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『うふふ、言いたいことはあると思うけど、とりあえず用件だけぇ。今から三十分後くらいに』
このシェルターは爆発しますぅ!わー、ぱふぱふぅ!
何が楽しいのか、擬音を口にする悪魔はかなりテンションが高い。うざい。
つか、爆発って……三十分で何ができると言うのだか。ここは相当広いし、丈夫なものばかりだ。いくら力のある悪魔であっても、一人でどうにかなるものではないだろう。
それとも何か。この施設には自爆コマンドがあるとでも?外部からの干渉を遮断し、内部の人間を守る為の施設に、そんなものがあったらおかしいだろ……いやまあ、自爆とかにロマンを感じる人種が存在することは知っている。が、全く不必要な機能である。
悪魔の言うことなので嘘ではないのだろうが、正直どうとでも取れる言い方だ。それこそ、爆発石で壁でも少々焦がしても成立しそうである。
シェルターは、というよりシェルターで、の方が近いが、まあ、誤差の範囲と言えばそうなのかもしれない。俺からすればふざけんな、であるが。
だが、逆に言えば、三十分爆発させなければあいつを殺せるということか。今ならあいつは弱っているだろうし、ここらできちっと止めを刺しておいた方が今後の為になるような。
ソシ・レに視線を移す。悪魔の声に中断されてしまったが……まあ、言おうとしたことは恐らくあれのことだろうから、手間が省けたとも言えようが。
「あんなこと言ってっけど。爆発なんて、たかがし」
「……自爆機能は、ある」
「え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
自爆機能……あんの?
………………。
「ちょおぉい!?何やってんだ設計者ー!?」
いや、それにゴーサインを出した責任者?言われた通りに造った技術者?
どちらにしても馬鹿だろ。前時代の連中皆馬鹿だろ。だから夜族なんぞに唆されて、人類仲間割れからの世界滅亡なんて馬鹿みたいな結果になったんだろバーカ!
何それ嫌だそんな場所に居るの……。脱力した俺に、もうお馴染みの警報が鳴り響く。今度は何だよ。もうお腹いっぱいだよ。
『緊急事態発生。緊急事態発生。第十三区画ニテリスクグループIVノウイルスガ確認サレマシタ』
「えっ」
『第十三区画と隣接区画ノ隔壁ヲ全閉鎖。感染拡大ヲ阻止スル為、コレヨリ自爆装置ヲ作動サセマス』
「ちょっ」
『二十五分後、緊急避難区域内ノ脱出装置ヲ作動シマス。速ヤカニ付近ノ緊急時避難区画ニ移動シテクダサイ。二十五分後――』
「うっぎゃああああああ!!」
「喧しい」
どんどん悪化する状況に叫ぶ俺の頭に衝撃。その拍子に、牙が舌に刺さった。口内に拡がる血の味。そしてそれを気にする以上に痛い……!
誰がやったのかはわかっている。わかっているが、話せない。つかテメェこれ今日二回目どころか、一時間くらいで二回目じゃねぇかよクソ耳長が……!
