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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
シェルター
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 ……餓鬼の死体がないな。

 悪魔に持っていかれたか、それとも喰われたか。どちらにせよ、俺には関係ない。

 いや、あいつの飯になっていると考えればむかつく部分もあるが、だからといって今更どうしようもない。


「もう戻ろ……ああ、でも、悪魔がどこにいるかわからないのか……」


 これでメインコンピュータールームを空けて、また同じことになったらもう笑うしかない。馬鹿の一つ覚えみたいにやる方もやる方だが、同じ轍を踏む方が余程脳味噌足りていないのは間違いないからな。

 誰か来るまで、もしくは悪魔がシェルター内に居ないと確認できるまでは、動くに動けないと。……面倒臭いー。


 耳長はというと、ぶつぶつ言う俺を綺麗に無視して何やらかたかた叩いている。その度に、文章が現れては消え現れては流れ……ぽけーっと見ているので、内容は全然頭に入ってこない。知らなければ困ることなら、教えてくれんだろ。


 瞼を閉じる。……疲れたな。とても、疲れた。こんな密度の高い新月なんて久し振りだ。別に望んでいた訳ではないが。

 色々あり過ぎたが、全部一晩のことなんだよなぁ。

 宿を出る前は、こんなことに巻き込まれるとは思っていなかった。怪し過ぎる依頼ではあったが、一応は吸血鬼退治だけで終わる筈だったのに。

 悪魔は出てくるし、知り合いは死ぬし、断罪者も出てくるし、普通に死にかけるし、何だかんだで古代図書館を守っているし。


 だが。目を開く。無駄に疲れた分も多いが、全くのただ働きとも言えない。

 あの男、ジグガフ・ピール・ブラッディローズ。『血塗れの薔薇』の半吸血鬼。


 ずっとずっと探していた。それらしき噂があれば大陸の端まで行ったし、時には海だって越えた。

 紅い目をしたという夜族を追えば、似もしない半吸血鬼だったこともある。村一つ滅ぼしたという夜族を追えば、性別しか共通点のない獣人だったこともある。

 やることが派手なので、噂にはこと欠かない。けれど、その殆どがデマであることも事実だ。


 本来なら、議会から抹殺命令が下されるべきである。議会とは、長命の吸血鬼達が、種族の秩序と平穏を護る為というお題目の下に作った集団だ。

 割りと個人主義である吸血鬼内でも、強制力がある集団と認知され、議会から召喚されればその命令に従わなくてはいけない。正確には歯向かってもいいが、その場合は盛大にハブられる。もしくは反逆者として実力行使をされる。


 とはいえ、吸血鬼間のトラブルを調停したり、吸血鬼の集落が他の夜族や人間達に襲われたりした時には、その支援や報復に向かわせたり、種全体を危険に晒すようなことをすれば同族でも始末させる等、活動としては結構まともである。

 決して侮らせず、かといって追い詰めず。人間を見下すことも多い吸血鬼が、人間達から全面戦争を仕掛けられないのも、議会の微妙な匙加減が上手く種族をコントロールしているからだ。


 それなのに、議会はあの男に対して何もしない。情報くらいは集めているだろうが、抹殺命令を出していないのだ。

 ……いや、それも正確ではない。かつてはあの男を殺す為に、何人もの刺客が差し向けられたという。


 今でこそ"尊き血"とはいえ、相手はなりそこないの半吸血鬼。しかも、奴隷の分際で主人を殺した男だ。

 半吸血鬼を使役している吸血鬼達にとって、それは衝撃だった筈だ。自分達より力の劣る半吸血鬼に、殺される可能性がある等と。

 実際、その頃は噂を聞いた半吸血鬼達が反乱を起こすことも多かったらしい。当然返り討ちにしたものの、動かなかった半吸血鬼達にとって、僅かな可能性は残った。

 吸血鬼達は反逆の芽を潰す為、そして吸血鬼の威信に懸けても、ブラッディローズを仕留めなくてはいけなかった。

 刺客は戻ってこなかった。


 本人達にやる気がなくとも、最初から"守夜の吸血鬼"だの"純粋なる吸血鬼"が本気で仕留めにかかれば、こんなことにならなかったのだと思う。

 それでも、当時の吸血鬼達は侮っていたのだ。どれだけ力があろうと、所詮は半吸血鬼だと。

 同じ半吸血鬼を向かわせ、荒事に長けた元人間の吸血鬼を向かわせ、とうとう"月僕の吸血鬼"を向かわせて戻ってこなかった頃になって、やっと気付いたのだ。あれを、半吸血鬼と思ってはいけないのだと。


 そこまで来たら、もう遅かった。戻ってこなかった"月僕"は喰われただろう。それは、そのままブラッディローズの血からとなる。

 奴の強さは吸血鬼達の間に知れ渡り、誰もが関わり合いになることを恐れた。ブラッディローズの過去を知れば、吸血鬼を憎んでいることは想像できる。その復讐心が、自分の身に降りかかることを避けたかった。

