわかってます。

 皮膚の表面が脈打つような感覚は、生物としてあまりよろしくない傾向である。少しくらいなら代謝も良くなりそうだが、それは、水分補給ができてもっと管理された場所ならな。


 部屋を抜けて廊下に出る。しかし、そこも火の海だ。もっとも、書庫内と比べれば燃えるものも少ないので、ここはこのまま突破できるだろう。

 脇目も振らず、燃える廊下を走り抜ける。後は入口側の書庫だけか。それくらいなら何と、か、


「――パセリ!」


 小人のことを忘れていた。奴のことだからちゃっかり逃げていそうな気もするが、消火しきれず術の使い過ぎで倒れていたら?もしかしたら、悪魔、もしくは他の断罪者との応戦であんな状況になった可能性もある。


 もし居たとしても、もう死んでいるのではないか。

 亜人とは言えど、肉体の構成は殆ど同じだ。骨があり、肉があり、脂肪を裏地にした皮膚が、それらを覆う。心臓によって送り出される血液が身体中を巡り、酸素、エネルギー、熱を供給する。同じだ。人間や、人型の亜人や夜族と。


「ちょっと見てくる!お前は先出てろ!」


 踵を返し、ソシ・レの横を抜ける。振り向きもせずに言い捨て、俺は元来た道を戻った。




 でかいからと言って優れているとは限らないが、小さな身体に蓄えられるものなんてたかが知れている。人間からすればほんの僅かな水さえ、小人には命に関わるだけの量にもなるのだ。


「おい野菜小人!居るなら返事しろー!」


 居ないのなら居ないという証拠出せー!というのは流石に無茶だが、それがあるならどれだけ楽か。

 意識があるなら、炎の薄いところに居るだろう。そうでなければ、消火をしていた筈なので最初に燃やした辺りを中心に探す。


 舞い上がる火の粉が、剥き出しの頬を焼く。針で刺されたような痛みに舌打ちをした。

 居るか居ないか、それがわからないのが面倒臭い。ソシ・レが居る内に風の精霊に頼っておけば……いや、無駄か。これだけ火の精霊が暴れている中で、繊細そうな術は使えないだろう。


「あー、くそっ!パセ……リぃ!?」


 足下の本棚が崩れて、足が落ちる。慌てて引っこ抜き、割れた繊維がズボンごと肉を裂いた。ふらつく足では、床を捉えられない。

 倒れ込む先にも、鋭利な木片があることに気付き、身体を捩る。刺さることこそなかったが……じゅう、と音が聞こえた気がした。

 本棚に使われていた金属が熱せられたのだろう。熱さを通り越した、無視のできない痛みに奥歯を噛み締める。


 ――もう、いいのではないか。


 聞こえてくるのは声ではない。自分だけに聞こえる、音を伴わない言葉だ。だから俺も心の中だけで呟く。そうだな、と。

 居るか居ないかわからない。居たとしても生きているかもわからない。そもそも、生きていたとしても……俺が助けなくてはいけない理由等ない。


 断罪者との戦いでは助けられた。だが、それはお互い様の筈だ。俺が来なければ、あいつだって死んでいただろう。それは理由にならない。

 なら、何故俺は、わざわざソシ・レと分かれてまでここに戻ってきたのだろう。


「…………」


 火の勢いは、どんどん増していく。とにかく動こうと持ち上げた足は、鋭い痛みに力が抜けた。また無様に倒れそうになる身体を、床に着けた手で支える。掌が、熱い。


 もしかしたら、の可能性は捨てきれない。けれど、諦めればいいじゃないか。頼まれた訳でもない。しなくてはいけない理由もない。

 他人を助けることに理由はいらない?博愛や自己犠牲の皮を被せたヒロイズム等、反吐が出る。そんなものを俺に求めるな。 俺は薄情なのだ。……いや、違う。何も持っていないから。


 ただ一つだけを愛さないと駄目なのだ。

 思い付く全部で愛さないと、足りない。

 それなのに、こんなに怪我をしてまで、何をしているのだろう。馬鹿みたいだ。

 きっと、寂しいからだ。会いたいのに、会えないから。世界が居なくなってしまったから、俺はおかしくなってしまうのだ。


 目を閉じる。

 ぱちぱちという音が、ばきりみしりと可愛げのない音に変わっていく。結構近い。

 音は、どんどん大きくなっていく。

 ばき。ばき。ばきばきばきばきばきばきばき。




 ジニーに、会いたい。






 このペースでいくと、完結までに相当時間が……巻きで進行できるようにしたい……。

 こうした方がいいよ!というご意見やご指摘がありましたら、是非お願いします。

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