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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
シェルター
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88


 隔壁が下りている。


「……どういう」

「……思っていた以上に、あの悪魔は前時代の科学に詳しいようだな」


 呆然と呟いた俺の耳に、ソシ・レが低く答える声が届いた。その後に聞こえたぎり、という音は歯軋りだろうか。


 格納庫に行った時のように、壁側で何やら操作をしている。その時はピピ、と鳴って隔壁が上がったのだが、今回聞こえたのはピー、とこちらを咎めるように鳴る電子音。当然隔壁は動かない。


「……やられた。パスコードも変更されている」

「それって」


 相当やばい状況ってことじゃ……続けそうになった言葉は呑み込む。その言葉は何の解決にもならない。本人が理解しているのなら特に。

 悪魔の奴……何がちょっとだ、ばりばり使いこなしてんじゃねぇか。この場合のちょっとが、前時代の人類に比べてという意味であるなら嘘ではないが、やられている方からすれば殺意が湧くレベルの謙遜である。いや、悪意の上で謙遜は成り立たないか。単なる嫌がらせである。


 洒落に、ならなくなってきている先程までは逃げることも視野に入れていたが、それも難しくなってきている気がしてきた。

 だからといって、このまま諦める訳にもいかない。死ぬのは嫌だ。死ぬのは怖い。

 誰に後ろ指を差されようと、みっともないと嘲笑われようと、俺は足掻くと決めているのだ。

 死が、怖くなるまでは。


「とりあえず、メインコンピュータールームに向かうか脱出方法を探すか、どっちだ?」


 黙り込む背中に問い掛けると、綺麗な顔がこちらを向いた。

 じっと見詰めてくるそれに、落ち着かなくなる。そういう状況でも相手でもないとわかってはいるが、本当に美人の顔にはなかなか慣れることはない。


「な、何だよ」

「……別に」


 暫し瞑目したソシ・レは、答えが見付かったのか瞼を開いて言った。


「行くぞ」

「おー」




 という訳で、普通の通路が通れない俺達は、通気ダクトの中を這いずっている。

 動力音か風の音か、唸り声のような轟音が響き、絶え間なく頭を揺らしてくるのが少々きつい。。

 ダクトは床からは高い位置にあるのだが、そこはほら、俺には翼があるし。

 頭とか腕とかをぶつけたのはご愛嬌だろう。下手とか言うなかれ。空中停止(ホバリング)は結構難しいんだからな。


「この狭さと埃っぽさは如何ともし難い……」

「黙って進め」


 何でお前は平気なんだよ。見た目だけなら、宗教画の神のように美しい耳長は、難儀もせずに匍匐前進をしている。精霊灯の僅かな明かりに、金色の髪が光っていた。何だこのシュール画。

 先を行く耳長の後を、俺が着いていく形である。ダクトがどう走っているかはわからずとも、施設自体の構造を知っているのはソシ・レだけだしな。あと、聖女を引き連れる関係もある。


 先程から捨てるタイミングを逃し続けている聖女は、縄代わりの上着が、俺の足と繋がっている。動き辛いことこの上ないが、この狭さでは他に方法はない。

 あちこちぶつけているらしい音が後ろの方でごんごん鳴っているが……まあ、気のせいだろう、うん。俺、何にも見てないしー。


「でも、こんな道があるなら、隔離とか無理じゃね?」

「かといって、これがなくては日常生活すら送れない。管理者側からできるのは、設計の段階で進入を難しくしておくことと、緊急時に通風を止めることだけだろう」


 えー、でも簡単に上がれたじゃねぇか。頭はぶつけたが。

 まあ、俺だからできた訳で、翼もなしにダクトまで上ろうとするなら、相当でかい脚立でも持ってこなければ足りないだろう。もしくは、大の男を縦に三人並べれば届くかもしれないが……むさいな。


 どちらにしても、随分と杜撰な設計である。……ああ、でもそうか。そもそも想像してない、というか、そんなことになった時点で終わりだからか。シェルターに逃げ場なんてない。

 個人的には、区画ごとに動力、通気、資材等もきっかり分けて独立していれば何とかなりそうなものだが、そうすると全体としての統率が取れなくなるのかな。


 場所の数は集団の数。人間、二人居れば争いが始まるのだ。個人なら殴り合いで済むものも、集団になれば手口も複雑化する。

 闇討ち陽動裏切り袋叩き。単純に人数だけで考えてはいけない。一足す一がほぼ二なのは、数学の世界だけだ。数の暴力は、時に和の力以上の被害を与える。


 それを抑える為には、絶対的な悪、もしくは弱者を作り出して迫害するというのもありだが、これはこれで、何かあった時のリスクが多い。

 それに比べれば、可能な限り一つの集団にまとめておいた方が、幾分マシな気がしてきた。マインドコントロールもしやすいだろうし。


 つらつら考え事をしていると、前を進むソシ・レの動きが止まった。


「ここだ」

「いや、見えねぇから」


 結構ぎりぎりではあるが、避けてくれれば少しは見えるだろう。しかし、俺の前に居る耳長という生き物は、そういう心配りとかができない耳長である。仕方ないか、耳長だから。


「覚悟を決めろ」

「え、何、っておい!?」


 動き出したかと思えば、目の前の姿がかき消えた。

 ソシ・レの持つ精霊灯の明かりを失い、視界が闇に閉ざされる。暗い。……怖い。

「ちょ、ソシ・レ」


 お前、居るんだろう。この状況で何やってんだよ。前に身体を動かし、出した肘を金属板に着こうとして、


 すかっ。


「えっ」


 思いもしない感覚に固まった上体が、重力に従って倒れていく。ずるりと滑った腹が、直角部分に抉られて息が詰まった。

 落ちる……!?見えもしない目を固く瞑った。


 ぎぎ、と軋むような音に、足首の痛み。揺れる身体は、腹側と背中側を交互にぶつけていた。

 この浮遊感といい、間違いなく今の俺は逆さ、なおかつ足一本だけで体勢を整えている状況だろう。恐らく、聖女と繋げていた仮縄が命綱になっている。

 吊された男、なんて言っている場合じゃないか。慌てて肘を横に伸ばし、これ以上落ちるのを防ぐ。


 とりあえず、戻るか。この体勢のまま居るのは、頭に血が上って辛い。ぐ、と肘に力を入れ、少しずつ上ろうとしたところで。


 ずるっ。


「げっ」


 無茶な体勢であった為に滑る肘。

 ここまでは良かった。いや、良くはないが、まだどうにかしようもあったのだ。

 先程、俺自身は完全に床から離れていながらも何とかその場に留まっていたのは、足を繋ぐ縄もどきがあったからだ。正確に言うなら、その先にあった『重石』が、床の上に居て、俺の体重を支えていたからである。

 まあ、何が言いたいかと言えば。


 華奢な聖女様の体重は、二度目の衝撃には耐えられなかったと言う。


「ぜってー俺の方が重いもんねぇえええええ!?」




 狭いダクトに、俺の叫びが反響した。






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