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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
サフィルス
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9


 "夜狩り"には赤目が多い。

 他にも、妙に毛深い者、はっとするほど美しい者、幾重にも布を巻いて徹底的に肌を隠す者等も多い。

 "夜狩り"の半分が――真っ当かどうかは別として――普通の人間なら、もう半分はそういった『雰囲気が違う奴』だ。

 ここまで言えばある程度想像できるだろうが、そういった者たちは夜族との混血なのである。


 まあ、そういった特徴があるからといって、必ずしも混血であるとは言えないが。だが世代を繰り返しているうちに、夜族の血統が忘れられていることも多い。

 血が薄まるにつれ、その性質は人間に近付く。しかし、見た目は人間なのに高い能力を持つ者、逆に人間と同等の能力を持つのに、外見だけに夜族的特徴が現れる者もいる。

 常に変化し続けようとする癖に、生物は異質を恐れる。より良い進化は遂げたいが、かといって別種に滅ぼされるのは嫌だ、といったところか。

 そうして故郷に居づらくなった者達が、"夜狩り"になることも多い。まともな学もない人間が就ける職業等、高が知れているのである。


 だが、とは思う。同族を求める気持ちもあるのではないか。混血とは知らずとも、本能が理解する。これは同じものだと。

 流石に血の濃さや別種族の判別はできないが、吸血鬼の血が流れているかくらいなら半吸血鬼の俺でもわかる。


 吸血鬼の混血の場合、赤い虹彩が遺伝するのはせいぜい三、四世代位までだが、先祖がえりと言うのだろうか。稀に隔世遺伝で夜族の特徴が強く出てくる人間も居る。

 クリム・ホワイト。この男もその一人だ。

 吸血能力こそないものの、赤い目や普通の人間より遥かに優れた身体能力持っている。

 それなのに人間の分類に入る為、聖水飲める日光浴びれる、銀?ああカトラリーで使うが何か?な弱点なしの半吸血鬼みたいなものだ。寧ろ精霊術使える分、下手するとそこらの吸血鬼より強い。はは、ざけんな。