基本的に夜族の再生は生命活動に関係する部分から再生していく。つまり、皮膚等の表面的な部分と粘膜に包まれている内臓の両方が傷付いている時は、内臓の方が治りが早いのだ。血管が多く通っているというのもあるかもしれない。
なので、内臓と繋がり血管も多い口内の傷も、治るのは早い。一回目のも噛んだ直後は痛くて動かせなかったが、すぐに治ったしな。
だが、早く治るからといっても痛いし気分は良くない。何でお前って奴は、何度も他人が喋っている時に殴るんだわざとかふざけんな。
「感染については自爆機能の仕様だ。そのような状態でもない限り、使われる機能ではないからな」
冷たい美貌とは裏腹に意外と手の早い教授様は、他人様の頭を強か殴り付けたことなどなかったかのように説明した。
いつも通りの無表情が恨めしい。が、そんな状況でもないので頭を働かせる。
自爆機能なんて百害あって一利なしかと思っていたが、確かにそういう場合では必要性も出てくるのか。
外部に出られない事情があるからシェルターに篭っているのに、そのシェルターを壊す理由等普通はない。ないが、外以上に中の方が危険になるなら話は別だろう。
というか、密閉空間で生物災害とか絶対嫌だ。逃げ場ねぇじゃん。どこから持ち込むんだよ、とも思うが、目に見えない相手のことに絶対はないだろうし。
研究者か誰かが初めから持ち込んでいたのかもしれないし、シェルターで生活する為の物資に紛れ込んでいたのかもしれない。特殊な環境下だ。元々は無害だったものが変異あるいは進化する可能性もある。
自然界ではある程度容認できるものでも、シェルター内という小さな世界では言葉通り死活問題だ。
隔離にだって限界はある。発覚した場所を封鎖したところで、病原体がどこまで拡がっているのかを確認する術なんてないし、隔離された側からすれば、周りを危険に晒しても生きたいと願うだろう。
人類という種を残す為には、それぞれを別の場所に移し、病原体は施設ごと処理した方がいいということか。
やり過ぎな気もするが、そこまでやらないと駄目な状況を想定すること自体は悪いことではない。昔の人、馬鹿って言ってサーセン。
とりあえず、生物災害の可能性は……ない、とは言い切れないが、少なくなったところで多少安心する。人間よりは罹かりづらいが、夜族にも病気はあるので大丈夫とは言えないのだ。
というか、リスクグループって何?耳掻き一杯分で万単位殺せるようなのとか、身体中の毛穴という毛穴から出血するようなのだと、流石に夜族でも死ぬと思うのだが、そんくらいやばい系?
「とにかく、メインコンピュータールームに戻るぞ。その操作はそこでしかできん」
「つまり奴は今そこに戻ったってことなんだな」
格納庫の爆発は、俺達の注意を引き付けて、その間に自分の目的を達成する。あるいは、俺達をシェルター内に留めておく為の手段だったと。
行ったり来たりかよ面倒くせー……。
しかし、爆発となると穏やかではない。どれだけの規模かは知らないが、結構大きいここを吹っ飛ばせる威力ではサフィルスも吹っ飛ぶんじゃ……。
「優先すべきは爆発の阻止だ。悪魔を見て、猪のように突っ込むなよ」
「お前まで俺を魔猪扱いか!」
「……魔猪と限定した覚えはないが」
はっ、最近小人と居たせいで、つい。微妙にずれた言葉にソシ・レも意表を突かれたのか、普段より目が開き気味な気がする。
「だってパセリがー」
「……あの小人、これが終わったら即持ち帰れ」
苦虫を噛み潰したような顔で呟くソシ・レ。あー、やっぱり相性良くなかったかー。半日でえらい嫌われようである。いや、まあ、脅迫されたり敵を刺激されたりすればそうなるか。
「あ、でもお前のこと心配だって言ってたぞ」
「…………」
「慌ててたって言っても、お前のことだ。端から見てもわかるくらい、表に出すとは思えねぇんだけど」
極悪だし、他人の話聞かないし、壊滅的に空気読めないが……悪人であるか、と言えばそうとも言えないのだ。意外とよく見ているし、多分ソシ・レのことは結構好きなんじゃないだろうか。
このコミュニケーション能力の欠如甚だしい耳長族を、半日かそこらで受け入れるとは、パセリ、恐ろしい子。
「まあ、一応顔くらいは見せてやれよ。あいつ、結構頑張ってたぞ」
「……それが終わったら絶対に持ち帰れ」
踵を返したソシ・レはそのまま歩き出す。俺は、邪魔になるので落としていた聖女を拾い上げ、その後を追った。
こいつの世界は、少しずつ広がっているんだな。
森から、外へ。自分と同族だけの世界から、人間や亜人も居る世界へ。
少しだけ嬉しいような、寂しいような。でも、それが生きるということ。