 挙げ句、勝てそうな吸血鬼はやる気も興味もなく、議会に睨まれたところで痛くも痒くもない連中ばかり。

 そうして、奴を始末できる吸血鬼は誰もいなくなった。実力的にはそうでないのだろうが、議会がその命令を下すことはできなくなったのだ。


 俺なら、喜んで行ってやるのに。けれど、それすらも遅すぎた。

 本人は自分の好き勝手やっているだけでも、ブラッディローズの生き方は、一部の吸血鬼にとって理想なのだ。称号も生まれも関係なく、他者に縋ることもなく、自らの力だけで自由に生きる夜族。

 議会の方針は、吸血鬼の為だ。けれど、見方によっては他種族に媚びているようにも見える議会を疎む声が少なくないこともまた、事実だった。


 そうした吸血鬼の中に、奴の生き方を信奉する者が居る。蔑みながらも、利用できると考える者が居る。

 特に後者は、人間達への抑止力だけでなく、"純粋なる吸血鬼"や"守夜"というだけで何もしない吸血鬼へ対して、ブラッディローズが切り札になると思っている奴もいるらしい。

 種族としては殺すべきなのに、ブラッディローズは、吸血鬼によって匿われている。それも、少なくない数の連中に。

 だから、今もなお議会は静観の構えでいるのだ。暗黙の了解であっても、下手に手を出せば、種族自体が割れる。


 俺が殺す分には文句も出ないだろう。寧ろ、内心ではそうして欲しがっている節もある。だが、情報を出すこともしない。

 あくまでも俺が勝手に復讐をしただけであり、議会としては何の干渉も行っていない、そういう形にしたいのだろう。吸血鬼の癖に、随分人間臭い連中だ。あれが老いるということなのだと、知ったのは昔の話である。


 当時、吸血鬼社会とは縁遠かった俺には、当然議会のことなんてわからなかった。

 とにかく、ブラッディローズを探して殺すことだけを考えていた。邪魔する奴は皆殺してきた。その中には、俺が半吸血鬼と見るや、嬲り殺そうとしてきた吸血鬼も居たのだ。

 決闘経験目当てで。


 基本的に同族殺しは議会の抹殺対象に挙げられるが、それが決闘の形をしていればそこまで煩く言われない。いやまあ、奴隷なら何やっても怒られないが。

 種族として大きくなったから秩序が必要になっただけで、結局は自身の力に重きを置いている。命懸けの殺し合いをすることで、それを示すのだ。


 人間は餌なので決闘扱いにはならないが、半吸血鬼は一応なる。いやまあ、半吸血鬼相手では殆ど自慢にもならないが。

 それでも、したことのない連中に比べれば遥かに勇気があると認められるので、大体は半吸血鬼を殺して済ませることが多いとか。何その傍迷惑な成人の儀もどき、と思った俺は間違いではないだろう。


 そんな訳で、野良半吸血鬼であった俺は、絶好の獲物だったのだ。

 半吸血鬼だから負ける訳がない。けれど、自分の奴隷ではないから本当の殺し合いになる。殆どの連中が、ほぼ出来試合で済ませている中で、その経験は自慢できると思ったのだろう。

 数多くの吸血鬼が、俺を殺そうと、形ばかりの決闘を仕掛けてきた。吸血鬼同士の殺し合いで、名乗らなくてはいけないと知ったのはその時だ。




 全員血祭りに上げた。




 当たり前である。

 夜族になってすぐに"月狂い"を発症し、喰って喰って喰いまくった俺は、普通の半吸血鬼の枠からとっくに外れている。

 その後、ジニーの下僕として共に夜族を狩る中で、吸血鬼の戦闘方法と度胸を身に付けた。挙げ句に"夜の血"は"夜殺し"である。そこらの箱入り吸血鬼が敵う訳がない。


 返り討ちにすれば、新手が来る。返り討ちにすれば"夜の親"が出張る。そいつも返り討ちにすれば、また新手が来る。

 どこかで聞いたような話だと思った奴はそれ正解。不本意であるが、この時の俺の状況はブラッディローズとほぼ似たようなものだったのだ。

 奴と違うところは、抹殺命令を下されてから返り討ちにしたかどうか、そして、吸血鬼より強い半吸血鬼の存在を議会が認識していたか否かである。

 ブラッディローズという前例があった議会は、最初から手練れの吸血鬼達を寄越してきた。


 幾人かの"月僕"と一人の"守夜"に囲まれた俺は、"月僕"数名を殺したり使い物にならなくしたものの、結局はとっ捕まったのである。

 今思い出しても、百歳も越えてない半吸血鬼相手に出す戦力じゃねぇ……。




 だが、あの時捕まらなければ、今ここに居なかったことくらいはわかっている。






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