 吸血鬼化させられた半吸血鬼と混血が、全く別の生物である為にこういったことが起きるのだが……まあ、それは置いておこう。

 つまり、この男はそれなりに強い"夜狩り"なのだ。今現在、芋虫のように這いつくばっている男は。


「毎度毎度邪魔しやがって……てめー俺に恨みでもあんのか」

「そっ、れは……お前が俺と契約を結ばないからだろうが!」

「却下」


 見目が良くとも男は男。何が悲しくてむさ苦しい野郎の下僕しもべにならなくてはいけないのだ。嫌がらせ以外の何物でもない。


「毎度毎度はこっちの台詞だ!何が不満だ!」

「強いていうなら性別」


 え、何お前切んの?と指を鋏の形にすれば、目に見えて動揺した。多少脂肪が付きやすくなるだろうが、切ったところで女になる訳ないだろ。アホめ。


「下僕が欲しけりゃ他当たれ。お前なら"月僕の吸血鬼"くらいでもイケるだろ」


 無駄にプライドの高い連中だが、全く人間に関わろうとしない訳でもない。気に入った人間が居れば力を貸すこともあるし、"夜の子"にすることもある。


「ポイントは長いツン期をどう越すか、だ。頑張って攻略しろよ」

「お前って割りと頻繁に意味わかんねぇこと言うよな。半吸血鬼は皆そうなのか?」


 お前には理解できないだろうよ。勿論、半吸血鬼も……吸血鬼もな。まあ教えてやる義理はないが。

 何も言わない俺に、ホワイトは焦れたように声を上げた。



「……俺は、お前が、いいんだ」

「きもい」


 そういう台詞は可愛い女の子か美しい女性に言え。形容詞は逆でも可。

 ……あー、もー、めんどくせー。色々なことが面倒だ。深く溜め息を吐く。


「いいか、その空っぽの頭に詰め込め。刻み込め。耳でも塞いで二度と出すな。俺は……」


 独りきりの半吸血鬼だ。

 ずっと。あの夜からずっとずっと。

 世界にひとり。一つきり。


「……誰のものにもならない。俺を縛るものなど何もない。ホワイト、お前は俺の主人あるじではない。お前は俺の主人にはなれない」


 会いたい。あの子に。

 俺の唯一。俺の運命のファム・ファタル

 俺の、たった一人の――。


「もう付きまとうな。うぜぇ。優しい俺でもいい加減」


 空気が変わる。

 目の前に火花が散った。


 男の肩を突き飛ばす。反動に逆らわないまま後方に倒れれば、発現した炎の玉が目の前で爆ぜた。

 倒れ込む前に右手を付いて身体を捻る。繊維の千切れる音。汚れるだけならまだしも、またごみ箱行きか。

 体勢を立て直して前を見れば、咄嗟に放したナイフは持ち主の手に。


「獲物を前に呆けてんじゃねぇぞ。ブラッディローズ」

「……呆けてる、じゃない。呆れてる、だ。言葉は正しく使え」


 挑発を鼻で笑ってみせれば、獰猛な笑顔を返してくる。そういう顔をしていると本当に悪人面だなこいつ。

 先程よりも開いた距離。詰めることは可能だが、その場合、精霊術を食らうことも覚悟しなくてはならないだろう。


 精霊術とは、風火水土の四大元素に干渉しする術である。

 自然界に存在する生気が、何らかのきっかけで意志や属性を持ったもの、というのが精霊の定義らしいだが、詳しいことはよくわからない。夜族から何まで、この世界そんなんばっかだ。


 術者の自身の生気を媒介として精霊と交信をする。精霊はそれに応えて――先程の例で言えば炎の玉だ――事象を具現化する。

 以前、精霊が生気なら精霊は夜族にとって餌になるのではないか、と聞いたことがある。まるでゴミ屑を見るような目を向けた奴曰く、理論的には精霊を吸収できる。

 しかし精霊という個を確立した時点で、実体のない一種族と同等と考えられるそうだ。そして、精霊を種族として考えた時の一番の特徴は不変性。

 喰われれば手近なところからその分を補うし、そうでないなら何もしない。喰われるということは、大体喰った本人が近くにいるのでそいつを喰うのだ。要は、吸収はできるが、差し引きゼロで意味がないということになる。


 ここで一つ疑問を挙げよう。喰われれば補う、ということは、逆に与えたらどうなるのか。

 そもそも与えられない?違う。答えは喰らいすぎた分を吐き出すのだ。

 吐き出した生気は行き場を失い、事象として具現化する。それが精霊術の仕組みらしい。


 夜族は生気の許容量は多い癖に、精霊術とすこぶる相性が悪い為、精霊術を使えるのは基本的に人間だけだ。その基本に入らない奴は、大抵化け物の中でも化け物と言われる連中なので気にしなくていい。


 自身の生気を操作するものなので、気力体力集中力、そして何よりセンスが必要だ。認めるのは癪だが、ホワイトの精霊術はかなりのもの。

 それにしたって、先程の術は発現するのが早すぎる。突き飛ばしたせいで引き損ねた腕が燃えた。威力を抑えて早さを優先したにしても早い。

 油断していたことは認めよう。だから精霊と交信していたことに気付けず、反応が遅れた。では、何故油断していた。


 考え事をしていたからだ。余裕があったから。これまで何度か鉢合わせて、その度に返り討ちにしてきたから。精霊術を使うことは知っていても『大丈夫』だと思って……。


 ぱちぱちと何度か瞬きをする。左手は燃えた。手袋も袖も、その下の皮膚も。

 夜族の回復力であれば、浄化で死にきった皮を残すより、多少肉を付けて剥がした方が早く直る。……想像するだけで痛いが。今よりマシだ。


 視線をホワイトに移す。

 赤い髪。吊り気味の赤い目。つり上がった唇からは、牙と言うほどではない八重歯が覗いている。悪人面だ。

 何が一番悪人面って、その顔にぽつぽつと浮かぶ火膨れが。


 苛々する。何だか無性に苛々する。炎の玉が俺の顔があった場所に発現したのも燃えた手が痛むのもこいつのドヤ顔も綺麗な顔に不釣り合いな火傷も。苛々する、苛々する苛々する苛々する!!


 決めた。




 こいつ、泣かす。






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